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2006年5月 9日 (火)

ゴールデンウィークを振り返る

 ウィーク中のある日、東京の友人と新潟県湯沢市へ行った。彼が昔住んだ所で、今年は雪が多かったから残雪がまだきれいな筈だという。

 群馬の側では、武尊と谷川の高峰以外には、ほとんど雪はない。しかし、関越トンネルを過ぎると景色は一変した。左右の山々には、まだら模様に多くの雪があり、急斜面や稜線の一方の側に残る厚い雪は、今年の豪雪のすごさを示している。そして、雪の間に見える緑の木々からは、長い冬を耐えて春を迎えた山の喜びが伝わってくる。

 インターを降り、山ぎわの集落に車を止めて小道を歩いた。民家のたたずまいには、昔の農村の面影が残っている。どこの家にも、コンクリートで仕切った小さなプールのようなものがいくつかある。友人が懐かしそうに語るところによれば、屋根から落とした雪をここに貯めた水で溶かして川に流すのだそうだ。生活の知恵だと思った。

 厚い雪が至る所にあり、その底辺からはチョロチョロと水が流れ出し、道路わきの小川は、周囲の細流を集めゴンゴンと音を立てて流れ下っている。それは、生れたばかりの水の音であった。そして、眼下には、白濁した谷川の水が滔滔(とうとう)と流れていた。田の畦に出るとふきのとうがいたる所にあった。(新緑の越後の里に雪どけの、ほとばしる水の音高く響きぬ)

赤城神社の礼大祭(5日)

神事が進む中で、子どもたちのエイエイという声と竹刀を合わせる音が響く。奉納武道大会である。私も昔少年の頃、この境内で柔道の大会に出たことを思い出した。

 儀式の後で宮司は語った。「この社(やしろ)は古くて立派な由緒があります。俵藤太が植えた杉が何本か残っています。上泉伊勢守や塚原卜伝が納めた額もありました。さつばつとした世の中ですが時にはこのような静かなところでほっとすることが大切でしょう。」そのとおりだと思った。

 この境内には、鎌倉幕府三代目の将軍、源実朝の詩碑がある。「かみつけの勢多の赤城の唐(から)やしろ、大和にいかであとをたれなむ」。金槐和歌集にも載っているこの歌、実朝が実際にこの地へ来て詠んだのかは不詳。

 祭典には、青木・金子(一郎)両県議、後藤知事室長が参加していた。そして、私の小学校の同級生が数人いた。私は小学校時代、宮城村の奥地に住みこのあたりは、私が行動する圏内だった。直会(なおらい)では、「合併により村はなくなりましたが、心のよりどころである昔からの歴史と文化を守っていくことが大切です」と挨拶した。

(ゴールデンウィークが心の充電の機会となることを願って。読者に感謝) 

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