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2006年4月30日 (日)

県立図書館に新しい血、初の民間館長

長いこと煥乎堂にあって文化活動の面でも中心的な存在だった岡田芳保氏が県立図書館館長に就いた。県立図書館が文化の拠点として新しい時代の役割を果たすには新しい血を通わせる必要があった。それにふさわしい人で、この人事は県教委のヒットだと思う。

 煥乎堂は、百年を越す書店の老舗で出版界では全国的に知られている。煥乎堂は本を売るだけでなく、出版を手がけ、ユニークな企画展を長いこと続けてきた。この企画展を支えてきた人が岡田氏であった。岡田氏の退社と共にこの企画展もなくなったが、群馬県の文化の進展の面でも残念だと思っていた。岡田氏は中央の出版界にも人脈を持つ人、これまでの経験を県立図書館で生かして欲しい。

 私事になるが、亡き妻が昔煥乎堂にいたことがあり、東京にいた私への手紙で、好ましい成年が入社したと書いたことがあった。その人が岡田氏であった。私は、煥乎堂で何冊か本を出したが、その折りは岡田氏の世話になった。

「県立図書館に7,000万円の予算」

県は、県立図書館の本年度予算として、図書資料購入費7,000万円を計上した。書籍・CD・DVDの購入費やインターネットの情報サイト使用料などに充てられる。県は、新しい試みとして、他の公立図書館や図書館のない地域の県立学校の図書室にも貸し出す。また、ほかの図書館の蔵書の情報を利用客がどの図書館からも検索出来るようにする。

新館長に期待すること

 書物は洪水のように生み出され目の前を流れていく。その中から多くの県民が求める書物を選んで欲しい。私は、大の漫画ファンであるが県立図書館には少ないようである。漫画を軽視することは必ずしも適切ではない。県立図書館の見識をもって選んで欲しい。既に古典の部に入る漫画もある。若年層の活字離れが問題になっている。漫画は子どもたちを図書館にひきつける一助になるかも知れない。

 また、視聴覚室では、多くの人がビデオを見ている。ここに、世界の名画をそろえて欲しい。かつて、アメリカでも、日本でも、映画全盛の時代があった。そこでは、すぐれた作品が数多く作られた。古いものは、市場から消えようとしている。県立図書館にも少ない。こういうものを、集めて保存することも県立図書館の役割だと思う。

 全国各地の図書館は、いろいろ工夫し、特色を発揮しようと競っている。図書館も改革の時代を迎えている。ぐんまの新しい文化の拠点を県立図書館からスタートさせたい。

(県民に愛される県立図書館の実現を願って。読者に感謝)

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2006年4月29日 (土)

県会議員等に対する東京高裁判決(26日)

 二つの議会特別委員会が県内視察を行い、夜は伊香保の天坊に泊まり懇談会をしたことに関し、その費用支出は違法だからとして返還請求の訴えがなされていた。地裁は、この訴えを認める判決を下したが、県会議員等はこれを不服として控訴していた。その判決が下されたのである。

 高裁判決は、宿泊と懇談会の費用支出は違法ではないとした。別の日に分けて調査できるから宿泊の必要はなかったとする一方の主張に対し、高裁は、宿泊するかどうかは委員会の裁量に委ねられていることだと判断したのである。

 県内調査に参加せず、夜の懇談会だけに参加した県職員については、その費用支出は調査に必要なものとはいえないとして違法とした。

 この判決に関して、私は、次のような議長コメントを発表した。「県議会が行なう県政調査の内容及び実施方法等については、各委員会の裁量に委ねられているという主張が認められたことはよかった。なお、判決の趣旨を尊重し、今後も適切な議会運営に努めて参りたい。」

 この判決に対し、住民側が更に最高裁に控訴するかどうかという問題が残されている。

 この住民訴訟には、他に、いくつかの論点があるが、後の「日記」で取り上げることにしたい。

 「県会議員に関するもう一つの事件」

 先日の「日記」で県議補選で初当選した今井哲氏のことを書いたが、同氏を支援するグループの会長・副会長が「供応」で逮捕された。有権者に票のとりまとめを依頼し、その報酬として飲食を提供した疑いである。県警は、「両容疑者の選対内での役割について解明を進める」というが、それは、連座制に関する調査が目的と思われる。

 「連座制」とは、候補者と一定の関係にある人が選挙犯罪により刑が確定した時、当選無効とする制度であるが、公職選挙法の改正により連座制は大幅に強化された。それは、連座制の対象者に「組織的選挙運動管理者」が加えられた点である。それは組織により行なわれる選挙運動の中心となって取りまとめをする人などのことだ。二人の逮捕者がこれに当たるかどうかは当選の効力と立候補制限に関わることなので重大である。

 かつては、飲ませたり食わせたりの時代があったと聞くが時代は大きく変わった。法が非常に厳しいのは、民主主義を築く票の意義を汚してはならないからである。最近現職の県議が一万円を、また、ある市議がみかん一箱を、それぞれ寄付したとして書類送検された。民主主義を実現する過程を、私達は厳粛に受け止めねばならない。

(政治家が謙虚に姿勢を正すことを願って。読者に感謝)

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2006年4月28日 (金)

園遊会、図らずも天皇や多くの皇族と(27日)

 

  県議会議長として園遊会に招待された。赤坂御苑は静かで、雅楽の音が時々森の奥から伝わってくる。木立に囲まれた広い庭園には静かな水をたたえ変化に富んだ形の池があり、その上に時々小雨が落ちて水面に小さな波紋をつくっている。池のまわりには小道がめぐり所々に小高い芝生の丘があった。道に沿って多くの人々が立っている。傘をさす人や大きな木の下で雨を避ける人もいる。

 妻と私は、天皇が歩かれるコースの程よいところを選んで立った。近くで人々がにぎやかなので見るとそこには特別な有名人が集まっているらしい。私が知る人に、アグネス・チャン、和田アキ子、聖路加病院の日野原医師などがいた。

 午後二時十分、二、三百メートル彼方の開けた芝生の上に天皇・皇后が現われた。御二人が人々の前をゆっくりと進み、その後ろに随従する皇族の姿が見える。

 やがて天皇が私に近づいて歩みを止められ、胸のネームプレートに視線を移された。私は、半歩ほど前に立って頭を下げていった。

「群馬から参りました」

「群馬県の議長さんですね」

天皇陛下の静かな声を私は全身で受け止めていた。群馬という声が、陛下のすぐ後に続いた美智子皇后の耳に入ったらしい。皇后は、ほほ笑みながら静かに言われた。「群馬はどちらですか」「前橋でございます」私は恐縮して答えた。

皇后は、そうですかというようにうなづいておられた。皇后が群馬に深い関心をお持ちの様子がうかがえた。私は少年時代に見た、白黒テレビに映る結婚式の光景を思い浮かべていた。

 天皇・皇后からお言葉を頂いたことが注目されたためか、私は、その後に続く皇族方と言葉を交わすことになった。

 皇太子殿下は、今年群馬に行くと言われた。7月の献血大会のことと思われる。また、寛仁殿下は、寛仁杯で協力していますよと笑いながらおっしゃった。御主人高円宮殿下を亡くされた久子様とはかつて天文台をご案内したときのことを話した。久子様は今年の大雪のことを心配されていた。

秋篠宮殿下は、尾瀬国体のことを懐かしそうに語られた。

「片品のあの高校は良い取り組みをしていますね」

殿下が生徒の説明に耳を傾けながら熱心に質問されていた姿が思い出される。

「小学校では、おやきを召しあがられました

「ああ、おいしかったですよ」殿下は明るく笑われた。

殿下が尾瀬国体に際し、武尊根小学校を視察され、おやきを召しあがられた話は2月20日の「日記」で書いた。

 激動の社会、流されていく日本、この日の皇居の森の営みは、それをしっかりとつなぎとめているように感じられた。

(皇室を中心とした日本伝統文化が守られることを願って。読者に感謝)

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2006年4月27日 (木)

就任の挨拶、初登庁、意気揚々

 午前9時半、石原条・みどり市長が正副議長を伴って、大きな体で顔中を笑顔にして議長室に入ってきた。握る手に熱い気持ちが伝わってくる。新市に流れる血液だと思った。

 地方分権一括法が出来て、国・県・市町村が上下ではなく、対等の立場になった。このことを実現するため、市町村に権限が移る。大きな権限を受け止めるためには、新しい市町村のかたちが必要となる。合併はそのための手段である。

