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2006年6月30日 (金)

警察白書を読む―交通事故と高齢者

 17年度の白書は、「世界一安全な道路交通を目指して」と題する特集を組んでいる。私は現在、文教警察常任委員であり、交通事故に大きな関心を持つ。特に高齢者が関わる事故は深刻だと思う。つい先日、私が尊敬する高齢者がトラックと正面衝突し生死の境をさまよう重症を負った。

 白書の資料をみると、交通事故の死者は昭和45年がピークでおよそ17千人。平成16年は約7千人に減った。警察庁は死者を5千人以下にするという目標を掲げている。死者は減ったが交通事故は増えている。そして高齢者の事故は増えており、超高齢社会が近づく中、高齢者の交通事故対策は最重要課題である。

 白書は、高齢者にとって、自動車が日常生活に不可欠な移動手段だから運転を制限することには慎重な検討を要するとし、高齢者が安全に運転を継続できるような施策を充実させようとしている。

 主なものは、(1)信号機の工夫と設置、道路標識の大型化・高輝度化、(2)高齢運転者の運転免許制度の見直しなどである。(2)については、最近、認知症との関係が深刻である。たとえば、平成16年、認知症の疑いのある高齢者が東名高速道路を逆送し衝突し死亡する事件が起きた。その他にも「高速道路逆走」をしばしば耳にする。現在、認知症であることが判明した者については、免許の取り消し等の処分を行うこととされている。

 調査によると、70歳以上の人の運転につき9割を超える人が危険を伴うと認識しているが、高齢者は、買い物や通院のために車を利用する人が多く正に生活の足になっていることがわかった。

 また、高齢者に運転免許証の返納を考えたことがあるかという質問には、85%の人が「ない」と答えている。また、免許証の有効期限を短縮する「必要性」については、高齢者以外の人は72.4%、高齢者では49.6%が必要と答えている。そして、免許証に定年制を設ける必要性については、高齢者以外の44.9%、高齢者の37%が必要と答えた。

 高齢化は今後更に進むが、高齢者の積極的な社会参加は重要なことで、そのためには車は欠かせない。そして誰もが高齢になるから他人事ではない。高齢者のための道路交通環境の整備、高齢者のための交通安全教育などが急務であると白書は訴えている。自動車運転のマナーを厳しく指導しようとする最近の動きも、高齢者対策と関連する。

(高齢者が安全に動ける交通環境を願って。読者に感謝)

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2006年6月29日 (木)

日本は発展しているのか破滅に向かっているのか

 昨日「NPO」について語るときは、社会貢献活動に参加する人が非常に増えて、日本の社会は健全に発展しているとの思いを深めていた。ところが、一方で信じられないような凶悪事件が次々に報じられると世も末かと思ってしまう。次々に横綱級の事件が現れるので前のことは記憶が薄れてしまう。いや、私たちは、知らず知らずのうちに、事件に慣らされてしまっているのかも知れない。しっかりと記憶にとどめ怒りを新たにして再発防止を考えねばならない。

 この度、2人の人間を産廃処理場に生き埋めにするという事件が起きた。そして、容疑者の供述通り死体が発見された。昔の血で血を洗う戦乱の時代には生き埋め、釜茹で、火あぶりなどが刑罰として行われたことは珍しくなかったといわれる。ところが21世紀のへ平和な時代に、しかも個人のトラブルが原因で生き埋めにするとは信じ難いことだ。殺人事件は日常茶飯事のように起きている。幼い子どもが犠牲になる事件も後を絶たない。記憶をたどれるものだけでも、一昨年の奈良市小1女児殺害、昨年の広島市小1女児殺害、そして、つい最近の秋田県の小1の男児殺害事件がある。

 一方で、社会貢献に汗を流す多くの人たちが現れ社会の新しい潮流が生まれつつあるかと思えば、他方で、人の命を簡単に奪う信じられないような事件が毎日のように起きる。日本はいったいどうなっているのだろう。

 まず考えられることは、戦前のように、一つ価値観で社会を規律することがなくなって、一人一人の心の自由を認めるようになったこと、しかし、精神の自由は認められるものの、義務を果たすとか、責任を負うとか、正悪の観念とか、社会に貢献するとかの道徳規範が心に育っていない人があまりに多いことだと思う。人間は、小さい時に、家庭で親から、このような道徳規範を教えられないと、欲望をコントロール出来ず、感情のままに動く動物のような存在になってしまう。かつての貧しい時代では、毎日、真剣に生きる中に多くの教訓が含まれていた。今日、物が余る豊かな時代にあっては、放っておくと心はバブルのように芯のないものになってしまう。貧しい時代と違って、家庭や学校は意識的に道徳を教えなくてはならない。それを怠ってきたつけが今突きつけられている。少年の暴走はその単的な現れである。まず、身の回りの出来ることからやろう。私は、朝、家の前で小学生に声をかけている。「おはよう」といい声が返ってくる。それは希望の声だ。

(犯罪のない安全な社会の実現を願って。読者に感謝)

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2006年6月28日 (水)

産業技術専門校でNPOの講演(27日)

 対象者はNPO関連で起業を目指す人たち。私は、毎年講師陣の一角に加わり講演する。演題は、「NPOの社会的意義」である。AM930分から、途中の休み時間を含め、1230分までの3時間、皆熱心に聞いてくれた。昨年は、初めから帽子をかぶっている人1名、話を聞かずにパソコンを操作している人1名がいて、帽子はとってもらい、パソコン操作の人は止めないので外に出てもらったことが思い出される。つまらない話をして聞いてもらえないならこちらに責任があるので工夫して話した。なお私はNPO群馬情報バンクの会長である。

話の筋道は、「NPO」の始まり、その後の全体の流れ、現状、そして今後の課題という流れで、エピソードを交えて話した。平成7年の阪神淡路大震災がボランティア元年といわれるのは、述べ約140万人のボランティアが救済にかけつけ、市民活動の意義を多くの人に認識させ政府を動かし、ついにNPO法を成立させるきっかけになったからである。

NPOとは営利の追求を目的にせず社会貢献を目指すところの法人格を取得した団体である。その点、ボランティアの団体ではあるが法人格を取得していない団体と異なる。簡単に公益法人になれる点にNPO法の眼目がある。平成10年に法が出来てから群馬県では451の団体がNPO法人となった。

NPOは今日、行政や企業と並び社会を支える柱となりつつある。血縁や地縁で結ばれるのではなく、ある特定の社会貢献の目的のために、いわば、人の縁で結ばれた団体である。高齢少子化で社会の元気がなくなることが心配されるなか、生きがいを生み又、社会の活力を生むことが期待されている。今、行政とNPO、地域社会とNPO、企業とNPOの連携が注目され、課題も生じている。

行政との関係では、すべての県がNPOと連携して事業を行いあるいは業務を委託している。ここでは、外部委託の話もした。そして、それに関する県の情報の取得方法にも及んだ。地域社会の関係では、前橋の中央病院が地元の商工会に加入して地域の福祉に貢献している例、また企業がNPO活動に積極的になりつつある姿などを紹介した。

NPOの資金の関係については特に杉並区の例をあげて話したが、それは杉並区が基金を作り、ここに企業などが寄付をすると自治体への寄付として税制上優遇され、この金を審査を経てNPOに助成として回す、また寄付者は寄付金の活用先につき希望を述べることが出来る等の仕組みである。この点は、多くの人が関心を寄せていた。最近の駐禁取締りの民間委託も、民間企業の社会貢献の一面ともいえるという私の考えも話した。(NPOの健全な発展を願って。読者に感謝)

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2006年6月27日 (火)

来年の県議選の第一次公認(26日)

 自民党の総務会、続いて選対委員会が開かれ来春の県議選の第一次公認等が決定された。現職の公認申請者は38名。(県会全体の定数は50となる。)このうち36名を公認し、2名を「推薦」とすることになった。2名の推薦とは、利根郡は定数1のところに、合併によって現職が現在2人いるからである。公認は定数の枠内に限られるから、2人を公認にするわけにいかず「推薦」とした。 選挙の地区として注目すべき点は、前橋市と富士見村が、公選法上の理由によって、合区といって一つの地区として選挙が行われることである。大変な激戦区となる。合併前の旧前橋に現在8人の県会議員がいる。その上、合併される宮城、大胡、粕川のところに1人、合区される富士見に1人の現職がいるから、来年のこの地区には10人の現職が立つことになる。そして、この新しい地区の定数は8であるから、この時点で現職が2人落選することは避けられない。実は、公明党が現在0で来年は確実に一つを獲得するから、現職3人は必ず落選することになる。既に新人の動きもあるから、前橋・富士見地区は、県政史上まれにみる激戦となることが予想され、某現職県議などは、会議にも出席せず、個別訪問をしているとの批判も出ている。戦いは既に始まっているのだ。いずれにせよ、来年のこの地区は国会並みの広い所で、どのような戦いが繰り広げられるか有権者にとって興味深い展開が見られることになろう。

