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2006年6月23日 (金)

愛国心を教えるとはどういうことか

 サッカーのワールドカップで、「ニッポン、ニッポン」と叫ぶ若者たちの表情は輝いている。ほかのスポーツの国際試合でも同じことだ。彼らの姿から若者の健全なエネルギーを感じ嬉しくなる。テレビに映るサポーターだけでなく全ての少年たちの心の底には共通なエネルギーが潜んでいるに違いない。

「ニッポン、ニッポン」と沸き立つ彼らのエネルギーを一時的なものでなく彼らを支えるバックボーンに育てることが彼らの幸せのために重要である。このことを愛国心との関係で考えたい。

 最近、教育基本法の改正が大きな問題となり、その関係で愛国心をどう教えるかが議論されている。いろいろな意見が飛びかっているが、地に足がつかないものもあるようだ。愛国心は心の問題だから国や自治体などが上から教えるのはよくないという考えがあるが、私は違うと思う。国や自治体が何も出来なかった結果が今日の憂うべき状態を招いたといえる。愛国心とは何かということとその教え方の問題である。

 先日、NHKのテレビ番組で、ある小学校で、愛国心という言葉を使わないで、国を愛する心を子どもたちに教えようとしている授業が放映された。海外に移民として移り住んだ日本人が、ふるさと日本を偲ぶ場面だったかと思う。私は、これなどは、一つの良い方法だと思って見ていた。

 愛国心は押しつけるものではないし、これが愛国心だと決めてかかるものでもない。国やふるさとを愛するために、あることに賛成する人もいれば反対する人もいる。一方だけが愛国心というわけではない。いろいろな立場を認めるのが、個人の自由を尊重する民主主義の基本である。ところが、国やふるさとを大切にする、つまり愛するという心を育てなかった点に従来の教育の欠陥があると思う。子どもたちには、熱い心を育てるための材料を提供することが、愛国心を育てる教育の義務だと思う。

 資料及び教える方法はいくらでもあると思う。郷土に貢献した偉人の生き方を示して考えさせることは一例ではないか。また、歴史上の人物や出来事を取り上げて今日の社会や人間の生き方と結びつけて考えさせることも有効だと思う。

「ニッポン、ニッポン」と叫んで血をたぎらせる若者に心の栄養を与えることが愛国心を養う教育だと私は考える。

(正しい愛国心が育つことを願って。読者に感謝)

Kennjinn1_1 パラグアイの県人会館で。

昨年8月22日の「日記」   

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