 みどり市の市長だけでなく、当選した新市の市長及び市議の人たちは、歴史的なスタートラインにたった。その意味を自覚し初心を忘れないで欲しい。

 みどり市長に続いて、富岡市選挙区の県議会補欠選挙に当選した今井哲氏が訪れた。岩井賢太郎氏が市長選に出たために、欠員が生じ補欠選挙となったのである。一つの議席をめぐって5人が立候補し激戦となったが、弱冠37歳の今井氏が勝ち抜いた。選挙戦では、自転車で数百キロも走り回ったと話していた。選挙戦に注いだ情熱を議会活動でも発揮して欲しい。

 午後2時過ぎ県庁を出た直後に富岡市長が見えたとの報に接しUターン。議長室で握手した岩井賢太郎氏の表情には疲れはない。差し出された市長の真新しい名刺が輝いて見えた。

 

「感情を吐き出すあとに残る虚(むな)しさ」

ボランティアの時代といわれる。これは、時代の新しい動きだ。成熟社会、そして民度が高い社会の特色でもある。ボランティアの語源は、自由意志とか自発的とかいうもの。ボランティアは法律や契約に縛られない自由意志によって活動する人のことだ。そういう人たちが集まれば、自我と自我がぶつかり合うことになる。ボランティアのグループは、従って、個性を認め合える気のあった人々の集まりでなければ存続出来ない。私の最大の悩みは、衝突する複数の個性と同時に接触し、いずれも立てねばならないことである。耐え切れず感情を投げつけてしまった。「人間の心の襞(ひだ)に目をむけてはならない。」と自分に課していた鉄則をふと破ってしまったのだ。人生の同志を傷つけてしまった。私の心に生じたおごりかも知れない。

 選挙は基本的にボランティアの人たちで支えられる。公選法が厳しい今日では特にそうだ。今回の選挙で戦い抜いた前・元県議たちは、ボランティアにかかる難しい問題も乗り越えて勝利をつかんだに違いない。そのことの意味がわかるだけに彼らの輝く瞳が素晴らしく映る。苦しい選挙を通過した者だけが知る感激を市政発展のエネルギーに変えて欲しい。私も原点に立つことを決意した。強い心は、信じる心、ささやかな信仰が私にそう囁く。

(日記でメッセージを伝えられることは私の救い。読者に感謝)。

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2006年4月26日 (水)

図書広報委員会の答申を副知事に伝える(24日)

 議会の審議状況をテレビで生中継することにつき予算がつけられていたが、議会側の方針は、インターネット中継を実現したいというものであった。そこで、テレビの生中継とインターネット中継のいずれが妥当かを図書広報委員会に検討させることになった。図書広報委員会は、議会の広報に関し、議長の諮問に応じる機関である。 

図書広報委員会が議長に出した答申は、①本会議のインターネット中継を行なう、②あわせてテレビによる放映(従来からの「県議会最前線」を拡充)も行なう、というもの。

 予算の執行権は知事執行部にあるから、当初予算に計上された事業内容と異なることを行なう場合には、執行部と協議する必要がある。答申の内容は、これに当るということで、私は副知事を訪ね、答申を渡し説明したのである。

 この問題は、執行部の対応を受けて、近く開かれる代表者会議で協議される。

「茨城県議会の前議長、現副議長が来訪」(24日)

 茨城県議会議長の山口武平氏は84歳、県議13期目の人である。全国議長会長に推薦する動きがある。その件で、同県副議長の田山東湖氏と、前議長の石川多聞氏が私を訪ねて来られた。

「藤田東湖にちなんだ名前ですね」私がこう切り出すと、話は、幕末の水戸藩の事にも及んで、田山東湖氏は、その歴史が現在の茨城県の政治風土に影響しているとして、「水戸っぽです」と語っておられた。

 山口武平氏は、県議会の生き字引的な存在で若さと健康の秘訣は、45年来続けている朝の水風呂だという。

 藤田東湖は、幕末、藩主徳川斉昭の厚い親任を得て藩政改革に力を尽くした。又、日本の危機にあたり国民は日本伝統の精神を発揮して国を守るべきことを訴え、その説は尊攘の志士に大きな影響を与えた。東湖は安政の大地震で圧死するが、その後安政の大獄が始まり、水戸浪士たちによる桜田門外の変が起こる。この変は、幕府の権威を失墜させ幕末の日本に大きな影響を与える。水戸(茨城県)は沸騰する夜明け前の日本の渦中にあった。(2月15日の「日記」で、妻と大洗市の博物館を訪ね幕末の水戸浪士に感銘を受けたことを書いた)

 「北関東道が完成すると両県の関係は一層密になりますね」「海無し県が海の有る県になります」このような話もなされた。

北関東自動車道は2012年(平成24年)3月末までに全区間完成することが近く発表された。前橋から約1時間半で太平洋に至る。昔の人には考えられなかった夢が実現するのである。

(歴史をいかした本県の発展を願って。読者に感謝)

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2006年4月25日 (火)

選挙戦の結果、悲喜交々(こもごも)(23日)

 選挙は民主主義の基盤作りである。選挙というとパフォーマンスがあったりするので、冷笑する向きもあるが関係者は命がけであり、また、選挙の現実は民主主義の現実の姿でもある。

 民主主義は、人間社会が長い試行錯誤を経て獲得した「理想」である。理想であるから現実との間に距離があるのは止むを得ないが、これを縮めることが社会の進歩のために必要である。そして、それを進める力は有権者の目であり選挙への参加である。

 民主主義の理想と現実との乖離(かいり)という点では、選挙後の議会の実態の方により問題があるといえるかも知れない。その選挙には、必死で有権者に訴えて票を獲得するという実態に真実が含まれているといえるからである。選挙における有権者とのつながりを、選挙後の議会活動に生かすことが、民主主義をより進める上で最大の課題である。

(新市の主となった人たち)

 富岡市は前県議の岩井賢太郎氏。前市長とは後援会が共通であり、この2人が真っ向から戦ったのでハラハラしたが競り勝った。諸事につけ行動力がある。長い行政の経験を生かして新市のために辣腕をふるうと思う。

 沼田は元県議の星野已喜雄氏。この人は、その昔、結婚式の司会業をしていた苦労人で面白いキャラクターの人。今でもアパート住まいで飾らない人柄。実直で意気に感ずる情熱家である。新生みどり市は若い石原条氏が主となった。前県議でやめるときは議会運営委員会の委員長だった。また議員野球の監督もやっていた。みどり市の若い芽を育てて欲しい。安中を制した岡田義弘氏は、前県議で67歳。よく頑張ったと思う。心と身体の若さは生年月日で決まらないことを示した。県議時代は腰のすわった男だと思っていた。

 これらの四氏は、私とはかつて福田系といわれた同志会の仲間だった。事あるごとに朝食会を開き、議論を交わしたことが懐かしい。新天地で水を得た魚のように活躍することを期待する。

(敗軍の将兵を語らず)

 満開の花のように勝利に酔う人たちと対照的に、敗れて静かに去っていく人の姿が報じられていた。私も一度経験があるので痛い程よく分かる。その瞬間を待つことは重罪を予想して判決を待つように辛い。敗戦の弁を終えて家に帰り奥さんと二人で淋しく語る光景がしのばれる。戦国時代の戦では、負ければ一族が首を切られた。今は、民主主義の時代で、その心配はないが、心中の苦しみは、たとえようもなく辛いものだ。勝者にはその分も頑張って欲しい。

(合併後の新市の発展を願って。読者に感謝)

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2006年4月24日 (月)

日曜日は行事がいっぱい、妹も代理で(23日)

2006年4月24日(月)

 

 メダカくらぶ総会、市議の市政報告会、自治会総会、教師の自主研修会等々。行事がいくつも重なる時は、私だけでは手におえない。妻や、後援会の役員にも挨拶を分担してもらう。この日は、妹にも頼んだ。

 メダカくらぶは、子どもから高齢者までが参加して力を合わせてまちづくりに取り組む団体である。子どもたちは、農業や環境の問題を体験を通して学んでいく。そして、高齢者は、子どもたちに教えることに喜びを感じる。その活動の様子から地域社会の健全な力が伝わってくる。

 女性教師の研修会は楽しかった。授業の工夫とスキルアップに生き生きと取り組んでいる姿に救われる思いがした。問題児を演じる先生がいて、「鉛筆がない」などと発言、それを、目でとがめる美人教師。「二十四の瞳」の大石先生をふと思い出した。最近の教育の現場では、新しい動きが起きていることを感じる。「教育基本法」改正の動き、文科省が新たに始めようとしている全国学力テストの意味などにも注目していきたい。

「現代は沸騰した社会、人間の性は善か悪か」

 中2の少女が殺されたが様々な殺人事件は後を絶たない。また、偽装建築や手を替え品を替えての詐欺事件、巧みな宣伝により高利を貪る消費者金融等々。今日の社会は悪が沸騰しているかのようである。