◆「群弓連会長丸山敬二氏の葬儀で弔辞を読む」(26日)群馬県弓道連盟の会長・丸山敬二氏が77歳で急逝した。弓道七段、酒と歌が好きで誰とも平らに付き合い信望があった。頑健で医者知らずと言われたが、ちょっとした体調の変化に気づき検査した時は肺がんが進行して手遅れであった。長い間群馬県の弓道をリードして大きな業績を残した人である。私は群弓連の顧問である。 丸山会長の大きな業績のひとつとして、県弓道場の落成がある。アリーナの一画に全国に誇れる立派な弓道場が完成した。群馬アリーナが計画されたとき、その中に数あるスポーツのうちでどれが道場等の建設を認められるかなかなか厳しいものがあったのだ。弓道の重要性と丸山会長の執念が合して原動力となった。  「私は小さいときから、那須与一が、揺れ動く扇の的を心を沈めて射る物語が好きでした。弓道は精神性を重んじた日本の優れた伝統文化です。会長の遺志をついで、群馬の弓道を発展させます」私は弔辞の中で、遺影に向かってこのように語りかけた。

(激戦の選挙が新しい時代を開くことを願って。読者に感謝)

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2006年6月26日 (月)

ふるさと未来塾で死刑について議論(24日)

 既に「日記」で書いたように、今月はマリー・アントワネットを取り上げた。彼女が38歳で断頭台で首を落とされた事実に人々は改めて衝撃を受けていたようだ。「塾」でも今日の死刑制度について質問や意見があったが、後にご意見を寄せる方もあった。そこで、極限の刑である死刑について考えてみたい。

 最近は凶悪犯罪が多く、死刑という言葉を耳にすることが多くなった。特に注目されるのは、山口県光市で主婦を強姦目的で殺し、母親の遺体に這い寄ろうとした幼児まで殺した、当時18歳の少年の事件である。無期懲役とした高裁判決を破棄し、死刑を選択するほかないと指摘した。事件の残虐性と共に少年に対する死刑の当否ということで世の関心が高い。被害者の夫は死刑を訴え続け、今回の最高裁の判断に感謝を表明した。新聞の投書欄には画期的で極めて妥当な判決という意見が載った。

 少年法は18歳未満の少年の死刑を認めない。だから18歳以上の少年に対する死刑は法律上可能なのだ。過去には、少年に対する死刑判決が確定したものがいくつかある。私の記憶に残るのは、昭和30年代の初めに起きた小松川高校事件である。定時制高校に通う「朝鮮人部落出身」の少年が殺人を重ね死刑となった。これは大島渚監督によって映画にもなった。当時、私も定時制高校に通っていたので他人事でないような衝撃を受けたのである。法的には可能であっても少年に対する死刑には反対論もある。最高裁も18歳になって間もないということは、死刑回避の一事情だとしている。

 ふるさと未来塾ではギロチンは一瞬にして首を落とすので人道的な処刑の手段だと触れた点にも関心が集まった。日本はどうなのかということで、日本は絞首して行なう

と法律で定められている、憲法は残虐な刑を禁じているので死刑は憲法違反ではないかと争われたが、最高裁は、絞首による執行を残虐とは言えず違憲ではないとしていることも「塾」では話した。

 「残虐」という点では、例の幼女連続誘拐殺人を起こした宮崎勤死刑囚が、絞首刑は、落下の最中は恐怖のどん底に落とされるので虐殺だという手記を書いていることが報じられた。

現行法上死刑を廃止している国は79、事実上廃止している国は23ある。先進国では、英独仏伊が廃止。今回の「塾」には、前教育委員長の武藤さんも出ておられた。

(凶悪犯罪の減少を願って。読者に感謝)

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2006年6月25日 (日)

今月のふるさと未来塾はマリー・アントワネット(24日)

フランス革命は、今日の民主主義社会の基礎をつくった人類史上最大の出来事の一つであるが、いきなり難しい話では興味を持ってもらえない。オーストリアのハプスブルグ家から嫁いだ美しい女性がギロチンで処刑された話となれば、誰もが真相を知りたいと思うだろう。私の目的は、マリー・アントワネットの悲劇を通じてフランス革命に少しで近づいてもらうことだ。前回のクレオパトラに続いて今回も多くの人が出席した。

「フランス革命は、1789年、日本で浅間山の大噴火が起きた6年後のことです」私の話は、ここから始まった。フランスでは、この頃、毎年異常気象で農業は不作が続いたが、政府は国家予算が不足していたので重税をかけた。このことが、ベルサイユ宮殿で浪費の限りを尽くしているとして非難されていたマリー・アントワネットに対する国民の怒りを一層かき立てた。当時の異常気象の原因に浅間の大噴火があるという説にも触れた。

 多くの映像を使ったが、その中には、数年前私がフランスを訪ねた時のコンコルド広場やかつての牢獄コンシェルジュリーの光景もあった。3千人がギロチンで処刑されたといわれる革命広場は、今、エジプトから贈られた高いオベリスクが立ちコンコルド広場として観光の名所となっている。私が映っている写真を見せながら「血に飢えた民衆の熱狂と王妃の悲しい声が聞こえるようだった」と私は話した。コンシェルジュリーには、処刑前のマリー・アントワネットが捕らえられていた牢獄があった。14歳で結婚した時の美しい王妃と38歳で処刑される直前の老女となったような王妃の写真を並べて紹介すると会場からため息が漏れた。

 フランス革命の中で打ち出された、人権宣言は、人間の自由と平等を宣言し、その後の世界に計り知れない影響を及ぼし、その力は、今日に及んでいる。かつて、このふるさと未来塾で、フランス革命と奴隷解放について話したことがある。この革命が生んだ思想は直ちに世界をめぐり、カリブ海の奴隷たちを立ち上がらせた。黒人奴隷が白人の支配を倒して世界で初めて独立国をつくった。今日のドミニカである。先日、このドミニカへ移民として渡った日本人が日本政府を訴えた話にもの及んだ。楽しい一時があっという間に過ぎた。

(フランス革命の歴史に興味を持たれることを願って。読者に感謝)

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2006年6月24日 (土)

本県のがん対策、がん登録事業

 国会が閉会となったが、今国会で成立した法律の中でがん対策基本法は特に重要である。今月17日の「日記」で重粒子線治療を取り上げながらこのことについて書いたが、この際、本県はがん治療を大きく進めるべきであると重ねて訴える。この新法で、期待されながら、個人情報保護の観点から実現しなかったのが、がん登録制度である。

「日記」で本県は、がん登録制度を実施していると書いたら詳しく知りたいという要望が寄せられた。

 本県では、「がん登録室」を設け、県医師会などの協力を得て平成6年から実施している。全てのがん患者の治療と経過そして結果につき情報を収集し整理分析することは、がんとの戦争に勝つために欠かせないことである。個人情報保護の関係では、がん登録実施要綱で、この事業に従事した者は、他に漏らしてはならないと秘密の保持が義務づけられている。

 現在、本県を含め34都道府県で実施されているが、全国一律で実施しないと十分な資料が得られない。民主党案では盛り込まれていたが自民党が反対した。国は、がん罹患率を激減させるといっているが、登録がなければ、正確な罹患率はつかめない。そして、罹患率がつかめなければ、これを減らすための有効な手段を打つことが出来ない。人の命を尊重する真に豊かな社会の実現は、がん撲滅にかかる。せっかく出来た法律であるが、検討すべき点である。同時に、現在、「個人情報保護」の行き過ぎが議論されていることも指摘しておきたい。

◆個人情報保護法の問題点。最近、情報を過剰に隠しすぎることが、日常の社会活動にも支障を来たすとして問題になっている。これは、個人情報保護法が施行されたことに関わる。この法律は。平成15年5月に成立し、原則として平成16年4月から施行された。

この法律の目的は、今日の高度情報社会において個人情報の扱いが著しく拡大し、個人の権利、利益が侵害される危険性が常にあるためその適正な取り扱いを確保しようとするものである。法律が正しく理解されないことから生じる実社会の混乱もあるようだ。問題は、何が個人情報に当たるか、それをどこまで利用出来るか等の点がはっきり示されない点にあると思う。見直しが論議されている。県では、群馬県個人情報保護条例が平成15年から施行されている。いずれ取り上げたい。

(本県のがん対策が大きく進むことを願って。読者に感謝)

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2006年6月23日 (金)

愛国心を教えるとはどういうことか

 サッカーのワールドカップで、「ニッポン、ニッポン」と叫ぶ若者たちの表情は輝いている。ほかのスポーツの国際試合でも同じことだ。彼らの姿から若者の健全なエネルギーを感じ嬉しくなる。テレビに映るサポーターだけでなく全ての少年たちの心の底には共通なエネルギーが潜んでいるに違いない。

「ニッポン、ニッポン」と沸き立つ彼らのエネルギーを一時的なものでなく彼らを支えるバックボーンに育てることが彼らの幸せのために重要である。このことを愛国心との関係で考えたい。

 最近、教育基本法の改正が大きな問題となり、その関係で愛国心をどう教えるかが議論されている。いろいろな意見が飛びかっているが、地に足がつかないものもあるようだ。愛国心は心の問題だから国や自治体などが上から教えるのはよくないという考えがあるが、私は違うと思う。国や自治体が何も出来なかった結果が今日の憂うべき状態を招いたといえる。愛国心とは何かということとその教え方の問題である。

 先日、NHKのテレビ番組で、ある小学校で、愛国心という言葉を使わないで、国を愛する心を子どもたちに教えようとしている授業が放映された。海外に移民として移り住んだ日本人が、ふるさと日本を偲ぶ場面だったかと思う。私は、これなどは、一つの良い方法だと思って見ていた。

 愛国心は押しつけるものではないし、これが愛国心だと決めてかかるものでもない。国やふるさとを愛するために、あることに賛成する人もいれば反対する人もいる。一方だけが愛国心というわけではない。いろいろな立場を認めるのが、個人の自由を尊重する民主主義の基本である。ところが、国やふるさとを大切にする、つまり愛するという心を育てなかった点に従来の教育の欠陥があると思う。子どもたちには、熱い心を育てるための材料を提供することが、愛国心を育てる教育の義務だと思う。

