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2006年6月29日 (木)

日本は発展しているのか破滅に向かっているのか

 昨日「NPO」について語るときは、社会貢献活動に参加する人が非常に増えて、日本の社会は健全に発展しているとの思いを深めていた。ところが、一方で信じられないような凶悪事件が次々に報じられると世も末かと思ってしまう。次々に横綱級の事件が現れるので前のことは記憶が薄れてしまう。いや、私たちは、知らず知らずのうちに、事件に慣らされてしまっているのかも知れない。しっかりと記憶にとどめ怒りを新たにして再発防止を考えねばならない。

 この度、2人の人間を産廃処理場に生き埋めにするという事件が起きた。そして、容疑者の供述通り死体が発見された。昔の血で血を洗う戦乱の時代には生き埋め、釜茹で、火あぶりなどが刑罰として行われたことは珍しくなかったといわれる。ところが21世紀のへ平和な時代に、しかも個人のトラブルが原因で生き埋めにするとは信じ難いことだ。殺人事件は日常茶飯事のように起きている。幼い子どもが犠牲になる事件も後を絶たない。記憶をたどれるものだけでも、一昨年の奈良市小1女児殺害、昨年の広島市小1女児殺害、そして、つい最近の秋田県の小1の男児殺害事件がある。

 一方で、社会貢献に汗を流す多くの人たちが現れ社会の新しい潮流が生まれつつあるかと思えば、他方で、人の命を簡単に奪う信じられないような事件が毎日のように起きる。日本はいったいどうなっているのだろう。

 まず考えられることは、戦前のように、一つ価値観で社会を規律することがなくなって、一人一人の心の自由を認めるようになったこと、しかし、精神の自由は認められるものの、義務を果たすとか、責任を負うとか、正悪の観念とか、社会に貢献するとかの道徳規範が心に育っていない人があまりに多いことだと思う。人間は、小さい時に、家庭で親から、このような道徳規範を教えられないと、欲望をコントロール出来ず、感情のままに動く動物のような存在になってしまう。かつての貧しい時代では、毎日、真剣に生きる中に多くの教訓が含まれていた。今日、物が余る豊かな時代にあっては、放っておくと心はバブルのように芯のないものになってしまう。貧しい時代と違って、家庭や学校は意識的に道徳を教えなくてはならない。それを怠ってきたつけが今突きつけられている。少年の暴走はその単的な現れである。まず、身の回りの出来ることからやろう。私は、朝、家の前で小学生に声をかけている。「おはよう」といい声が返ってくる。それは希望の声だ。

(犯罪のない安全な社会の実現を願って。読者に感謝)

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