 このような社会状況を見ると、昨日の「ふるさと塾」で「性悪説」を取り上げたことが思い出される。始皇帝の秦は、法で抑えつける厳罰主義の政治を行なった。それは、人間の心は本来悪だから秩序を保つために法でそれを抑え込もうというもの。今日の日本の社会は、人間に対する不信、つまり、性悪説を信じたくなるような状況である。 

 しかし、悪事が広くはびこる反面、様々なグループをつくって自主的に活動する人たちが目立つのも今日の社会の特徴である。

 地域社会の中で、非常に多くの人々がボランティア活動に関わるようになっている。これは、豊かな社会、余暇のある社会、そして成熟社会の姿である。メダカくらぶや女性教師の自主研修もその一例だ。このような人々の動きを見ると、人間の性は本来善なのではないかと思えてくる。

 性悪説・性善説はともかく、私たちの社会は人間を大切にする社会であり、その基本は、人間の価値を信じることから始まる。

 平成12年度の「国民生活白書」は、ボランティアについての特集である。そこでは、新しい時代の柱としてボランティアの働きを重視している。ボランティア活動とは、自らの意思で社会貢献に取り組む動きである。高齢少子社会を活力あるものにする最大のエネルギーは、このボランティア活動である。地域の動きを身近に見て、そう感じた。

(地域社会の活力が広がることを願って。読者に感謝)

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2006年4月23日 (日)

4月のふるさと塾は、秦の始皇帝(22日)

  日中の関係がギクシャクし、険悪になっている。付き合いづらい隣人と思う人も多い。しかし、歴史を振り返れば、中国との関わりは測り難いほど大きい。歴史的視点なくして中国を理解することは出来ない。

 今から32年程前、農民が井戸を掘っていて偶然発見した「兵馬俑」、約7千体の陶器の人形は、始皇帝の基を守る軍団だった。

 始皇帝とは何者なのか。始皇帝による統一がなければ、中国は、ヨーロッパ諸国のようにいくつかの国に分かれていたろうといわれる。文字を統一し、度量衡(はかり)も共通にし、万里の長城を築いた。長城は北の騎馬軍団を防ぐ目的であるが、これを築くために人々の恨みをかった。「孟姜女」の伝説にも触れた。彼女は、人夫にかり出された夫を訪ね長い旅をするが夫は既に死んでいた。慟哭する彼女の前の城壁が崩れ、中から夫の遺骸が現われたという話。

 性善説と性悪説は、今でも話題になるが、秦は、性悪説に立って国を治めた。人間の性は本来悪いもの、その悪が現われないように抑えるのだというもの。秦は、厳罰主義で人民を抑えつけた。人間の性は、本来、悪いものか、それとも善かは、永遠のテーマでもある。

「焚書阬儒」も有名である。思想を統制し政治への批判を抑えるため書物を焼き(焚書)、学者を生き埋め(阬儒)にしたという話。

 1989年(平成元年)の天安門事件では、民主化を叫ぶ学生に戦車が突入し、数千人の死者が出たとされるが、これは、現代版の「焚書阬儒」といえるかも知れない。

 始皇帝が不老不死を求めた話もした。中国を統一し最高の権力を手にした男は、永遠の命を求めた。徐福は皇帝の命で不老長寿の薬を求めて日本に来たという伝説がある。(和歌山県新宮市に徐福の墓がある)

 始皇帝が70万人を動員して作らせたという墓、その近くの「兵馬俑」、私たちの想像をはるかに超える始皇帝は、正に怪物、魔物といえるかも知れない。その始皇帝も天命には逆らえず50歳で亡くなった。塾生が中国の歴史に興味を抱くきっかけになればと願いつつ、楽しい一時があっという間に過ぎた。

「中国の反日感情は本物か」

中国に進出している日本企業の関係者によれば、一般の中国人については、反日感情が感じられないという。中国は、表現の自由などはまだまだ不十分な国だと思われる。その意味で民度は高くない。だから、世論も政府の力で簡単に操作されるということもあるだろう。長い歴史の上で、日本は中国の文化を受け入れてきたが、「人権」に関しては、日本は中国より格段に進んでいる。その意味を噛みしめねばならない。

(アジア諸国との健全な関係を願って。読者に感謝)

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2006年4月22日 (土)

全国都市緑化フェアが来る。設立会議で挨拶(20日)

 緑豊かな潤いのある都市づくりを目的とした第25回全国都市緑化フェアが、平成20年、「全国都市緑化ぐんまフェア」として実施されることになり、その実行委員会の設立と第一回総会が行われた。目標入場者数は100万人、事業費は概ね23億円、総合会場とサテライト会場にわかれて実施されるが、総合会場には前橋会場(前橋公園・敷島公園)と高崎会場(高崎城址公園周辺、中心市街地)が当てられる。

 実行委員会会長には小寺知事が決まり、私は顧問につき、委員は全員で212名となった。来賓は、2名、国土交通大臣(代理)と群馬県議会議長が挨拶。私は、次のように挨拶した。「科学が発達し、物が豊かになり、都市の生活はますます便利になりましたが、ギスギスした人間関係と共に、様々な難題を抱えているのが今日の都市の姿です。そこで、物の豊かさだけでなく、心の豊かさが強く求められています。そのための大切な要素が豊かな緑です。自然が豊かな我が県でありますが、緑化フェアを期に、都市の緑を一層増やし、環境保護を進めたいと思います」

「高齢者虐待が報じられた。虐待防止法を考える。」

 今年3月26日の「日記」で、4月から「高齢者虐待防止法」が施行されることを書いた。

 今月14日、県と高崎市は、施設入所中の認知症の高齢者が虐待を受けたことを確認した。この高齢者は、2月12日朝、唇が切れて出血していたという。虐待防止法施行前のケースとみられるが、高齢社会の重大問題なので改めてこの法律の意味を考えたい。

 高齢者に対する虐待が時々、新聞やテレビで報じられるが、それは氷山の一角とも言われてきた。背景には、介護者のストレス、過去の人間関係の不和、認知症高齢者の増大などがあるといわれる。

 しかし、児童虐待を防止する法や配偶者からの暴力を防止する法(DV防止法)があるのに、高齢者の虐待を防止する法がこれまで存在しなかったのである。この法律の目的は高齢者の人権を尊重することである。

 高齢者の人権をいかに守るかということは、その国の民度と成熟度を測る尺度である。人間を尊重するという国の基本原則からすれば、心身が弱くなって、自らを守れなくなった高齢者を保護することは特に重要なことである。人生の終章に安らぎが待つか、虐待が待つかは、そこを目指す全ての人にとって決定的に重大なことだ。虐待が待つとすれば、人は、人生を刹那的享楽的に生きることになるだろう。高齢者虐待防止法には、モラルなき社会に歯止めをかける意味がある。(3月26日の「日記」をご覧下さい)

(高齢者が胸を張って暮せる社会を願って。読者に感謝)。

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2006年4月21日 (金)

警鐘! 新型インフルエンザ

 米国の方針として、ニュースが伝えるところによれば、「トリインフルエンザウィルスのDNAを調べたところ、かつて流行して2千万人が死んだスペインかぜのものとよく似ており、流行すれば大変だということで、人口の半分・7千3百万人分のワクチンを備蓄する」という。スペインかぜは第一次世界大戦の最中、スペインから始まったもの。新型インフルエンザの意味、特効薬タミフルのこと、渡り鳥の関係で来年の冬は日本で流行するおそれがあること、本県の対応策等については、「2月13日」、「2月14日」、「3月10日」の「日記」で書いた。知識と情報を蓄えることが有効な予防策である。

「各種選挙戦が大詰め。キーワードは、合併、高齢少子、教育、治安」

 選挙を冷ややかな目で見ている人は多いらしい。しかし、選挙は民主主義の基盤をつくるもの。選ばれた代表によってまちがつくられ生活の方向がきまってゆくのだ。だから選挙には必ず参加すべきである。

 ほとんど全ての候補者が政策を語るとき、触れるべき論点は、合併・高齢少子・教育・治安などに関することである。政策に耳を傾ける材料として、これらのポイントを拾ってみる。

 平成の大合併で全国の自治体は3232から1822に、群馬県では70から39になった。合併の目的は主に財政基盤の強化と効率化だが、それによって、地域の文化や特色が失われてしまってはならない。合併は新しい魅力ある地域づくりのスタート。そのためにリーダーと住民は力を合わせなければならない。選挙はこのリーダーを選ぶ手続きであり、力を合わせる場面でもある。