 資料及び教える方法はいくらでもあると思う。郷土に貢献した偉人の生き方を示して考えさせることは一例ではないか。また、歴史上の人物や出来事を取り上げて今日の社会や人間の生き方と結びつけて考えさせることも有効だと思う。

「ニッポン、ニッポン」と叫んで血をたぎらせる若者に心の栄養を与えることが愛国心を養う教育だと私は考える。

(正しい愛国心が育つことを願って。読者に感謝)

Kennjinn1_1 パラグアイの県人会館で。

昨年8月22日の「日記」   

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2006年6月22日 (木)

駐禁摘発強化の波紋

 6月1日に始まった民間委託による駐車違反の取締りとそれに伴なう摘発強化の影響が広がっている。指定地域になっている前橋市千代田町の立川町通りでは、商店主がお客が激減したとこぼしている。また、次のような指摘が聞かれる。(1)通りを走る車の速度が速くなった。これは交通事故につながるし、のんびり買い物を楽しみたい人を脅かすことにもなる。(2)駐車券を出す枚数が多くなった。これは、通りに止められなくなったことから当然に起こる結果である。駐車料金を値上げる動きがあることも耳にする。大きな都市では、現実に起きている。(3)荷物の運賃が高くなる。これは、人が乗っていない車が取締りの対象となるので、常に助手が必要になり、その分運賃にはねかえるからである。

 中心商店街がどんどんさびれていくが、この度の駐禁取締りは、これにさらに拍車をかけることになるという声が聞かれる。民間委託は良いことだ、また、従来のような逃げ得を防ぐために取締りを強化することも止むを得ない。しかし、中心商店街に通じるメイン通りを指定地域にきめることはどのようなものか疑問に思う。

 もう一つおかしな現象が生じている。この駐禁対策として、交通違反保険が始まっているというのだ。この保険は一年ごとの契約で、入会金1,000円、年会費6,000円を払って加入すると、何回でも反則金が補償されるというのだ。制度がスタートしてから申し込みが急増しているという。

 商魂たくましいことであるが、それ以上にこのような保険は、違反を助けるものである。さすがに金融庁は、このような保険は保険業法に反する恐れありとして業者の指導を始めた。このような保険の存在、これに加入する多くの人々、これは、今日の、規範を軽視する悪い世相の反映というべきであろう。

◆自民党前橋支部の役員会。来年の県議選に向けて、前橋支部として、4人の現職県議を公認として推薦することを決定した。私から県連に上げることになる。また、公選法遵守に関する自治会連合会の協力につき、私から報告した。文書化したものにつき、問題の箇所につき話し合い、自治会連合会の了解を得た上で新聞等にも発表することで一致した。みかん1箱の寄付で書類送検されることの意味を厳粛に受け止めなければならないのだ。

(商店街の活性化を願って。読者に感謝)

Aru2   

パラグアイの前原タマゴ工場で。

昨年8月23日の「日記」   

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2006年6月21日 (水)

いかにも懐かしい塾時代の思い出

 昨日、昔、私の未熟故に生徒を殴ったことを話した。一年に一度位そういうことがあったが忘れられない出来事がある。中三のK君は、柔道部の猛者で、身体が人一倍大きく、回りからにいちゃんと親しまれていた。中村塾は活気のある学習塾であったが、K君は時々冗談を飛ばして皆を笑わせるのが得意であった。何か言って「受けたかな」と振り返るとドッと笑い声が起こる。そのうち、授業にならなくなってきた。「塾を止めろ」、「俺の言うことが聞けないなら殴ってたたき出すぞ」。私に言われても一時静かになるが続かない。ついに、彼は本当に私に殴られることになった。教室は水を打ったように静かになった。張りつめて緊張した光景が今鮮やかによみがえる。

年月は夢のように過ぎた。Kがどこかの組の若いしになっているという噂を耳にすることがあった。数年前、彼と一杯やる機会があった。彼はすっかり堅気になっていた。かっこよいと思って、若気の至りで別の世界に入ったのだ。息子の借金の取立てに老親のところに押しかけ、布団まではがして迫ることは、どうしても出来なかったと語っていた。「俺の頭に残っているのは、チュウテンテンテケの定理だけですよ。あの時が一番楽しかった。」今では、人を使って立派に事業をしているKの笑顔は、昔のにいちゃんのそれだった。チュウテンテンテケの定理とは、数学の「中点連結の定理」のことを、当時ふざけて、このように言っていたのである。私の呼び名は熊五郎であった。

 議員になって、かつてとは異なる立場で教育に関わることになった。時々学校の授業を見ることがある。時に、先生に情熱が感じられないと思うことがある。問題行動を起こす生徒がいなくても、教室は対決の場である。それは、理解させるために、乗り越えねばならぬ課題との対決であり、生徒の心を開くために教師として抱える内なる課題との対決である。良い授業を実現することは、教育現場の使命であるが決してなま易しいものではない。教師が自由に創意工夫を凝らせる学校教育の環境をつくることも大切だ。教師を萎縮させてはならない。ゆとり教育の中で、学力を向上させ、生きる力を身に付けさせるという学校教育の使命は誠に重大である。塾や予備校から教え方を学ぶという動きがあるが、大切なことはテクニックだけではない。学校教育は正に正念場を迎えている。

(学校教育の充実を願って。読者に感謝)

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2006年6月20日 (火)

子どもの朝ごはんを考える

 学校が生徒に朝食を出すことについていろいろと議論がなされている。先日、新聞の投書欄に、朝ごはんを食べさせるのは親の義務だ、いくら頭が良くても生きる基本を身につけずにいるとすぐにキレることになる、生活の基本を日常生活の中で教えるのが親だ、学校で朝食を出すなどは論外だ、という意見が載った。また、県教委は、朝食をとらない子は、低年齢での性行為を認めるという調査結果を発表した。もっとも、この結び付けは短絡的だという批判がある。

 問題の本質は、家庭でしっかりした食習慣を身につけることが非常に大切で、朝食を家で食べることは、そのための重要な柱だということである。

「食育」との関係で考えてみたい。最近、食育基本法という法律が出来た。食育とは、「食」を通して生きる力を「育」むことだ。今日、危険な食べ物が多いが、よく考えずに毎日身体に取り入れている。生活習慣病が著しく増えている一因は食習慣にあるといえるだろう。私たちの回りにはがんや糖尿や高血圧の原因となる食べ物が氾濫している。

「食」について正しく判断する力は、正に生きるための力である。

 朝は一日の始まりである。朝、体力と気力を充実させることがその一日を決定する。朝食は、身体のエネルギー源であるばかりでなく、心のエネルギー源でもある。現代人の朝は忙しいものだが、朝食の大切さを考えるなら生活プログラムの中に朝食時間をセットしそれを習慣にすべきだ。

 家族が「食」に関心を持ち、食卓に上る食べ物を考えるようになれば、「食」に関する情報が少しずつ共有され蓄積される。このことは、家族の健康を支えるばかりでなく家族の絆を強めることになる。また、子どもにとっては、このような朝食の場は貴重な体験学習の機会である。健康や命の大切さばかりでなく、家族の意味、農業や流通などについても自ずと関心を深めていくことが出来る。かくして、朝食を家庭できちんととる子どもは学校の成績も向上すると信じる。

◆学校の体罰を考える。先日、戸塚ヨットスクールの戸塚氏が服役し出所したが相変わらず体罰を肯定していた。また、学校のスポーツの場では鍛えるための体罰は広く行なわれているらしい。私は、昔、学習塾で生徒を殴ったことがある。今振り返ると自分の未熟さ故だったと思う。しかし、教室は、生徒との対決の場でもあるとの信念は変わらない。逃げてはならないのだ。熱い情熱をぶつけて生徒と共に乗り越えていく覚悟が教師には求められる。あの頃が懐かしい。

(正常な教育環境が出来ることを願って。読者に感謝)

      

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サンパウロで、東大先輩の森田氏と。

昨年8月29日の「日記」

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2006年6月19日 (月)

2つの結婚式で思ったこと(17日・18日)

 一つは高崎のゴスペルチャーチで。新郎は26歳。彼の誕生に妻は立会い、私も出産直後、日赤に見舞った時のことが昨日のように思い出された。恋愛で結ばれゴールを迎えた二人の笑顔は輝いていた。

 恋愛は高尚な心の作用だが、衝き動かすエネルギーの底にはオス・メスの本能がある。これは若者のパワーの重要な一部であるが、これが現代の若者については著しく落ちていることを感じる。精子の数が昔の男と比べ激減しているとも聞く。少子化の原因については根が深いと思う。この2人が第2子、第3子を産める社会的環境をつくらなければならない。

 日曜日の結婚式は、前橋市のマッテヤ教会で行なわれ、私たち夫婦は立会人をつとめた。この教会については懐かしい思い出がある。私は幼いころこの教会の幼稚園に通っていた。戦時下で警戒警報が鳴ると防空頭巾をかぶって女の先生に手を引かれて走った記憶がある。教会は幼稚園と共に戦火で消失した。この日、建物の礎石に目をやると1951年とあった。昭和26年に再建されたことを知った。

