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2006年6月20日 (火)

子どもの朝ごはんを考える

 学校が生徒に朝食を出すことについていろいろと議論がなされている。先日、新聞の投書欄に、朝ごはんを食べさせるのは親の義務だ、いくら頭が良くても生きる基本を身につけずにいるとすぐにキレることになる、生活の基本を日常生活の中で教えるのが親だ、学校で朝食を出すなどは論外だ、という意見が載った。また、県教委は、朝食をとらない子は、低年齢での性行為を認めるという調査結果を発表した。もっとも、この結び付けは短絡的だという批判がある。

 問題の本質は、家庭でしっかりした食習慣を身につけることが非常に大切で、朝食を家で食べることは、そのための重要な柱だということである。

「食育」との関係で考えてみたい。最近、食育基本法という法律が出来た。食育とは、「食」を通して生きる力を「育」むことだ。今日、危険な食べ物が多いが、よく考えずに毎日身体に取り入れている。生活習慣病が著しく増えている一因は食習慣にあるといえるだろう。私たちの回りにはがんや糖尿や高血圧の原因となる食べ物が氾濫している。

「食」について正しく判断する力は、正に生きるための力である。

 朝は一日の始まりである。朝、体力と気力を充実させることがその一日を決定する。朝食は、身体のエネルギー源であるばかりでなく、心のエネルギー源でもある。現代人の朝は忙しいものだが、朝食の大切さを考えるなら生活プログラムの中に朝食時間をセットしそれを習慣にすべきだ。

 家族が「食」に関心を持ち、食卓に上る食べ物を考えるようになれば、「食」に関する情報が少しずつ共有され蓄積される。このことは、家族の健康を支えるばかりでなく家族の絆を強めることになる。また、子どもにとっては、このような朝食の場は貴重な体験学習の機会である。健康や命の大切さばかりでなく、家族の意味、農業や流通などについても自ずと関心を深めていくことが出来る。かくして、朝食を家庭できちんととる子どもは学校の成績も向上すると信じる。

◆学校の体罰を考える。先日、戸塚ヨットスクールの戸塚氏が服役し出所したが相変わらず体罰を肯定していた。また、学校のスポーツの場では鍛えるための体罰は広く行なわれているらしい。私は、昔、学習塾で生徒を殴ったことがある。今振り返ると自分の未熟さ故だったと思う。しかし、教室は、生徒との対決の場でもあるとの信念は変わらない。逃げてはならないのだ。熱い情熱をぶつけて生徒と共に乗り越えていく覚悟が教師には求められる。あの頃が懐かしい。

(正常な教育環境が出来ることを願って。読者に感謝)

      

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サンパウロで、東大先輩の森田氏と。

昨年8月29日の「日記」

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