 高齢少子は、地域社会の最大の課題である。高齢化と少子化が同時に進み、人口の形は逆ピラミッドとなり、社会を支える若い力が減っていく。活力のない社会に落ちていくのか。これを食い止めるのが地域の力であり、それを生み出すのが政治の課題である。地域の力によって、子育ての環境が整えば少子化を止めることが出来る。安全安心の地域社会で高齢者のパワーを引き出すことも可能だ。候補者から、そのためのアイディアを聞きたい。

 教育が危機にある。学校だけに多くを期待することは出来ない。教育には、家庭と学校と地域社会の連携と協力が不可欠だ。地域社会には大きな教育力が眠っている。家庭の力を復活させることも地域の課題。しかし、教育を語る候補者は少ないようだ。

 良好な治安を警察だけで実現することは出来ない。地域の連帯が犯罪のない社会をつくる。犯罪のない地域社会は、活力ある社会の前提である。

(良い代表を選び、活力ある地域社会が実現することを願って。読者に感謝)

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2006年4月20日 (木)

市長選が始まった。元・前県議の戦いは

  市長選、県議補選、市議選、町村長選と、各地で選挙がにぎやかだ。地域によっては、複数の選挙が重なって判断に迷う人もいるようだ。時代の大きな転換点、そして、歴史的な大合併を背景にした選挙である。

 市長選は、五市(沼田、藤岡、富岡、安中、みどり)で15人が激突するが、そのうち、四市で元・あるいは前県議が戦っている。その顔ぶれは以下の様である。

沼田市は、元県議であり現職市長の星野已喜雄氏。県議時代は私と同期だった。前回星野已喜雄氏は無投票で市長に初当選した。尾身代議士が兎と亀の話を例に出して危機感を訴えていた。

 富岡市は、岩井賢太郎氏。前県議で私の一期先輩である。これまでも激しい選挙戦を何度も勝ち抜いてきたが、今回は正に正念場で戦略にも工夫を凝らしている。富岡製糸跡の世界遺産に関する大問題もある。

 安中市の現市長中島博範氏は元県議、そして中島氏と戦う岡田義弘氏は前県議である。

 みどり市は、前県議で41歳の石原条氏だ。みどり市は新しく誕生した市である。市の名もひらがなの「みどり」で、環境の世紀の新市にふさわしい感じである。

 各県議経験者は、県議時代の経験を通して、今の時代の地域社会の重要性と、そこでの課題をよく知っている。また、県行政とのかかわりの重さも心得ている。これらを、自分が愛する故郷の発展に生かしたいと願っているのであろう。

「温暖化の恐怖・県の対策」

 4月16日の「日記」で将来海面は6m上昇と書いたことは補足を要する。将来とは百年後のことで、アメリカの研究機関によれば、4m~6mに達する可能性があるというもの。しかし、そこに至るまでに、温暖化の影響である異常気象は年々加速していくに違いない。

 京都議定書(Co2などを減らす国際的約束)では、90年を基準として日本は、Co2などを6%減らす義務を負うが現在逆に、基準年より7%以上増えている。2004年度の日本の温室効果ガス(Co2など)の総排出量は13億2900万トン。このままいくと大変なことになるという危機意識をもって、各地方自治体が真剣に取り組まねばならない。県内の年間排出量は1600万トンを越える見通しである。

 県は、第二次県温暖化対策推進計画を立て、その中で、具体的な目標を掲げて県内の

Co2などを削減しようとしているが、まず、県庁内でということで、「県庁行動プラン-エコDo!」を策定した。どのようなことをするかといえば、昼休みの一斉消灯、冷暖房の温度設定等を通じ電気の使用量を減らすなどである。そして、「実行」、「点検」、「評価・見通し」を徹底していく。県庁の取り組みが社会に波及していくことが重要である。

(地球環境の回復を願って。読者に感謝)



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2006年4月19日 (水)

「内山教育長、普通の訪問者として扱って欲しい」

 教育長は、校長会議で、「私が学校訪問する際は普通の扱いをして欲しい」、「訪ねづらくなるから、(大げさな対応は)やめて欲しい」と訓示したという。賛成である。

 私は、教育委員や教育長は、教育の現場をよく知らねばならないから、学校訪問を出来るだけ多く行なうべきだと提言してきた。内山教育長が指摘したような大げさな学校側の態度があるうちは、学校の素顔を見ることは出来ない。

 教育委員や教育長を殿様を迎えるように扱うようでは、真の教育改革を進めることが出来ないのではないか。教育は、今、様々な難しい課題を抱えている。これに適切に取り組んで成果を上げるためには、教師の勇気と見識が求められる。教育の現場で、教師たちが自由な雰囲気の中で力を合わせることが重要である。教育長の訓示がそのような流れを作るきっかけになることを願う。

 このさい提言したいことがある。教育委員や教育長は、予告なしに、学校を訪問して欲しい。学校のありのままの姿を見ることが何よりも重要であるが、予告して訪問する場合どうしても作られた、あるいは準備された現状を見ることになるだろう。

 ある市の教育長は、予告なしの学校訪問をやると聞いた。教育委員は名誉職で形だけだという批判がある。教育が待ったなしの状況にある今日、教育委員は、このような批判をはねのけねばならない。そのための一歩として、予告なしの学校訪問を頻繁に実行して欲しいと思う。力を合わせて学校に新風を吹き込みたい。

「県営住宅の家賃滞納とその対策」

 昨日は、県立病院の治療費の未払いを書いたが、家賃の未払いも大変なものである。平成16年度の未払い額は、約1億2千400万円、そして前年度迄の滞納の繰越額は、およそ、4億9千651万円。計、約6億2千万円である。

 また平成17年度は、未払い額、約9千万円、滞納繰越額、約5億円、計約5億9千万円である。

 家賃滞納の事情は様々であるが、世情を反映してというべきか、悪質なものも多いようである。これまでも、本会議や常任委員会で取り上げられてきた。因みに、平成16年の未払い合計は全国ワースト3であった。

 善良な入居者との公平を図るためにも、悪質な滞納者には法的措置をとることになった。法的措置とは訴訟に持ち込むこと等である。その基準は、①滞納家賃が30万円以上である者又は滞納月数が12か月以上である者。②家賃納入について誠意がないと認められる者。①及び②要件をみたす者である。

(姿勢を正した社会の実現を願って。読者に感謝)

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2006年4月18日 (火)

「県立病院の未収金を考える」

 

 

 四つの県立病院で、平成17年12月末現在の未収金は約8300万円。前年末と比較すると、一年間に約1330万円増えている。県立病院の中では、心臓血管センターが最も未収額が多く全体の約四割を占める。

 公立病院の治療代未払いが急増しているといわれる。前橋赤十字病院の状況をたずねたら、平成16年度は、177件で2370万円、平成18年度は、228件で2919万円ということであった。日赤の資料には、未収の理由別の額をグラフにしたものがあるが、その主な内訳は、支払意思なし(39%)、分割支払い(24%)、支払困難(16%)などである。

 県立病院の担当者に対策をたずねたら、「督促状の送付、電話による督促、定期的な訪問により分納の指導を行なうなど地道な活動を行なっている」とのことであった。しかし、前記の未収金の額は、「地道な活動」が効果を上げていないことを物語るものではないか。

 問題の背景には、格差社会が進む中で低所得者が増えていることや患者のモラルの低下などがあると思われる。また、「医は仁」といわれるように医療の提供は人道上の問題でもあるから厳しい徴収には限界があるともいえる。

 しかし、日赤の分析に見られるように、未払いの理由にはいろいろあるのだから、払えるのに払わない者を甘く扱うべきではない。県の担当部門は、未払い治療代の回収方法を真剣に研究すべきである。現に、自治体によっては、回収に大きな効果をあげているところもあるのだから、やれば出来るのである。

 県立四病院の赤字額が約14億円に達していることと共に、未払い治療代の増加は、県立病院の経営体質の甘さが一因といわれても仕方がない。県立病院における医療の質と健全な経営は密接な関係にあると思う。

 未収金の適切な回収、経営の健全化、良質な医療の提供、これらは、愛県債を買って県立病院を支えようとする多くの県民の善意にこたえるみちである。

「東照宮奉賛会懇親会に出る」(17日)

 会員になっているが普段なかなか出られない。この日、短い時間を見つけて顔を出した。奉賛といっても政治家は難しい。寄付をすれば公選法に触れる。ある県議は広瀬川のライトアップ事業に現金を寄付したとして書類送検された。神社への奉賛の仕方も寄付以外の方法を選ばねばならない。求められて挨拶した。「せちがらいギスギスした社会になってきました。日本の伝統の文化を守らねばなりません。東照宮は地域社会を支える大切な柱です。」県議の中には2人の神主がいる。角田登氏と金子浩隆氏である。県議の職業は様々である。200万県民の縮図でもある。