 この教会はプロテスタントである。新郎が信者とのこと。久しぶりに神の前の結婚という実感を得た。牧師の説教にも神を語って心に響くものがあった。最近はコマーシャリズムによるきらびやかで浮薄な神前結婚が流行っている。ある週刊誌が、資格が怪しい神父や牧師が多い実態を追及したことがある。(一般にカトリックでは神父、プロテスタントでは牧師という)。多くの人は結婚式を単なる儀式と割り切っているのだが、宗教心のない人々にもっともらしく神を語る偽善的な姿には疑問を感じることがしばしばある。

◆ボーイズリーグの開会式が行なわれた。(18日)

小雨の降る市民球場での全日本選手権の地方予選の開幕入場式である。「エイ、エイ」と掛け声を上げて行進する小中学生の逞しい姿が見られた。子どもたちを鍛えることの大切さと難しさを思いつつ見守った。

◆グリーンサークルの清掃活動。球場から駆けつけると黄色いジャンパー姿が利根の岸辺で動いていた。ボランティアで仲間と汗を流すのは心地よい。人生の宝は、健康、良い趣味、良い仲間だ。

(若者の素晴らしい人生の船出を願って。読者に感謝)

   

   

Aru1

   

アルゼンチンの県人会で。

昨年、8月25日の「日記」

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2006年6月18日 (日)

自殺対策法が成立した

 毎年3万人を越える人が自殺するというのはいかにも異常である。本県でも昨年は559人の自殺者が出た。人間を大切にすることを国の基本とする社会、そして、真の豊かさを求める社会として、自殺者を減らすために私たちは全力を尽くさねばならない。自殺は個人の問題であると同時に社会の問題なのだ。

 ちなみに、自殺の現状を紹介したい。まず世界の主要国では、自殺死亡率の高い順に、ロシア、日本、フランス、ドイツ、カナダ、米、英、伊となっている。日本のワースト1は秋田県、群馬県は悪いほうから12番目で関東地方では最悪である。全国的に男性の自殺は女性の2倍以上。また、年齢では、最近45~64歳の増加が著しい。自殺者の多くはうつ病あるいはうつ状態といわれるので、うつ病の早期発見が重要。未遂者は既遂者の10倍以上といわれるので未遂者の再発防止が課題。県は、自殺防止対策会議を立ち上げて、うつ病の実態調査や医師らを対象とした研修の充実などを進めている。

 自殺対策基本法は、自殺が多様かつ複合的な原因及び背景を有するものと定め、国、自治体、医療機関、事業主、学校、NPOなどが密接に連携して対策にあたるべきだとしている。この法律が出来たことによって、自治体や地域社会の取り組みが加速することを期待したい。新聞の投書などに、時々遺族の心が深く傷つけられた様子が載る。自殺者1人につき最低5人の人が深い心の傷を受けるとの推計もある。年間3万人を超す自殺者の周囲には最低15万人の人が深い心の傷を受けていることになる。自殺予防のために、地域社会の役割は重要だと思う。地域の連帯が強く、また住む土地への愛着が強いところでは、自殺と関係が深いとされるうつ症状の人が少ないという調査がある。病める社会をなおすのは地域の力だと思う。

◆県立病院の未収金につき読者から提案。

6月12日の「日記」で8千万円余りの未収金のことを書いたら、前橋市内の読者Tさんから次のような提案があった。(1)原因、行動、結果をリンクさせること。(2)集金プロジェクトチームをつくって、目標を立て積極的に行動すること。(3)ISOを導入すること。(1)と(2)は是非実行して欲しいと、私も考える。まず、(2)である。それを実行する方法として(1)をリンクさせることが重要である。当局の動きを見守りたい。

(自殺者が減少することを願って。読者に感謝)

          

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ブラジル訪問(18)サンパウロの移民資料館で。

 昨年8月27日の「日記」               

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2006年6月17日 (土)

がん対策基本法が成立、本県の方針は

 先日、鈴木群大学長の「重粒子線によるがん治療」の講演に、多数参加した私の関係者は、熱心に耳を傾けた。私はがんの治療に対する人々の関心が高いことを改めて感ずると共に、「重粒子線治療施設設置」を機に、本県をがん治療の拠点として躍進させるべきだと強く思った。

 本県の死亡原因の一位はがんである。身近でがんで倒れる人は後を絶たない。がんは、私たち全ての上に重くのしかかる黒い雲なのである。従って、がん治療の画期的な技術が実現することは、雲間に青い空が現われるように、県民に明るい希望を与えてくれる。この状況にあわせたようにがん対策基本法が成立した。本県のがん対策を大きく前進させるチャンスだ。

 がん対策基本法は、どこでも最善のがん医療が受けられる体制づくりを目指し、そのための地方自治体の責任を明確にしている。例えば検診受診率の向上、専門医の育成強化、情報の提供などだ。不安な患者にとって最も重要なことは正しい情報である。

 今回の基本法で盛り込まれなかった「患者登録制」の実現は今後の課題である。患者の治療経過を管理、登録することは、治療効果の検証に有効なのである。本県は、登録制を実施しており、今後も継続する考えである。全国一律の登録制は、がん治療のための正確なデータを得るためにも必要。

◆がん告知とその方法について。

 告知すると患者は力を落とし死期を早めるとして告知しない時代があった。しかし告知しなければ患者を欺して治療する結果となり、患者の協力を得た治療も難しい。患者の生きる力を引き出すためにも告知は前提となる。患者が死とどのように向き合って残された生を生きるのかという点でも真実を知ることは重要である。私は、かつて身近な者に、私から告知して、がんと闘った経験があるが、その過程でこのようなことを痛切に感じた。もちろん、人により状況により異なることではあるが。

 時代は大きく変わり、医師がずばり告知することが広く行なわれるようになった。しかし、告知する医師の態度や告知の方法に患者は大きな心理的影響を受ける。そこで、がん患者の精神的ケアを担う医師たちの学会が、告知する医師がどのようなことに配慮し、どのような話し方をするのが適切かという点を学ぶための講習会を本格化させたという。この点も、治療技術の重要な一環である。

(人間を大切にするがん治療が実現することを願って。読者に感謝)

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   ブラジル訪問(17)

     サンパウロ市内をボディガードと歩く。

     昨年8月27日の「日記」

    

   

   

   

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2006年6月16日 (金)

司厨士協会の大会に出る

 司厨士とは西洋料理人のことである。レストランやホテルの食堂などで働く人が多い。額に汗して働く人々の集まりである。最初に武田会長が挨拶したが、その中で、食育基本法と食育という言葉が出たことが注目された。

 私は、次のように挨拶した。「今の世の中は乱れています。人を見れば欺されるのではないかと疑ってしまうほど、偽物や欺し合いが多い世の中です。しかし、信頼関係がなければ絶対に成り立たない職業があります。皆さんのお仕事がそれです。口から入れる物、命と健康に直接結びつく物を作る大切なお仕事で、日頃のご努力に心から敬意を表します。武田会長が今、食育について話されました。食育とは、食を通して生きる力を育むことだと思います。生活習慣病が増えています。食について私たち一人一人がしっかりした考えを持つことが生きるために必要です。皆さんと一緒にこの問題を考えたいと思います。」小学校の同級生で、タカベンの役員をしている芝君がいて、「中村より成績は上で、勉強を教えた仲です。」などど、相変わらずのユーモアで盛り上げていた。

○自治会連合会、公選法遵守で協力。

 政治家の寄付行為には厳しい規制がある。ミカン一箱の寄付によって書類送検された最近の出来事はその一例だ。公職選挙法が厳しい規制を定めるのは、民主主義を実現する最も重要な手段である選挙あるいは選挙につながる過程を汚したくないからである。

 公選法は、社会的儀礼あるいは日常的常識に属するような寄付行為も禁じているために、違反行為が行われやすい。その例がミカン一箱の例である。そこで、自民党前橋支部は、改めて、寄付行為をしないことを確認すると共に、これを貫くためには、地域社会の理解と協力が不可欠であることから、過日、前橋支部の役員等の会合に自治会代表の方々にも出席を願い協議した。

 自治会連合会は総会において我々の提案等を協議し、自治会の考えをまとめてくれた。その主な点は、次の通りである。(1)自治会主催の夏祭りなどの行事に関し、議員からの寄付を辞退する、又寄付を要求しない。(2)自治会主催の忘年会等の会費制行事については、会費を設定して参加者に知らせ、これに議員を招く場合は、案内文に会費を明記し会費以外の寄付は辞退する。

従来、空手で行くのは恥ずかしい、住民側にも受け取るのが当然という空気があった。自治会側がこのような対応をしてくれると議員は本当に助かる。この試みは民主主義を前進するための大きな1歩になると確信する。

(この日記が情報の広場として広がる事を願って。読者に感謝)

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 サンパウロ州議会でガルシエ議長と会談。

 昨年8月29日の「日記」

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2006年6月15日 (木)

東大に昔の喧騒の面影はなかった

 渋谷に出た折に、急に駒場を見たくなった。懐かしい井ノ頭線に乗ると、二つ目が東大・駒場前駅である。構内に入ると時計台のある古い本館の建物はそのままであるが、あとはすっかり変わり、昔とは別の世界が広がっていた。象徴的な変化といえば、北寮、中寮、明寮の古色蒼然たる三つの学生寮が消えたことである。それと共に、寮の前に林立する立看板、アジ演説、ビラ配り、マイクの奪い合いなどもすっかり姿を消し過去のものとなっていた。

 私は昔の光景を思い出し、しばし感慨にふけっていた。それにしても、若者の社会意識、正義感、ぎらぎらしたエネルギーはどこへ行ってしまったのだろうと考えてしまった。このような状況とホリエモン、村上ファンドの事件は関連があるのかどうかも気になる。

