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2006年6月14日 (水)

5月議会が終わった」(13日)

 午前9時20分に常任役員会、これが終わると、直ちに議員団総会、そして10時に本会議が開始した。本会議は、常任委員会と特別委員会のそれぞれの委員長が報告し、反対討論があり、議決へと進み、約80分で終了した。かつては、本会議が終了すると知事が各党の控え室をまわって挨拶するのが例であったが、今はない。これも「対立」の構図から生れた状況である。

 本会議終了後群馬会館ホールで正副議長の就任祝いが行なわれた。立食のパーティであるが同じテーブルに小寺知事と松沢県議が並んで立ち、言葉を交わす場面があったが、記者たちは皆、その光景にカメラを向けていた。議会と知事の対立と関係づけて見ると興味ある場面なのであろう。

 私は、そこそこにその場を引き上げると、12時半に始まる告別式に向かった。三山運輸の会長の葬儀で弔辞を読むことになっていたのだ。弔辞を読んだのは二人で、私の前の人は、尾身代議士夫人であった。故人は、81歳でこの世を去った﨡原一夫氏で、立派な人格者だった。夫人や子息たちは父から怒鳴られた記憶がないという。

 尾身夫人の弔辞に力がこもっていたのは、尾身氏の第一回の選挙で﨡原氏が大きな働きをしたからである。無名の新人が大方の予想を裏切ってトップ当選を果たした。その選挙を支えた一角に﨡原氏がいた。静かな男、﨡原氏には、そのような秘められた情熱があったのだ。私は、弔辞の中で﨡原氏の面影を次のように表現した。「あなたの風貌は、威厳があり、頑固そうで、そして、温かみと深さを感じさせるものでありました。これは、波乱に富んだあなたの生涯を刻むものであると思います。」

 夜6時から新旧の正副議長歓送迎会があった。主催は議会事務局である。私は、40数名の職員に対し、振り返ると感慨深いものがある、皆さんによく支えてもらってやってこれた、皆さんは、これからも議会を支えるという立場をよく自覚して頑張ってほしいと挨拶した。テーブルを回り一人一人にビールを注ぎながら言葉を交わす。いろいろな事があったなと改めて思った。

◆毎日が矢のように過ぎ一日が短い。気が付けばもう6月も半ば。来年4月は県議選である。あっという間に近づくだろう。従来の選挙区に、次回は、富士見、宮城、大胡、粕川が加わる。選挙のエリアは大きくなったのに定員は変わらない。有権者の意識は大きく変化している。そこにいかに訴えるか。たたかいは既に始まっている。行動を起こす時が来た。

(新議長の下で議会改革が進むことを願って。読者に感謝)

    

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