(県立病院が本来の使命を果たせることを願って。読者に感謝)

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2006年4月17日 (月)

「安部一郎先生柔道十段の祝い・22年ぶり」(15日)

 県柔道連顧問として出席した。安部氏は、前中(現前高)から東京高師(現筑波大)に進み、その後柔道指導者の道を歩んだ。長くヨーロッパにあって柔道を指導し、日本柔道の国際化、そして、五輪採用に大きく貢献した人である。フィンランドからも柔道界の代表が三人出席していた。

 そのうちの一人は、私の隣りの席で、フィンランドの国情を話してくれた。フィンランドは教育にすごく力を入れていること、また、歴史とからんで「東郷ビール」のことも話に出た。昔、フィンランドは、ロシヤに支配されていたが、このロシヤの艦隊を破った日本の東郷元帥は素晴らしいということで、その名をとった「東郷ビール」が後に製造されたというのだ。

 柔道十段は、講道館の最高位である。第一号は、昭和10年の山下義昭氏、ルーズベルト大統領に柔道を指導したことで知られる人。また、「十段といえば三船」といわれる程有名な、空気投げの三船久蔵氏がいる。そして、読売新聞の正力松太郎氏は、没後に十段を贈られた。今回は、安部氏とともに醍醐敏郎氏、大澤慶巳氏の三氏が同時に十段に昇進した。

 前高(前橋高校)の柔道部は、前身の前中以来、実績を上げて伝統を誇っている。その中の金字塔が、安部氏の十段昇進である。これは群馬の柔道界にとっても大きな出来ごとである。柔道のすそ野が若者の中に広がることを願う。

「関口杯柔道大会・安部氏を迎えて」(16日)

「関口杯」は、群馬で講道館柔道の基礎を築いた関口孝五郎氏の業績を記念してつくられた賞であり、これを競う大会は、今回で四十回となる。会場にはフィンランドの柔道関係者が多数見られた。安部氏は、来賓として挨拶し、指導にも当った。

 私は、安部氏に続いて来賓として挨拶した。

「安部先生の功績で柔道は世界の柔道となりました。しかし、柔道は単なる格闘技ではなく、日本の武道であり、日本の精神文化であります。このような柔道の本質を守ることが重要です。伝統の関口杯には、このような大切な意義があると思います。」

「地域の神社の春の大祭に出る」(16日)

神主が神事を取り行い、氏子たちが玉ぐしを奉げる。かつての地域社会では、村の神社は、村人たちの心のよりどころであった。時代は大きく変わり、科学の時代となり、神社の存在意義が小さくなっている。しかし、合理的な考えで割り切ることに限界と行きづまりが生じていることも、今日の社会の現実である。心の豊かさを求める地域社会にあって神社の存在も改めて重視される時に来ていると感じた。

 (心の豊かな地域社会の実現を願って。読者に感謝。)

 

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2006年4月16日 (日)

子どもたちの未来、押し寄せる危機

弟が前橋市内で骨董屋(今知奇)をやっている。立ち寄ったら、弟の娘が母となって1歳になる子どもを連れて来ていた。「テレビのちびまるこちゃんのようだね」「この子が大人になる頃どんな世の中になっているだろうか」こんな会話が交わされた。あどけない顔を見ていると数十年後に予想される地球環境の変化に空恐ろしいものを感じる。

 最近の報道によれば、将来、地球温暖化により海面は6メートルも上昇し、アマゾンの熱帯雨林は4割減少するという。今でも、異常気象は深刻な被害をもたらしているのだから、数十年後の地球は人間が生きる極限の状況に近づくのかも知れない。そうなることに少しでもブレーキをかけるための知恵と努力が今人類に求められている。

「アマゾンの熱帯雨林の減少」

 昨年、アマゾンの支流の都市ベレンを訪ねた。ベレンは、かつてポルトガルが支配した町。マンゴー並木で有名である。この近くに、「アマゾン群馬の森」がある。ここの植樹祭に参加したことを、昨年、8月18日と8月19日の「日記」に現地から載せた。

 そこでは、「アマゾンの森は地球の肺といわれ新鮮な酸素を生み、同時に膨大なCO2を吸収すること、この熱帯雨林を守ることは地球を守るために重要であること、アマゾン群馬の森は540ヘクタールでその存在意義は大きいこと」などを書いた。

 アマゾンの熱帯雨林が、現在、開発により急速に減っているという。主要な原因は、肉牛の放牧と中国へ輸出する大豆の栽培とか。

 ブラジルは、世界有数の牛肉輸出国であるが、肉牛の放牧が大企業のアマゾン開発によって行なわれている。しかし、アマゾンでの牧畜は、生産性が極めて低い。土地の生産性は低く、乾季には牧草も十分でない。そこで、ハンバーグ1個を作るのに7ヘクタールの森林を伐採しなければならないとの計算がある。

「ジェネリック薬品のことで再び」

 3月4日の「日記」でジェネリック薬品のことを取り上げた。特許の期間を過ぎた薬品で安く使えるもの。県立病院で使えるように対策を進めている。

 この問題につき、先日、テレビが「薬局戦国時代」という特集を組んでいた。医療費負担軽減につながるこの問題につき知識を深める必要がある。ここでは、その後の変化を一つ取り上げる。「ジェネリック研究会」などが、「ジェネリックお願いカード」を作り病院や薬局などに置くことになった。いままで医師に言い出しづらかったといわれるが、このカードを診察券と一緒に出せばよいのである。

(地球環境が少しでも良くなることを願って。読者に感謝)

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2006年4月15日 (土)

大規模な豆腐工場を見学・将来の食料難を思う

この企業は、1日に原料の大豆を20トン以上使う。原料は中国かとたずねたら、経営者はとんでもないという表情で、カナダ産だと答えた。中国は大豆の最大の輸入国なのだという。かつては中国東北部は大豆の大生産地で、日本はここから輸入していた。中国はブラジルからも大豆を大量に輸入しており、それは熱帯雨林減少につながっているという。

 現在、中国は農産物の輸入国に転じている。中国は広い国土を持つ割りには農地は少ない。人口13億人を超える中国が食料の輸入国になった意味は重大である。

 現在世界の人口は65億人に達した。2050年には推計92億人になるという。地球上でこれだけの人口を養う食料を生産することは不可能に近い。現在の日本は飽食の時代などといわれ、食べ物を無駄にしているが、食料自給率は40%を切っており、多くを輸入に頼っている。将来の食料難を考えるとき、農業を振興して食料自給率を上げることは、国家の存亡がかかる大事である。

 昨年「8月25日」アルゼンチンで書いた「日記」

 私は、群馬県人会の記念式典でアルゼンチンを訪れた際、「日記」に「ギアリンクス」及び、「土地の値上がり」について書いたが、今、そのことを思い出す。いずれも将来の食料難に関することである。

「ギアリンクス」とは、岐阜県の「ギ」、アルゼンチンの「ア」、この両者をリンク(結ぶ)する意味。岐阜県がアルゼンチンに作った法人で、これが1200ヘクタールの土地を買って将来の食料難に備えるという。現在は大豆を作り管理は県人会に任せている。大豆は国際作物で必ず売れるから損はないと領事は語っていた。前記の豆腐製造業者が、最近大豆の価格が高騰して困ることを語っていたが、「ギアリンクス」は大きな利益を得ているのかも知れない。

 もう一つの「土地の値上がり」とは、同じく飯田領事の話だが、「ギアリンクス」が6千万円で買ったところは、現在2億円になっているということ。その理由として「中国が将来の食料難に備え、ブラジルとアルゼンチンで土地を買っているからだ」と領事は話した。中国政府が直接土地を買うことは不可能だろうから、現地の中国系の人や企業を通して買うのであろうか。いずれにしろ、地球的規模で、じわじわと、食料難の動きが始まっていることを感じる。

「県立農林大学校の入学式」(14日)

「昔から農は国の大本といわれますが、このことは今日新たな重大な意味をもっています。安全な食料は人々の生命と健康を支え、農村は健全な社会の基盤です。ところが今、農は危機に直面しています。志をもった日本の農業のリーダになって下さい」

 私は、食料難時代の到来を念頭にこのような挨拶をした。

(日本の農業の発展を願って。読者に感謝)

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2006年4月14日 (金)