 今日は産学官連携の時代で、学園も学生も企業や経済の発展に協力することは素晴らしいことであるが、社会の動きや政治の動向を批判し行動する学生が陰を潜めてしまったことは淋しい限りである。職場の枠や家庭にも縛られず、理想を掲げて純粋な立場から現状を批判することは若者の特権である。理想に燃えて反抗する若者の姿がない社会は健全とはいえないし、パワーを失っていく原因でもある。

 最近、フランスの学生が大規模な行動を起こして政治を動かした出来事があった。私は、すぐにフランス革命を連想したが、新聞の投書欄には、この事件と関係させて日本の若者の無気力を批判する意見が載った。

 今日の文明国は、いずれも代表民主制をとっている。法秩序を破ることは許されないが、民主主義が形骸化しているともいわれる今日、選んだ代表者に委せきりというのはよくないことだ。ルールに従ったデモ行進は、憲法21条の表現の自由が保障するものである。鳴りを潜めた駒場の構内を歩きながらこのことを思った。

 ホリエモン、つまり堀江貴文氏の逮捕と村上世彰氏の逮捕は、いずれもまだ容疑の段階ではあるが、今日の金銭万能の社会を象徴する出来ごとといえる。金銭万能の社会は日本人の心をバブルの状態にしてしまった。金の力で何でも可能になるという考えが世の中をおおっている。格差が広がる中で取り残された若者は働くことに嫌気を感じている。2つの事件を、私たちは、このような事態に対する警鐘として受け止めねばならない。

(労働の貴さが理解される社会の実現を願って。読者に感謝)

   

   

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      ブラジル訪問(15)

サンパウロの公園の日本人慰霊碑。松田会長、後藤出納長と。

昨年8月26日の「日記」

   

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2006年6月14日 (水)

5月議会が終わった」(13日)

 午前9時20分に常任役員会、これが終わると、直ちに議員団総会、そして10時に本会議が開始した。本会議は、常任委員会と特別委員会のそれぞれの委員長が報告し、反対討論があり、議決へと進み、約80分で終了した。かつては、本会議が終了すると知事が各党の控え室をまわって挨拶するのが例であったが、今はない。これも「対立」の構図から生れた状況である。

 本会議終了後群馬会館ホールで正副議長の就任祝いが行なわれた。立食のパーティであるが同じテーブルに小寺知事と松沢県議が並んで立ち、言葉を交わす場面があったが、記者たちは皆、その光景にカメラを向けていた。議会と知事の対立と関係づけて見ると興味ある場面なのであろう。

 私は、そこそこにその場を引き上げると、12時半に始まる告別式に向かった。三山運輸の会長の葬儀で弔辞を読むことになっていたのだ。弔辞を読んだのは二人で、私の前の人は、尾身代議士夫人であった。故人は、81歳でこの世を去った﨡原一夫氏で、立派な人格者だった。夫人や子息たちは父から怒鳴られた記憶がないという。

 尾身夫人の弔辞に力がこもっていたのは、尾身氏の第一回の選挙で﨡原氏が大きな働きをしたからである。無名の新人が大方の予想を裏切ってトップ当選を果たした。その選挙を支えた一角に﨡原氏がいた。静かな男、﨡原氏には、そのような秘められた情熱があったのだ。私は、弔辞の中で﨡原氏の面影を次のように表現した。「あなたの風貌は、威厳があり、頑固そうで、そして、温かみと深さを感じさせるものでありました。これは、波乱に富んだあなたの生涯を刻むものであると思います。」

 夜6時から新旧の正副議長歓送迎会があった。主催は議会事務局である。私は、40数名の職員に対し、振り返ると感慨深いものがある、皆さんによく支えてもらってやってこれた、皆さんは、これからも議会を支えるという立場をよく自覚して頑張ってほしいと挨拶した。テーブルを回り一人一人にビールを注ぎながら言葉を交わす。いろいろな事があったなと改めて思った。

◆毎日が矢のように過ぎ一日が短い。気が付けばもう6月も半ば。来年4月は県議選である。あっという間に近づくだろう。従来の選挙区に、次回は、富士見、宮城、大胡、粕川が加わる。選挙のエリアは大きくなったのに定員は変わらない。有権者の意識は大きく変化している。そこにいかに訴えるか。たたかいは既に始まっている。行動を起こす時が来た。

(新議長の下で議会改革が進むことを願って。読者に感謝)

    

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 ブラジル訪問(14)アマゾン群馬の森で。後藤出納長と。                

   

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2006年6月13日 (火)

元シベリア抑留者と語り合う

 塩原眞資さんは、一昨年、かつて抑留されていたシベリア抑留地を、私と一緒に訪ねた人である。拙著「望郷の叫び」で書いたが、シベリアからの帰国は正に奇跡の生還であった。復員後結婚し苦楽を共にした妻が昨年脳の障害で倒れ植物人間の状態になった。塩原さんは毎日枕元で語りかけた。塩原さんを支えたものはシベリアの体験であった。数ヵ月後に奇跡が起きたのである。わずかに意識が戻り、最近では、涙を流して反応するまでになった。医師は非常に珍しいケースだと言っている。

 私は、焼酎のグラスを口に運びながら塩原さんの話に耳を傾けた。「寝たきりのおっ母さんを女房は10年間よく世話をしてくれた。そのお返しだと思っているんです。」塩原さんは照れたように笑った。

 塩原さんは母を語り、その話は、シベリアで祖国の母に焦(こが)れた抑留者たちのことに及んだ。

 抑留3年目になると帰れないかもしれないという絶望感が漂うようになった。そんな時、母を語る東北出身のある上等兵がよく引っ張り出されたという。サツマ芋のような顔の男が、母が、しわだらけの手でにぎりめしを作る場面を語るとき、暗い中で、鼻水をすする音があちこちで聞かれたという。

 息子を待つ岸壁の母のことは有名であるが、異国で絶望の淵に立って母を慕う気持ちはいくつになっても変わらないらしい。戦場で死に臨むとき、天皇陛下万歳と叫ぶ人は少なく、多くの人はおっ母さんといって死ぬというがうなづける事だと思う。母と子の絆は何物にもかえ難い。少子化との関係で非婚が問題とされるが、女として生れたからには母となって子を育てることは、この世に生を得た何よりの証(あかし)ではないか。家庭の力、親子の絆、母と子の絆が弱くなっている。このことは、日本がますます地盤沈下していく兆候に思える。

「この歳になって、女房のところへ通うのが辛いと思うことがありますが、シベリアのことを思えばこれ位のことは何でもありません」塩原さんはしみじみと振り返っていた。

 戦後の復興を支えた人々の心の底には、塩原さん程ではないにしても、「あの時のことを思えば」という心の基盤があった。しかしこのことは、豊かな社会に、ぽっと現われた人々には、通じない。今、新たな心の基盤が求められている。それは上から与えられるものであってはならない。教育をめぐる重要な課題でもある。

(塩原さんの奥さんの更なる回復を祈って。読者に感謝)

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サンパウロの移民資料館を訪ねて。大蛇のはく製と。

昨年8月27日の「日記」

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2006年6月12日 (月)

決算・行財政特別委、膨大な病院未収金(9日)

  私がとりあげたいくつかの問題を紹介したい。まず、県立四病院で8千万円を越える未収金があるのは県の怠慢ではないか、未払いの理由を分析しているのかと質した。こまかく調べていないという。全く怠慢だと思う。納税者のことを真剣に考えているのかと言いたい。

 未収額の増大はどこの公立病院でも大きな問題になっている。前橋日赤の資料には、未収を理由別にしたものがあり、それには、支払い困難(16%)分割支払い(24%)とあるが、注目されるのは、支払い意思なし(39%)の数字である。ここには、今日の悪い世相が反映されているように思われる。県立病院についても、調べれば、同じようなことが分かるのではないか。

 私は、医は人道に関わることであるから、金がないといって診療を拒絶できないし請求の仕方にも限界があると思うが、理由を分析した上で、払えるのに払わない人には厳しい態度で臨むべきだと主張した。ちなみに、県立四病院は14億円に達する赤字を抱えている。

○次に包括外部監査のことを取り上げた。この制度は、従来の監査制度が形骸化しているという反省に立って設けられたものである。

 私も議員として一年間監査に当たったことがあるが十分なことはとても出来ず、これでよいのかという思いがあった。今日も行なわれているこの行政内部の監査は、身内の監査ということでどうしても甘くなってしまうのではないか。

 外部監査の報告書には厳しい指摘や意見がつけられていた。内部監査の甘さを指摘すると、事務局は、公認会計士などのプロが時間をかけて分析することや制度の視点が違うことを上げていたが、これらは本質的なことではない、謙虚な説明が欲しいと思った。

なお、包括外部監査人の指摘がどのように実行されたかについては8月末に報告が出されるという。

○その他に、この日の特別委では、公社事業団の整理や指定管理者制度などに関すること、また、知事室長の組織上の位置づけなどが議論された。指定管理者制度は、公の施設の管理を民間事業者にも委ねることが出来るとするものである。経費節減とサービス向上を目的とする。フラワー協会は廃止と決まり、観光開発公社は、主要な事業がなくなって廃止も含め今後の在り方を検討中。委員会では、安かろう悪かろうというのでは困るとか、経費削減に重点を置くあまり、正規社員が少なくなるなど、雇用にマイナス面が出ているなど新しい制度の問題点が指摘された。

