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2006年7月25日 (火)

介護疲れで人を殺す。嘆願書を作る

 実は、先日のふるさと塾で、塾生が嘆願書に署名する場面があった。前橋市在住の女性が病床の夫を絞殺した。「介護に疲れた」「死にたい」と漏らしている。容疑者と同じ職場にいた人の話を聞くと同情に耐えないもので、私は頼まれて軽い刑を求める嘆願書を書いた。昨年には、伊勢崎市で夫が歩行困難の妻を絞殺する事件があった。表に現われないが介護に疲れて限界に追い込まれているケースは多くあるに違いない。人ごとではない。

◇認知症の母殺害に猶予判決。

これは、介護疲れと生活苦から合意の上で母を殺したケース。京都地裁は、懲役26月、執行猶予3年の刑を言い渡した。この事件では、生活保護を受給できなかったことも問題にされた。判決は、社会福祉事務所の対応に被告が「死ねということか」と受け取ったことも一因と指摘し行政を批判した。また、介護の状況から「命の尊さへの理解が被告に欠けるとは断定できない」と判断した。

承諾殺人は被害者が殺されることに承諾を与えたということで通常の殺人より刑が軽い犯罪となっている。自分の命を処分するのだから承諾は正常な判断力に基づくものでなければならない。この事件の被害者は認知症だというが、果たして、承諾の要件を満たしていたのか疑問に思える。

また、生活保護の受給については、今大きな社会問題となっている。受給者が余りに多くなっており、それは、これまで給付を認める行政の側が認定を甘くしていたからではないかという批判があった。三位一体改革における権限委譲に関する一つの問題点を成しているのである。

 刑法の条文を見ると、199条・殺人罪の次の200条は削除されている。かつては、ここに尊属殺が置かれていた。尊属とは直系の尊属のことで父母、祖父母等である。親を殺した者は、死刑又は無期であった。これは、子が親を殺す場合だけを限って重罰にすることは、平等原則に反すること及び、この重罰の定め方は憲法が禁ずる残虐な刑に当たるというものである。子が親を殺す場合にも同情すべき場合があるのに死刑か無期というのは残虐だという考えである。実の父に子どもまで産まされた女性が思い余って父を殺した事件でこの点が問題となった。

最近の世論の中には、終身刑を設けるべきだという意見が多くなってきた。死刑の次に重い刑は無期であるが、無期は実際10数年で出所する場合が多い。死刑にすべきか迷いながら無期にするのは、どうかと思う。死刑と無期とでは、余りにも違いすぎるからだ。死刑をあまり適用しないためにも終身刑を設けるべきだというものである。裁判員制度の実施が近づく折、この点についても議論を深めていきたい。

(老老介護が改善されることを願って。読者に感謝)

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