ぐんま国際アカデミー(GKA)の保護者から興味あるアクセス

私は3月16日と3月17日のブログで全員協議会の様子を取り上げた。異例の全員協における議論の中心は、私学助成の可否に関して同校が「私立」か「市立」かということであった。しかし、「アカデミー問題」については、低学年の小学生から英語を教えることの是非をめぐる教育一般に関わる重要な論点がある。そこで、私は、改めて、3月29日のブログで国際理解教育の観点からこの問題を取り上げたのである。保護者の方のアクセスは、これらを読まれた上でのことかと思われる。「アカデミー」については一般に誤解もあるらしいので、ここでアクセスの中味(ポイント)を紹介したい。(ぐんま国際アカデミー=GKA)

GKAでは、国語を日本語で教えている。子どもたちは教科書を暗記するくらいよく教わっている。漢字にも独自の漢字検定を実施して力を入れている。保護者はGKAの国語教育に満足している。担任の出身国が外国なのでスポーツの国際試合でも、子どもたちは、その国と日本の両方に関心を高め、日本の国歌や国旗に興味を深めている。娘は、先生と自然にハグする、等々」学園の雰囲気がある程度伝わってくる。

 英語特区という特別の環境だから可能なことも多くあるだろう。だから、GKAのような学校があってもよい。しかし、ここで見られることが一般の小学校でも可能とは直ちにいえないと思う。中教審の提言が英語の必修化を小学校5年生からとしていることには意味がある。いろいろな能力と個性を持つ子が集まる一般の小学校における低学年では、白紙のような心に、先ず、日本のことを、そして、それを国語重視によって、植えつけるべきである。日本人の個性が希薄になり日本人の心が漂流していく恐れを感じる今日なので、国際化だけに目を奪われてはならない。

「芳賀地区老人会総会に出る」

 年間の様々な社会参加のスケジュールが議題になっていた。高齢者の集まりや活動は日頃見慣れている。しかし、今日の若者たちの姿と比較してみると、著しい違いを感じるのだ。それは、若さと高齢の差だけではない。高齢者の姿からは時代の波をくぐり風雪に耐えて生きてきたしたたかさを感じる。今の若者が齢を重ねたときの姿は、目の前の高齢者とは全然違うのではなかろうか。このようなことをイメージしながら、私は挨拶した。

「今日の社会の大きな特色は、高齢化と少子化です。そして、この社会を支える大きな柱は高齢者のパワーです。皆さんの社会参加、社会貢献は皆さんの心と身体のためであると共に、若い人たちへの大きな刺激となります。世界一の長寿国となりましたが、本当の長寿とは健康長寿です。皆さんの健康長寿をお祈りします」

(高齢者と若者が手をつなぐ社会の実現を願って。読者に感謝)

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2006年4月13日 (木)

駐禁、ガイドライン公表は27日10時

6月から駐車違反の取締りが一変する。まず、取り締まり業務が民間に委託されるのだ。受託業者は入札によって既に決まった。前橋は、東朋産業(株)の4人があたる。駐車監視員は、公務員とみなされるから、妨害すれば公務執行妨害罪、物を贈って逃れようとすれば収賄罪ということにもなる。

 監視員は違法車をデジカメで撮影し端末機で警察に送り車にステッカーを貼る。反則金を払わないと車検を受けることが出来ないとか、常習の違反者には車両使用制限命令が出されるとか、違反金の納付がない場合には財産の差し押さえもなされるなど非常に厳しくなる。

 これらの取締りが行なわれる道路と区間は、「活動ガイドライン」として、4月27日午前10時に公表される。駐車違反が多い道路区間がガイドラインの中で定められることになろう。民間監視員の制服、制帽、腕章もデザインされ、用意された。

今回の駐車対策の背景と目的。

 現状は、大量の違反で、あふれる違法駐車である。そして違反者の特定が困難、呼び出しや検挙に時間労力等多大なコストがかかるといったことが問題なっていた。このような状況を乗り越えて良好な駐車秩序を確立することが第一の目的である。また、現在の深刻な犯罪状況に対する警察官不足への対応という目的もある。民間委託でカバーする分を犯罪の捜査に当てるのである。

 反則金の流れに注目すべき変化。

 運転者が出頭して納付に至った場合は従来通り国庫に入る。ところが運転者が出頭しないために責任を追求され納付命令が出されて納付された反則金は県の財源となる。これは、三位一体改革の中での国から県への財源移譲の一環である。

「救急車急増、タクシー替りも、本県の対応は」

 総務省消防庁は、「患者の選別」(トリアージ)導入の検討を始めた。毎年出動件数が急増し通報の順に応じたのでは肝心の「重度の患者」に対応できない恐れがあるからだ。通報者の中には、軽いケガやタクシーで対応出来る例、しかも常習的な利用者もいるという。

 消防庁の資料によれば、搬送した患者のうち、65歳以上が急増している。高齢化の進行でこの傾向は更に進むだろう。しかし、各自治体は財政難から救急車や隊員を増やせない。そこで緊急度を判定して優先順位をつけようというもの。

 本県では、救急自動車は106台、隊員は965人、平成17年の出動数は74939件で、前年比5.6%の増加。平成16年では、入院加療を必要としない軽症者が46.6%あった。群馬県は当面、トリアージ(選別)は採用しない。医師でない者が緊急度を判断することは難しいからだ。緊急を要しない場合は利用を控えるよう啓発を進める方針だ。

(秩序が守られる公正な社会を願って。読者に感謝)

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2006年4月12日 (水)

高齢少子化で元気のない社会になるのか

今年は年初以来いろいろな会合で次のような表現を使った。「日本の歴史上初めて人口が上昇から減少に転じました。さらに少子化が進んでいます。元気のない社会に沈んでいくのを何としてもくい止めなければなりません。そのためには、地域社会が力を合わせることが何よりも大切です」

 先日も、ある老人会の総会で、このことに触れ、活力ある社会をつくるには老人パワーを生かすことが重要だといったら、そこにいた一人の高齢者が、「若者が夢を持てない社会に問題があります。孫はパートで働いていますが、パートでは嫁さんももらえません」と言った。

 この発言は、今日の社会の深刻な事実を指摘している。企業は正社員を少なくして、パートや派遣社員を多く使うから、正社員になれない若者が巷にあふれていると言っても過言ではない状態である。正社員とパートでは労働条件に大きな差がある。パートでは十分な社会保障も受けられない。従って「パートでは結婚も出来ない」というのは事実であろうし、若者の前に立ちはだかる冷たく高い壁に違いない。

 このことは、少子化を更に進める要因になる。また、小、中、高で学ぶ少年たちにすれば、自分たちの前途にこのような社会が待ち受けていると思えば、学ぶ意欲が湧かないことになる。パート社会は、このままでは、今日の社会の活力の芽をつむ重大な弊害となる。最近の格差社会の波が事態を一層深刻にしている。

 国も、自治体も、パートの問題が「少子化」と「教育」に深く関わることを重く受け止めて対策を立てなければならない。また、企業は、目先の効率と利益ばかり追うのではなく、企業の社会的責任を自覚すべきである。そして、長いスタンスで見るなら若者が夢をもてない社会は、結局、企業が存続できない社会であることを悟らねばならない。

「専門学校の入学式に出る」(11日)

 県民会館大ホールで行なわれた。1つの学園に調理師、栄養士、コンピューターなどに関する7つの専門学校が属する。「ニート」とか「パート」とかで悩む若者の姿を思い浮かべながら、私は壇上から挨拶した。

「今日の社会は、大きく開かれた社会で可能性に満ちていますが、なかなか生きるのが難しい社会でもあります。企業は実力のある若者を求めています。ここで学ぶことは、皆さんが自分の人生を開拓するための手段であり、生きる力です。この学園で何を学びどのような力をつけるかが皆さんにとって決定的に重要だと思います」

(逞しい若者たちが育つ社会を願って。読者に感謝)

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2006年4月11日 (火)

内視鏡、花見、総会、陣中見舞い(8,9日)

 大腸の内視鏡検査を受けた。毎年一回やっている。2ℓの下剤を飲むのが苦痛である。挿入はさして痛くない。腸が元気だからと医師は言う。癌はなかった。忙しさの中で、健康診断をつい忘れる。大切な命が小さな注意にかかっていることを思う。胃カメラも予約した。

 土日は、いくつかの花見や各種総会に顔を出した。ある花見会は古墳の南側がいつもの定位置である。冷たい北風も届かない。バーベキューとビールで賑っていた。花見は古来の習慣だが、心の交流には欠かせない。ギスギスした今日の社会で、地域の和が重視される。花見会は地域の和をつくる場だ。県政のことも質問される。県政に関する短い一言が、こういう所では聞く人の胸に届くようだ。