(真の行政改革が進むことを願って。読者に感謝)

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ブラジル訪問(12)

31歳の州議会議長と。昨年8月29日の「日記」

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2006年6月11日 (日)

警察関係の審議(その2)

○最近、自転車の酒酔い運転で書類送検された男がいる。今日は飲むから自転車で行こうというのは許されないのだ。自転車の交通違反は大きな交通事故につながる。警察庁は、全国に通達を出して取締りを強化する。これを受けて県警は悪質で危険な違反者は積極的に検挙する方針である。冒頭の書類送検もこの方針の現われである。

○厳しくなった駐禁。即座にステッカーを貼られるということで騒がれているが、実際は特定して貼るまでに5分位かかり、その間に現われれば警告にするという。貼り付けに至らない警告は一週間で213件だった。

○高齢者の犯罪が急増している。全検挙者に占める割合が昨年1割を越えた。数では窃盗が一番多いが、凶悪犯の増加が深刻で殺人は15年で3倍になった。群馬県でもこのような傾向である。また、本県では、高齢者の交通事故も右肩上がりで増加している。

○警察官の07年問題。団塊の世代の警察官が07年大量に退職する。ポッカリ穴があいて治安に支障を来たしては大変である。そこで、県警は、今年度から交番や駐在所に勤務する若い地域警察官の指導を強化する。また、定年退職した警察官を再び雇用する「再任制度」を導入する方針だ。

○大学生の死亡に賠償金5千万円。

 自転車に乗った少年が、警官が職務質問しようとしたら逃走し走行中の車と衝突して死亡した。両親は、警察官の職務質問及び追跡行為は違法だとして2億4千6百万円の支払いを求めて訴えていた。この度、前橋地裁は和解の勧告を行なった。そこでこの議会で5千万円の議決をはかることになる。県警は、一貫して警察官の適法性を主張してきた。

 和解を受け入れる理由として県警は、次の4点をあげた。(1)裁判官から和解勧告がなされたこと。(2)少年が亡くなったという結果の重大性を考慮した。(3)遺族感情への配慮。(4)和解協議は、当事者が互譲の精神で行なったこと。なお委員の一人から、この和解が他の警察官を萎縮させることにならないかとの発言があり、県警幹部はそのようなことはないと答弁した。また、他の委員が謝罪をしないのは不誠実でなはいかと質問したのに対しては、高橋県警本部長は「一貫して適法性を主張してきたが、一定の遠因があるとして和解勧告に応じることになった」と説明した。最近、警察官の職務執行に逆らって逃走するケースが増えている。悪い世相の反映というべきか。毅然とした職務の執行が求められるのだ。

(犯罪のない社会の実現を願って。読者に感謝)

      

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 ブラジル訪問(11)

アマゾン群馬の森で、少年たちと握手。  

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2006年6月10日 (土)

文教の常任委員会で問題にしたこと(その2)

 経済の格差が広がっているが、そのことが教育にどんな問題を投げかけているかを質問した。その一つに、授業料の免除の増大があった。昨年度は過去8年間最多の1億7千7百万円。生活保護家庭の増加、申請をためらわなくなった世相も影響しているらしい。経済の状況が学力にも影響を及ぼしているという指摘がある。

 児童の被害を防ぐために、各校の防犯担当者を決めるべきだと提案した。形の上では校長が責任者だが、その下で具体的に担当者を決め、警察や地域社会と連携し調整する任務を行うのである。また、情報を集め伝えることも重要だ。

 英語教育の必修化は、小学5年生からの導入を文科省が打ち出したが、小学校では、英語よりも国語に力を入れるべきだという反対意見もある。内山教育長は、ここで教育長らしからぬ発言をした。「私は英語の専門家ではない。この議論は英語の専門家に任せればよい」というもの。国際理解教育を進める上で国語教育との関連を議論すべきことで、教育長は自分の考えを語るべきだと反論した。

 学区の撤廃は来年度の高校入試からはじまり、全ての高校が全県1区となる。魅力ある学校へ生徒が集まることになれば、取り残される学校が出る恐れがある。既に今年、定員割れの公立高校が14校出た。魅力ある学校づくりが切実な問題になってきた。

「警察関係の審議」(8日)。(その1)

    迷惑防止条例の適用状況

議会棟でよく怒鳴ったり職員や議員の自宅に押しかけたりした山岸という男が、この条例で逮捕されたが、この条例の適用は、最近は年に30~40件ある。最も多いのは盗撮やスカートのぞきだという。

    犯罪件数は減っているが。

前年に比べ群馬の犯罪発生件数は7.3%減っているが犯罪発生の総量は全国ワースト9。中味も、少年犯罪、高齢者の犯罪等の状況は深刻である。少年犯罪では昨年度、再犯率が過去最高で、粗暴犯凶悪犯が増えている。少年犯罪については、犯罪の入口といわれる万引きなどの微罪を厳しく取り締まることが必要である。最近、スーパーや書店で親を呼んで注意すると払えばいいんだろうと食って掛かるケースも多いという。少年に規範意識を植え付けることが重要だ。県警は自転車の交通違反にも厳しく当る方針である。

(犯罪の減少が本物になることを願って。読者に感謝)

  

    

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ブラジル訪問(10)

サンパウロの式典で、松田会長に記念品を渡す。

 

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2006年6月 9日 (金)

教育の常任委員会は熱かった(7日)

 私は、前日の常任委員会の打ち合わせで教育委員会委員長の出席を求めた。委員長は、出席予定者になっていないが、議長から要請がある場合に出席することになっている。現在本会議には委員長が常時出席することになっているがかつてはそうではなかった。私が強く主張して、平成12年9月議会から委員長の本会議出席が実現した。

常任委員会について、教育の最高責任者が出席しないというのはおかしいのである。かつて教委事務局は委員長は教育の専門家ではないからいきなり質問されても困るということを非公式に言ってきたことがある。(本会議は質問通告制だが、委員会はいきなり質問される)。私は、質問されて困る人は教育委員になるべきではないと信じる。名誉職で済まされる程教育の世界は今穏やかではない。石原委員長は出席して信念に基づいた挨拶と答弁をした。

この日、元教育長で、現群馬県教育振興会会長の坂西輝雄さん、退職校長会会長の八木原勝司さんらが傍聴に来ていた。それは、私の教育の日に関する質問とそれに対する答弁が目当てであった。彼らは、「教育の日」を実現させたいという悲願を抱いている。

「教育をかこむ状況は深刻です。学校、家庭、地域社会が教育について力を合わせ教育県ぐんまを実現するために教育の日を実現すべきです。既に前橋市と太田市が実現し、その他でも動きが進んでいます。県が市町村と力を合わせれば、群馬の教育力を大きく伸ばすことが出来ます。そのために早く・・・」と私は訴えた。

ここで意外な展開があった。石原委員長が、私はこのことを全然知らないと発言したのだ。私は、こんな重要なことを委員長に報告しない教委事務局の怠慢を強く非難した。この一事から、他の重要案件で、教育委員が知らされていないことは多くあるのではないかと思われても仕方がない。教育委員が名誉職で形骸化しているとの世の批判を裏づけるような事態である。石原委員長は、改めてよく勉強して前向きに進めたいと答えた。新しい一歩としたい。

この日、私は、他に、防犯担当教員の設置、通学区域の撤廃、土曜スクール、英語教育の必修化、格差社会の広がりと教育、等について質問した。これらは、いずれも、ぐんまの教育が抱える今日的な重要問題なので、次の「日記」で要点を紹介したい。8日の委員会は警察関係で、ここでもいろいろ出るだろう。

(群馬の教育の渦が広がることを願って。読者に感謝)

    

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マンゴの木を背景に。昨年8月18日の日記

ブラジル訪問(9)

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2006年6月 8日 (木)

癌の講演、癌死の友を思う

 10日に群大学長の鈴木さんが私の関係者に重粒子線治療の講演をされる。関心が高く、参加者は500人になる予定。会場の前橋市総合福祉会館で打ち合わせをしながら、癌と闘って果てた身近な3人の人たちの事を思った。

 人はそれぞれの形で死と向き合うものだ。人生の道半ばで死を必死で拒絶しながらやがて受け入れていく姿を見ると、生きることの尊さと共に死の限りない重さを感じる。

 3人の死を振り返るとき重粒子線が間に合っていればと思う。一人は、福島浩君、私の小学1年生からの同級生で親友であった。彼は、そもそも、私に県議選出馬をすすめ決意させた男であった。彼は、どこかで話をしたとき中村を議長にすることが夢だと語ったらしいが、私がまだ一期のときこの世を去った。「最期のときが来た。頑張ってくれ」これが私に残した最期の言葉であった。50歳だった。

 二人目は亡き妻である。日赤の看護婦にもありがとうと言って静かに目を閉じた。私に対する最期の頼みは一人娘のことであったが、一昨年やっと結婚した。40年の生涯だった。

 最後の一人は安田秀士という男で、私は、東大の駒場寮で、この男と一緒に寮委員をしていた。ある時、上野にある彼の弁護士事務所を訪ねたら、土鍋でなにやら作って食べているのでたずねると悪性の胃癌と闘っているのだという。学生時代、私が自分の生い立ちを話したら、俺だって傘の骨作りの職人の家で育ったのだと言っていた。そんな事もあって心が通うところがあり、卒業後も、時々思い出していたが癌と闘っていると知って驚いた。

