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2006年5月24日 (水)

植樹祭を振り返る。木育について。(その3)

 岐阜県における全国植樹祭で、私が最も注目したことは、子どもたちを主役にした点である。森林を守り育て、それを未来へつなげることは、今の子どもたちの肩にかかっていることを考えれば、子どもたちを前面に押し出した今回の植樹祭は成功だったと思う。

 教育の面から見ても大きな成果があったのではなかろうか。体験を重視した総合的学習の時間の意義が問われているが、子どもたちは、理科、社会科、歴史等各教科と結びついた生きた体験学習で多くを学んだに違いない。各県の子どもの代表を参加者の中に加えることが出来たらその意義は大きかったと思う。

 私は、植樹祭式典で真剣にメモをとりながら耳を傾けた。天皇は森と学校教育を結びつけて語られたし、北海道知事は、モクイクという耳慣れない言葉を使った。すぐに「木育」と思って調べると、道庁は、最近、「木育推進プロジェクトチーム」をつくって、取り組んでいる事がわかった。資料を読んで、その目指すところは、「木育」という言葉を使うかどうかはともかく、私たちにとっても、重要な課題であると思った。「木育」という言葉によって、目標を鮮明にし、人々の心に訴える効果を生むことが出来るに違いない。

 「木育」は、「木とふれあい、木に学び、木と生きる」ことを目指す。今日の社会には、さまざまな「ほころび」が生じてしまった。人の心も活力を失いおかしくなりつつある。それは、人々が、木や森から離れ、先人が培った「木の文化」を受け入れなくなったからだ。子どもの頃から木とふれあうことによって感性や想像力を養って人や自然に対するやさしさを身につけ、また、木や森から学ぶことで人間と自然が共存して生きる「持続可能な社会」を生み出さねばならない。これらのことを可能にするために、子どもの頃から、森や木との関わりを主体的に考えることが出来る豊かな心を育てたいという思いが、「木育」にはこめられている。これが北海道の狙いである。

 「木育」という言葉は、「食育」からヒントを得た発想かもしれない。「木育」と同様に「食育」も生きる力を目的とするものだから、その理念を紹介したい。食は生きる上での基本である。子どもたちが豊かな人間性と生きる力を養うためには、「食」に関する知識と「食」を選択する力が必要である。今日、飽食の時代といわれ、美味な食べものが氾濫している。そして、健康にとって有害な食べものも多くなっており、「食」の安全が叫ばれている。このような状況の中で、食に向き合う習慣と力は、子どもたちにとって何よりも重要である。そこで食育基本法がつくられたのである。関心を高めて欲しい。

(子どもたちの生きる力が身につくことを願って。読者に感謝)

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