「柔道連盟前橋支部の総会」

合併の影響がここにも。既に、宮城、大胡、粕川の支部が前橋に合流していたが、今度、富士見も加わって大きな世帯になった。柔道の人たちは、どこか侍の雰囲気を持つ。日本の柔道は世界の柔道となったが、柔道の心まではなかなか世界に広がらないようだ。日本の社会でも武道の心は失われつつある。どこかの会場で「武士道」の復活を話したことが思い出された。柔道連盟は社会を支える重要な柱の一つである。

 帰途、私と同じく顧問をしている元県議の菅野さんが、私が運転する車の助手席に座った。かつては、選挙の地盤が共通であることもあって熾烈な対抗関係にあり、選挙事務所を接して作って戦ったこともあった。時の流れの中で理解し合うようになっていたが、車に乗せたのは初めて。妻に話したら、瞳を輝かせて笑顔を作った。

「市長選の陣中見舞いに行く」(9日)

安中市と富岡市でいよいよ始まる。選挙には、その陣営の特色が現われる。合併後の選挙戦。民意をどのように集めるか。戦略の行方を見守りたい。

「また、全員協議会が開かれた。激しい質問が」(10日)

戦後3回しか開かれなかった全員協議会が、私の下で、今年になって2回開かれたのだ。今年の1回目は、3月14日のぐんま国際アカデミー等に関して開かれた。今回は、観光局の設置や知事室長のポストが設けられたことにつき、当局の説明を求めるために開かれた。観光局が設けられるにつき議会に説明がなかったこと、後藤氏の知事室長就任は、副知事や理事のポストとどのように整合するのか、等、厳しい質問があった。

知事が後藤氏にこだわることが庁内職員の志気を失わせているとの指摘が寄せられていたが、全員協議会のあと、同様な声がいくつか届いた。

「山本一太氏を来年の参院選候補として公認」(10日)

先ず、自民党総務会で公認が決まり、それを踏まえた党選対会議で全会一致で決まった。この結果を党本部へ上げ、そこで正式決定される。

(健全な地域社会の実現を願って。読者に感謝)

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2006年4月10日 (月)

野放し、自転車の交通違反。規制強化へ

先日、私の車の前に、少年の自転車が飛び出して横切った。ヒヤッとして一瞬ぶつかったかと思った。また、車の接近を全く意に介さず道の中央に自転車を乗り出してくる高齢者をよく見かける。

 自転車は、余りに手軽な交通手段であるためか、交通規則を守らない利用者が非常に多い。自転車には道交法が適用にならないと考えている人もいるようだ。自転車は、道交法の車両(軽車両)なのである。

 県警が昨年一年間に違反者に出した警告は11万件を超え、そのうち半数以上が高校生だった。

 警察庁は、全国に通達を出して自転車の交通違反取締りを強化する。酒酔い運転、信号無視、一時不停止、無灯火等の悪質・危険な違反者は積極的に検挙する方針である。群馬県では、警告に従わなかった二人乗りの高校生が赤切符を切られた例がある(平成14年)。

 自転車盗(窃盗罪)が非常に多いことと、自転車の交通違反が多いことには、関連があるような気がする。それは両者とも、微罪だから大したことはないという意識の下で行なわれると思われる点である。しかし、この「微罪意識」が人々の規範意識一般を麻痺させることとなり犯罪増加につながっているのではないか。

今日の社会が道徳的にも乱れ、金銭万能となり欺し合いのような状態にあることの一因は、社会規範を守るという意識(規範意識)が一般に薄くなっていることにあると思う。それは微罪だから許されるという「甘え」と「黙認」が土壌になっていると思われる。自転車の交通違反を厳しく取り締まることには、このような悪しき土壌を突き崩す意味がある。

「群馬県保健文化賞表彰式」(7日)

 37回表彰式は県庁正庁の間で行なわれた。この賞は、健康福祉、社会福祉、環境衛生の向上発展に尽くした個人又は団体に与えられる。今回は、団体としては財団法人日本ダウン症協会群馬支部が、そして、二名の個人が受賞した。

「真に豊かな社会とは、ハンディのある人々など社会的弱者に光を当てて支えられる社会、そして健全な環境が守られる社会です。そのために行政の責任は大きい訳ですが、行政だけで実現することは不可能です。民間の温かい心と行動が不可欠です。皆様の日頃の御活躍はその意味で誠に大きな意義があります。そして皆様の受賞は、このような社会貢献の活動に参加する多くの人に大きな勇気を与えるに違いありません」私は、県議会を代表してこのように挨拶した。この会の会長は、県医師会名誉会長の家崎智氏。もう一人の来賓は、知事代理の福島金夫理事であった。

(規範が守られる健全な社会を願って。読者に感謝)

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2006年4月 9日 (日)

将来の不安に備え、成年後見人制度を知ろう

高齢者を狙う悪質商法の被害は増える。認知症高齢者は推計170万人と言われる。これらの人や知的障害者は、財産の管理や社会生活上の契約などどうやったらよいのか。平成12年スタートの成年後見人制度は不可欠な制度だ。本県も対応に新しく予算をつけた。

 成年後見人は、認知症の人など判断能力が不十分な人の財産管理や身上監護等を本人にかわって行なう者で、家庭裁判所が選任する。

 一つの例をあげる。「母と暮していたある精神障害者は、母が亡くなって自宅やアパートなどを相続した。遠方にいる親族が後見の申し立てをした。家裁は親族は遠くに住んでいること、主な、事務は不動産の登記手続きと管理であることから司法書士を成年後見人に選任し、併せて、成年後見権監督人も選任した」

 今日の社会は難しい社会である。法律の知識が乏しかったり、少し油断すると正常人でも罠にはまる。県消費生活センターに寄せられる高齢者の相談件数は年々急増している。

 これからの社会では、成年後見制度を利用する人は確実に増えると予想されるが、そのような状況になった時、誰に頼んだらよいか戸惑うことが多いであろう。そこで、県社会福祉協議会は、成年後見人を紹介する「福祉後見センター」をつくることにした。県は補助金500万円を計上した。

 ここは、成年後見人を求める高齢者や障害者がいる場合、センターが仲介役をして、弁護士会、司法書士会、社会福祉士会などに問い合わせて適任者を紹介する。そして、本人や親族などの申し立てに基づいて、家庭裁判所は調査し一定の手続きを経て審判により選任することになる。成年後見人は、その事務について家裁に報告するなどしてその監督を受けることになる。

「成年後見人制度には、実は二種類ある。任意後見制度」

 以上の説明は、「法定後見制度」であるが、もう一つは、「任意後見制度」である。

 任意後見制度は、本人が十分な判断能力があるうちに、将来のことを考えて、あらかじめ人(任意後見人)を選び、契約を結び、それを公正証書にしておくのである。将来本人の判断能力が低下した後で、家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」の監督のもとで、任意後見人は、契約にもとづいた事務を行なうのである。

 私の知人には不動産や預金を持つ老人がいて恨みを抱く近親の者に財産を渡したくないと悩んでいたが、その後、認知症になり判断できなくなってしまった。また、爪に火をともすようにして多額の貯金をした身寄りのない老婦人がその金の使途も定めず死んでいった例もある。

 成年後見制度は、人間の意志を尊重するための成熟社会のルールである。

(成年後見制度が周知され生かされることを願って。読者に感謝)

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2006年4月 8日 (土)

県立女子大の入学式、難関を通って(6日)

 先日は卒業式に出たが入学式は違った雰囲気である。全国から優秀な学生が集まるようになって入試も難しくなったという。県立女子大には、外国語教育研究所が設けられその所長には、元国連事務次長の明石康氏が就いておられる。富岡学長は、大学の特色を語っていたが、その一つに公開授業のことがあった。「国際理解と平和」と題する一連の公開授業では、モンゴル、ボスニアヘルツェゴビナ、パキスタン、アフガニスタン、ガーナ、フィジーなどの10カ国ほどの駐日大使が講義したという。地域に開かれた大学という点でも注目される。

 今日、大学の社会貢献という点で、企業との連携が強調されるが、実利と直結することだけが社会貢献ではない。大学の本質はもっと他にあるべきである。その点、文学や地域の文化に力を入れるこの女子大学の存在意義が注目される。

「青春とは、勇気を持って理想に向かってチャレンジする時です。今までの学校生活では、学問の目的がはっきりつかめなかったかもしれませんが、大学は本物の学問をするところです。それが皆さんの生きる力となります。前途にはダイナミックな社会が広がっています。それは、人類史上かつてない女性の可能性をはらんだ社会です。その海を自由に泳ぐ力をこの学園で得られることを願います」私の挨拶の骨子である。