 彼が遺した著書「生命燦燦・長良川へ還る日のために」を読むと、この男が、持てる全てを傾注して癌と見事に闘い人生を燃焼し尽くしたことが伝わってくる。闘病の最期の方では、上牧温泉の大峰館に保養に来たこと、車椅子で群馬サイクルセンターの中を動いたことなどが記されている。闘病の手記は死の3日前まで続けられた。奥さんのあとがきには、大好きだった長良川の水を両手ですくって顔をひたし、「なんてやさしいんだろうこの水は。気持ちいいなあ」といって崩れるように倒れ動けなくなったとある。

 死は生の凝縮された姿、そして、死に様は生き様の極限の表現である。安田君の死から生命の尊さを学んだ。癌克服の技術が進む事を祈る。

(重粒子線治療の早期実現を願って。読者に感謝)

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ブラジル訪問(8)   

ベレンの町で挨拶。昨年8月18日の「日記」

  

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2006年6月 7日 (水)

ホリエモンに次いで村上氏の逮捕

 5日の本会議で小寺知事が堀江氏について語る場面があった。高崎競馬を引き継ぎたいということで会見した時のことである。彼の金銭万能の価値観は受け入れられないものだったと振り返っていた。知事の判断が正しかったことはその後の推移が証明した。

 堀江氏の実像は分からないが舞い上がっているように見えた。駒場の寮にいたころ、天下をとったように有頂天になっている男をよく見たが、彼らもその後社会に出て現実の世界の厳しさを知って一歩一歩こつこつと歩んだに違いない。しかし、仮に、あの有頂天の段階で巨億の金をつかんだらどうなるだろう。堀江氏の逮捕の時、このようなことが頭をよぎった。

 またまた時代の寵児が転落した。陽の当たる所を歩んだ村上氏が初めて味わう大きな挫折であろう。家賃300万円の高層のヒルズの部屋から一夜のうちに冷たい拘置所へ。インサイダー取引とか、複雑で難しく微妙な点も絡む経済犯罪を見せつけられて多くの人は訳がわからないではなかろうか。

 ホリエモン事件と共通に映る点は、魔法のように巨額の金が動きその渦にのみ込まれていく人の姿である。原則がしっかりしない社会で、物の豊かさが人の心を貧しくした一面がある。最近の金銭万能の風潮は、更に人々の心を激しく揺るがす。額に汗してこつこつと働き自分を支え社会に参加することは道徳の基礎である。子どもたちにこのことをしっかりと教えなければならない。

 巨額の金が乱舞する下で、小額の金に悩み自殺する人、金のために夫や妻まで殺す人もいる。私たちの社会は重い病にかかっているのだ。病の黒い影にまずつかまるのは子どもたちである。教育の役割は限りなく大きい。

◆児童の悲惨な事件があとを絶たない。

 小1の米山豪憲君が殺されて遺棄された。そして、33歳の女性が死体遺棄容疑で逮捕された。この女性は水死女児の母である。疑惑は広がっているようだ。またかと思った。

 幼い児童が命を奪われる事件が後を絶たない。なぜ簡単に子どもを殺すのかということと、子どもを守るにはどうしたらよいかという問題がある。前者は社会の病理にもつながる問題であるが、後者は、学校や地域社会が直面する具体的問題である。またかという思いと同時に、自分の周りでいつ起きてもおかしくないことだという思いを強くした。

(子どもたちにとって安全な社会の実現を願って。読者に感謝)

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南米訪問(7)

サンパウロを訪ねて。いかめしいボディーガードと。   

昨年8月26日の「日記」    

         

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2006年6月 6日 (火)

小寺知事の感情的な態度(5日)

 非常に忙しい一日だった。午前7時半に家を出て、8時の私的な会合に出席、9時20分から常任役員会、9時40分、議員総会、そして10時から本会議が始まった。従来は、本会議が、定刻より遅れることがよくあったが、今議会からは定刻10時にぴたり開始となる。テレビの生中継が行なわれるからである。

 常任役員会では、テレビの生中継に批判的な意見が出た。2日に行なわれた第1回の生中継は、どちらかといえば緊迫感に欠けていたので、ポイントを集約したダイジェスト版の方がいいといった批判となったのかもしれない。

 第2回目の生中継(5日)は、茶の間で見る人の興味を引く場面がいくつかあったのではないか。例えば、小寺知事が、議長から、「質問されたことだけに答えてください。」と一度ならず注意される場面があった。

 狩野議員が2億400万円という知事の退職金は高すぎる、小泉さんも首長の退職金は高すぎるからあきらめたらいいといっている、第三者機関で審議するのはいつかと発言。これに対して小寺知事は、顔を紅潮させて、問われていないことまで大声で言い始めた。ここでは冷静に淡々と答弁した方が映りがよかったはずである。小寺知事の本質が現われていると思った。

◆この日議論されたその他の論点をいくつかあげる。

(1)ETC(自動料金収受システム)とCO2削減効果について。ノンストップで通過し渋滞しないからCO2対策になると答弁。ゴールデンウィークの時、ETC普及により渋滞が緩和されたという報道を思いだす。

(2)認知症の増加と成年後見制について。平成17年の群馬県における認知症の推定は28,000人。やがて40,000人になるといわれる。この人たちが介護保険を初め難しい契約を結ぶ場面が増える。成年後見人をどのように確保するかは大きな課題。

(3)人口減少、少子化対策について。知事は、「住んで良かったと思えるような環境をつくること」が重要だと答えていた。これは抽象的な表現である。今求められているのは、安心して産める環境をいかにつくるか、出産や子育てを支援する職場環境や支援の制度をいかにつくり出すかといった緊急な課題にこたえることではないか。質問する方も突っ込みが足りなかったと思う。7日からは委員会審査が始まる。

(実りある議会であることを願って。読者に感謝)

            

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南米訪問(6)ブラジル訪問。パラ州の美人副知事と。

    8月18日の「日記」

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2006年6月 5日 (月)

若いお母さんたちと話す。1.25って何?

 子育てのことで悩みを聞いた。10名ほどの若いお母さんの中で、「1.25って何のことですか」との質問に、「女性が生涯に産む子どもの数のことでは」と反応した人は約半数。予想したより関心が高いと思った。しかし、少子化に関する深刻な問題についてはまだ関心が低い。私は、様々な問題を考えると、このままでは日本が崩れていくという危機感を抱く。

 不気味な人口減少が始まった。人口を維持するには、特殊出生率2.1が必要だ。「人口が減ること自体は悪いことではないでしょう。」とある女性。しかし、出生が減って高齢化が進んでいるのだ。このままだと高齢化率は、間もなく25%(4人に1人)に達する。社会を維持するための負担が若い者にますます重くのしかかる。

 「二人め三人めを産めない理由は」と聞いたら、「赤ちゃんを育てることにいらいらする。夫が育児を手伝ってくれないと耐えられない。」この発言に何人かの女性が同意を示していた。最近、育児に疲れた母親が子どもを虐待する話をよく聞くが、その理由の一端がわかったような気がした。男性が育児休業を取ることが少子化対策のカギといわれるが、なるほどと思う。

 「産みたくても、産める所がない。また、小児科医も少なくなっていて不安です」という発言が何人もの女性からあった。これは、非常に深刻な事実である。全国的に産科の医師が少なくなって分娩の取り扱いを止める病院が急増している。本県でも、原町日赤及び館林厚生病院で産科がなくなった。出産を支える医師対策は最も重要な少子化対策であり何とかしなくてはならない。

2日の一般質問で気付いた一,二の点。

「小学生で英語を必修とすることに対する教育長の見解は。」

この質問に対する教育長の答弁は、形式的で、本質をつくものではなかった。いろいろ議論されている問題なのだから通り一遍のものでなく教育長の真意が聞きたかった。

◆観光局長はユニークなキャラクターで面白い。議長室にも部下と共に観光局の派手なはんてん姿で現われたことがある。ぽんぽこ山の狸のようであるがやる気がうかがえた。新設の局長としてフロンティア精神を発揮して欲しい。答弁に立った局長は、「観光」を「観交」に改めると語った。人の交流をベースにしたニュー観交に期待したい。

(実りある5月議会であることを願って。読者に感謝)

Amazon1 南米訪問(5) アマゾン群馬の森で。

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2006年6月 4日 (日)

国防会議厩衛会に出る(1日)

 おどろおどろしい名前が付いているが、自衛隊との交流を目的とした経済人の集まりである。代表幹事の町田錦一郎さんは、私の後援会の幹部である。私はこの会の顧問。知事の代理として後藤知事室長が来ていた。この日は、自衛隊幹部が講演した後、イラク派遣隊員の活躍と家族の様子などのビデオが報じられた。過日、本県の相馬ヶ原基地からイラクサマワに隊員が出発した。

初め、この会に参加している県会議員は、私だけであったが、今回4人に増えた。私は代表して次のような挨拶をした。「治に居て乱を忘れず、という諺がありますが、日本人は、平和ぼけして、国を守るという心を忘れています。私たちが国を守るという意識が今ほど大切な時はないと思います。自衛隊の役割は非常に重要ですが、国民の理解と支持がなければ力を発揮することは出来ません。特に、民主国家、平和国家の日本においては民間人の理解が必要です。その意味で、この会の意義は益々重要になりました。」

◆少子化更に深刻。

 厚労省の発表によると女性が一生の間に産む子どもの平均数・特殊出生率が1.25に下がった。これまで、1.29で深刻さが叫ばれていたのに更に下がったのだ。群馬は1.35で全国平均を上回っていたが、やはり、今回の発表では、1.32に下がった。

