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2006年7月13日 (木)

日本教育新聞に寄稿

★頼まれて寄稿文を書いた。「日記」でも紹介したい。

 学習塾経営の経験がある私は、学校の授業を視察するとき、塾と学校の役割の違いを意識する。塾ではわかる授業をして実績を上げ生徒を減らさないことが最大の課題である。だから、塾の教師には、正に生活を賭けた緊迫感がある。

 公立学校では、ゆとり教育によって真の学力、つまり「生きる力」を身につけさせようとしている。ここでは、人間教育までも任務としているのだ。しかし、学校の教育が今、うまくいっているとはいえない。

 今、学力の低下が懸念されている。さらに、教育基本法が改正されようとし、この関係で愛国心をどう教えるかが問題となっている。愛国心、つまり国を愛する心は、人の心の問題ではあるが、学校や家庭で、これを子どもたちに教えることは緊急の課題だと思う。大切なことは、その中味と教え方である。私たち一人一人の存在の基盤である日本という国や自分のふるさとを大切にすることは極く自然のことである。

 一人一人の人間を大切にするという民主主義も、歴史や文化や自然に支えられた国や地域社会を前提とする。ただ、今日の日本は、個人よりも国を大切にするという全体主義ではないから、これが愛国心だと権力が決めて上から教えるということは出来ない。子どもたちの新鮮な心に、国や社会が大切であることを分からせる資料で働きかける努力が必要である。

 その資料とは、例えば、国や古里に貢献した歴史上の人物や美しい自然、伝統の文化などで、これらを、愛国心という表現を使わずに紹介し子どもの心に感動を与えることは可能だと思う。それによって、自分を超えた公共のことに貢献することの大切さと責任感を自然に育むことが出来れば、これが、愛国心なのだと思う。だから愛国心は人の心の問題であり、人によって異なる。ところで現実の日本人には、このような愛国心が十分に育っていない。これは、この問題を避けてきた国や行政の責任でもある。

 スポーツの国際試合で、「ニッポン」を絶叫する若者を見ると日本を思う熱い意識があるようだが、スポーツだけでなく、また、一時的なものでなく、偏狭なナショナリズムとも異なる国を思う心の基盤を国際理解教育と結びつけて養うことが大切だ。

 今、北朝鮮のミサイルのことで緊迫している。現実に日本が攻撃されたらいかなる平和主義者でも国を守るために戦わねばならない。これは極端な場合の究極の愛国心が求められる場合である。歴史には多くの例がある。私たちは、勇気をもって子どもたちに、真の愛国心を教えるべきである。

(真の愛国心が育つことを願って。読者に感謝)

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