 この状態が続けば、社会を支える活力が失われ、社会の様々な面に深刻な事態が発生し、いずれ外国人労働者の本格的な受け入れや大量の移民の受け入れも避けられない。その時、日本の文化や伝統はどうなってしまうのか不安がいっぱいだ。

 国も自治体も様々な少子化対策を進めてきたにもかかわらず、今回の数字が出たことは、これらの施策が間違っていたものと考えねばならない。フランスなどは、少子化に歯止めがかかり上昇に転じた。これは施策のいかんによって日本もうまくゆく可能性があることを意味する。

 私は、民間の努力と国や自治体の施策が連動しなければならないと思う。民間の努力の点で問題なのは、企業が正社員を少なくし、パートや派遣などの非正社員を増やしていることだ。厚労省の調査によれば、20~34歳の若者で、正社員の男性は4割が結婚しているのに、非正社員は1割に満たないという。また、パートでは子どもを産めないと、新聞の投書欄で訴えていた女性の声も思い出される。この問題をこれからも皆で考えようではないか。

(人口減少に歯止めがかかることを願って。読者に感謝)

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南米訪問(4)アマゾンの森で。8月19日の日記。

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2006年6月 3日 (土)

駐車違反監視・民間委託がスタート

 6月1日にスタートした。この問題については、4月13日の「日記」で書いたが改めて取り上げる。官の仕事を民間に委託することが時代の大きな流れとなっているが、警察官の仕事を委託することは、昔は変えられなかったことだ。

 誰もが思うことは、知り合いの人に手心を加えないか、果たして公平に職務を行なうことが出来るかということである。この点は、先ず、職務に当たる者は、公務員とみなされるので収賄罪や贈賄罪の適用がある。しかし、賄賂罪とは別に、職務の適切さ、公平性が特に求められる。民間業者は入札によって決められたがどのように判断がなされたのか。前橋では、警備を専門とする会社ではない東朋産業という株式会社が落札した。

 県警の説明によれば、価格の点だけでなく、情報管理能力、トラブル処理能力、社会貢献度なども評価の対象とした。また、東朋産業の幹部の話では、会社がボランティア活動をしているかを審査で聞かれたという。

 私は、この「民間委託」は、警察と民間が協力する一つの形なのだと思う。だから受託会社選定の資料に社会貢献活動の有無を加えたことがうなずけるのである。交通規制に限らず警察活動が効果を上げるためには民間の協力が不可欠だ。なお、民間委託でカバーされる分の警察官を犯罪捜査にあてることも制度の狙いである。初日の取り締まり件数は7件でトラブルもなく順調だった。見守っていきたい。

◆自殺が8年連続で3万人を越えた。

 これは異常な社会現象というべきである。自殺は、みえない所で、ひっそりと行なわれるから、3万何千人という数字をつきつけられて仰天するが、これだけの人がどこかに集まって一度に自殺したら私たちは、腰を抜かす程驚愕するに違いない。

 警察庁の調べによると、昨年の自殺者は、32,552人で、そのうち経済生活問題を動機とするものが7,756人であった。景気回復から取り残された人や広がる格差に悩んだ人、多重債務に耐えられなかった人などもこの中にいるのだろう。経済大国といわれる豊かな国日本でこのようなアンビリーバブルな数の自殺者が出ることに対し、政治の貧困が一因だといわれても仕方がない。

 私は昨年8月アルゼンチンを訪ねた時、県人会の人が、「日本は豊かな国なのに多くの人が自殺するのはなぜですか。ここでは自殺はありません。」とたずねられたことがある。

 人間の尊重を国是とする日本である。何とかしなければならない。そこで、国会では近く自殺対策法が成立する。地方の取り組みはより重要である。本県は、自殺防止対策会議を設け対策に取り組んでいる。昨年の自殺者は559人だった。

(本県の自殺者が減少することを願って。読者に感謝)

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南米訪問(3)

サンパウロの記念式典。前橋出身の佐久子さんと。

8月26日の日記

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2006年6月 2日 (金)

Y氏の逮捕、迷惑防止条例の意義

 最近、自宅や職場に押しかけ大声ですごむなどの行為をしたとして逮捕されたY氏は、かつて県議会傍聴席で大声を出し、議会棟への出入りを禁止された男である。議会事務局長宅や私の家にも押しかけたことがある。議会に出入りを禁止されたことについては的外れの訴えを起こしたこともあった。庁内の色々なところで行動していた。議会棟の前に軽トラが止まっている時は、庁内のどこかでまた頑張っているなと思ったものだ。

このところ静かになったと思っていたら別のところで活動していたことがこの度の逮捕で分かった。

 私がここで取り上げたいことは、Yの逮捕そのことよりも、その根拠となった県条例についてである。刑法の対象になっていない行為を条例で定め、それが効果を発揮した例である。

 この迷惑防止条例は、県民の生活を守るために様々な注目すべき規定を設けているのだ。県民がこれを知る意義は大きい。また、この際、県の条例に関心を深めてほしい。

 条例とは、地方の議会の議決で定める法律の一種である。この度の条例について仲間で話題にしたら、そもそも条例で刑法のような定めが出来るのかと質問された。条例では、法律の範囲内で規定を設けることが出来るが、その実効性を保障するために二年以下の懲役、禁錮、または100万円以下の罰金等を定めることが地方自治法によって認められている。

 さて、そこで、迷惑防止条例についてである。この条例は昭和38年に制定され、駅などにたむろしてすごんだりする粗暴行為の禁止、不当な金品の要求行為の禁止、押売行為の禁止、不当な客引きの禁止などを定めたが、その後の社会状況で必要な改正が度々なされてきた。

(1)Y逮捕の根拠となった規定は、平成12年に追加されたもので、「正当な理由がないのに、特定の者に対し、追随し、待ち伏せし、又は、住居、勤務場所等を訪れ、かつ、言い掛かりをつけ、すごみ、身体、衣服を捕らえる等不安又は迷惑を覚えさせるような方法で、執拗に、つきまとい、又は面会その他義務のないことを行なうよう要求してはならない」と定め、これに違反したものは、6ヶ月以下の懲役、20万円以下の罰金又は拘留に処する、となっている。

 その他に最近、つけ加えられたものが二つある。(2)その一つは、電話による嫌がらせである。「電話を使用して何も告げず、卑わいな事項を告げ、乱暴な言語を用い、不安又は羞恥心を覚えさせる行為の禁止」、(3)二つ目は、ピンクビラの配布等である。

ピンクビラを公衆電話ボックス内、公衆トイレ内、公衆の見やすい屋外の場所に掲示することの禁止。(2)、(3)についても、(1)同様の罰則が適用される。

条例の要点を説明した。

(条例への理解が深まることを願って。読者に感謝)

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南米訪問(2) 

マンゴの町ベレン―背景はマンゴの老木。8月18日の「日記」にて

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2006年6月 1日 (木)

議会の状況(5月30日)

 5月議会の主要課題は役員の選考である。この日、私は議長を辞職し、新しい正副議長がきまった。第80代の新議長は大沢正明氏、副議長は関根圀男氏である。そして6つの常任委員会、4つの特別委員会、及び、議会運営委員会と図書広報委員会につき、それぞれ正副委員長と委員が決まった。これらの委員会のうち、常任委と特別委は、議長を除き、全ての議員がいずれかに所属する仕組みである。私は、文教警察常任委員会と決算・行財政改革特別委員会に属することになった。

 群馬テレビの生中継につき問い合わせがあった。ここで改めて説明したい。テレビの生中継は本会議の一般質問を放映することになっている。それは、6月2日と6月5日の午前10時からである。生中継については、5月26日の「日記」に詳しい。

◆またクールビズが始まる。

議運で申し合わせがなされ議員総会で発表された。クールは涼しいで、「ビズ」はビジネスのことだから、クールビズは涼しく仕事をしようという意である。

次のような内容である。①議場内は、従来どおり、上着及びネクタイを着用。②委員会室は、上着及びネクタイを着用しないことを可とする。これが中心だが、必ず着用しない、とするものではない。③県内調査は、相手先の事情に配慮した上で軽装につとめる。④実施期間は、6月から9月までとする。

クールビズについては、昨年6月29日の「日記」で書いた。まだ、ブログになる前のホームページである。そこでは、温泉協会の総会に来賓として出席するのにノーネクタイは失礼だろうかと自問する様子が書かれていている。また、そのような時期が近づいたのだ。

ノーネクタイによって冷房のためのエネルギーを節約できるから、日本全体で実行されるならCO2削減の効果は大変なものになる。クールビズは、格好やマナーが本質ではなく、環境問題、つまり地球温暖化防止の問題と深く関わることなのである。

地球温暖化は年々深刻となっている。世界の国々がCO2削減を義務づけられるというようなことは有史以来の出来事である。(京都議定書は、アメリカが入らないこと、また、中国、インドなど途上国が参加しない点が大問題)

伝えられる最近の異常気象はただ事ではない。いずれも地球温暖化が原因といわれる。氷で覆われた世界最大の島、グリーンランドの氷が大規模に溶けはじめた。最近10年で氷河は15キロ後退しさらに加速しているという。これから目に見えて現われる変化が海面上昇であろう。私たちの今年の夏が不安だ。クールビスは、今夏、昨年より重要な問題になるだろう。

(地球環境への意識が高まることを願って。読者に感謝)

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南米訪問(1)

ロサンゼルス県人会の人たちと。私の本を贈る。2005年8月17日の「日記」にて。

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