「少子化対策。母子手帳から親子手帳へ」

 先日の「日記」(4月1日)で、少子化対策のカギは、「男の育児休業」だと書いた。子育てに夫が協力することの意義は大きい。日本の社会には、「男が育児なんて」という風潮が、まだ強い。しかし、時代の歯車は、わずかではあるが確実に回っているようだ。少子化の時代、子どもは宝である。そして、出産と育児が難しい社会状況で、日本男子が育児に力を入れることは、自分のDNAを残すための立派な社会的責務なのだと思う。

 最近伝えられる国会の動きは、このような時代背景の中で理解できる。自民党の勉強会は、「母子健康手帳」の名称を「親子健康手帳」に変えることを盛り込んだ母子保健法の改正案を議員立法で今国会に提出するという。父親の育児参加意識を高めるのが狙いらしい。改正案は、手帳を交付する対象も、現行法の「妊娠した者」から「子どもの両親となる人」に改める考えという。父親が積極的に育児に参加するために育児休業を取りやすい社会環境をつくるべきである。これまでの、行政の少子化対策は、皆成功していないのだから思い切った発想の転換がはかられるべきである。

(少子化対策が、男女平等社会の進展の中で進むことを願って。読者に感謝)

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2006年4月 7日 (金)

健康科学大学の入学式に出る(5日)

県立医療短大(3年制)が4年制となり、名称も群馬県立県民健康科学大学となった。医学の進歩と医療技術の進歩に対応できる人材を育てるためには4年制にする必要があるということで、関係者が苦労して実現した。2回目の入学式である。看護学科と放射線学科、合わせて119名、うち男子は35名の入学であった。短大の方は、最後の1学年が残っている。現在、校門には、4年生と短大の二つの看板が出ている。

「人生の幸せをつくる重要な要因は社会に貢献出来る立派な職業に就くことです。皆さんが将来たずさわる医療の仕事は、人の生命や健康を支える極めて大切な職業です。医は仁といいます。皆さんには、この学園で医療の技術だけでなく、医療にたずさわる人間としての心、人格、使命感を養ってほしいと思います」

 私は、群馬会館ホールの壇上でこのような挨拶をした。

「地域の老人会総会に出る」(5日)

 3列のテーブルのそれぞれの列に高齢者が向き合って座っている。女性と男性は別の列に座っている。2つの列が女性である。女性の平均寿命が世界一といわれる日本の高齢社会の縮図か。私は、来賓席の前に視線を移し驚いていった。

「ずい分若い老人会員さんですね」

「は、は、は、孫です。一緒に行くっていうので」

おばあさんは小さな女の子の頭をなでて言った。女の子は照れたように私を見上げて笑っている。ほほえましい光景だった。

 子どもの教育を考えるとき、常に話題になることは、家庭の役割、地域社会の教育力である。子どものしつけにおじいちゃんおばあちゃんに口を出させない風潮がある。豊かな人生経験、人の情、高齢者が持つこのような貴重な財産を利用しないことの愚かさに世の親は、気付かなければならない。孫との接触は高齢者にとっても活性化の妙薬である。子どもの教育が抱える深刻な状況と高齢者が抱える諸問題、これらの解決のカギは、子どもたちと高齢者を接触させることだと思う。

 4月3日の「日記」で、「借金地獄」について書いた。そこで、出資法の29.2%と利息制限法の20%の間の「グレーゾーン」の利息は「任意」に払えば有効とみなされること、業者はこのことを利用して商売していると説明した。NHKのニュース(5日)は、調査した債務者の90%がグレーゾーンのことを知らないと報じた。「任意」に払うとは、利息制限法に違反していることを承知したうえで払うことである。知らないで払えば返済は無効だからその分を返還請求できる理屈である。最高裁の判例もある。

(高齢者が活躍出来る健全な地域社会を願って。読者に感謝)

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2006年4月 6日 (木)

入れ墨彫り師の女児虐待死事件の意味

自分の子を冷蔵庫に投げつけるなどして死に至らせた渋川市在住の男に前橋地裁は先月30日懲役10年を言い渡した。この事件は実子に虐待を加えた残虐性が注目されたが、実は、別に、裁判の進め方に関する重要な問題点が結びついていた。それを知ることは、私たちにとって重要なことなので、「日記」で取り上げることにした。

 重要な点とは、この訴訟の手続きに関し、県内で最初に「公判前整理手続き」が実施されたことである。そして、この手続きは、間もなく始まる裁判員制度とも密接に関連している。

「公判前整理手続き」の狙いは裁判の迅速化である。裁判は長くかかるというのが常識となっている。しかし、訴訟の長期化は裁判所の門を閉じるに等しいと言われてきた。国民の権利利益を的確に守るためには適切で迅速な裁判が求められるのである。

 そこで、裁判員制度導入に備える意味もあって平成16年、この手続きが定められた。それは、裁判官が必要と認めるときに、第一回公判期日前に行なわれる、事件の争点と証拠を整理するための手続きである。これによって、公判を集中して進めることが出来る。

 入れ墨彫り師の事件では、襟をつかんで振り回した、冷蔵庫に投げつけたの2点につき、この手続きによる公判準備が行なわれ、手続き開始から約40日間で判決が下された。

「裁判員制度との関連とは」

 裁判員制度とは、くじで選ばれた一般の市民が裁判官と共に重要な刑事裁判に参加する制度である。裁判に国民の健全な社会常識を反映させることが目的である。最近、前橋地裁の垣根に「裁判員制度」と書かれた旗がひたと風に揺れているのか目に付く。制度の実施は近いのである。平成21年5月までの間に施行される。

 裁判員は民間人であり、通常、職業をもっており、忙しい人々であるから、だらだらと長い裁判に参加することは出来ない。だから、裁判員が参加する事件については、「公判前整理手続き」によって争点と証拠を整理して集中的に後半を進める必要がある。この手続きが平成16年に定められた背景には、前記のように、裁判員制度の導入に備えるという事情があった。

 私たちが、ある日突然、裁判員に選ばれる可能性がある。従って、この制度のことは、今から知識をたくわえ関心を高めておく必要がある。また、私たちは、いつ事件に巻き込まれるか分からないことを考えると「裁判の迅速化」は、決して他人事ではない。入れ墨彫り師事件を、これらを考える教材としたいと考えて取り上げた。

(社会の一員として裁判への理解を深めることを願って。読者に感謝)

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2006年4月 5日 (水)

議会事務局の歓送迎会(3日)

 事務局の人々は「百日会」という親睦の会をつくっている。名の由来を私は知らない。歓送迎会は、この会にとって一番大切な集まりであろう。退職する人、知事部局から議会事務局に転入する人、逆にそちらへ転出する人、議会事務局内部でポストが変わる人、など様々な動きが紹介された。私もビールや焼酎をやりながら親しく語らい楽しい一時を過ごした。普段堅い会話しか交わさない人もこのような場では心を開くので新たな出会いが実現する。良い人材が揃っていると感じた。

 議会が新たな役割を担うべきとき、それを支える事務局職員の意識は極めて重要である。県庁内での通常の人事異動と受け止めていては役目を果たすことは出来ない。時には知事と対決し、また、常に、知事部局の政策をチェックする議会の輪の中に入ったのだ。その自覚をきちんと持ったとき、今までの行政の経験を議会のために役立てることが出来る。議会事務局は、今、新しい一歩を築く時が来た。良い伝統を作るための一歩にしたい。

「公益通報者保護法、県の運営要綱」

最近、企業や官庁の不祥事が次々に明らかになる。多くは内部告発によるもの。この告発者を保護する法律が今月1日から施行されるのだ。かつては、裏切り者と見られ解雇されたり不利な扱いを受けた。時代が大きく変わったのだ。民度の高い成熟社会にして初めて実現出来ることだ。表現の自由などの人権が十分に認められない中国などでは思いもよらぬことだろう。この法律の存在により、法令の遵守が行なわれ、国民の生活の安定と社会経済の健全な発展が期待されるのだ。

 内部告発を何でも保護するのではない。個人の生命身体の保護、消費者の利益擁護などに関する事実として、通報対象事実を法で定めている。

本県は、この法律の施行に伴なって公益通報を適切に処理するため運営要綱をつくった。公益通報の受付及び相談の窓口は、主に、県庁内の県民センターである。現在(4月4日)まだ相談等は一件もない。

 この法律は、健全な社会を築くために、また、私たちの生命や財産等を守るためにも重要なものであるから関心を深めて頂きたい。

 この法律が出来る前の事件として、食品の虚偽表示や自動車のリコール隠しなどがあり内部からの通報で明らかにされ解決に向かった例がある。この法律の施行を契機として、「通報」は増えることだろう。

(健全な情報が健全な社会を実現することを願って。読者に感謝)

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2006年4月 4日 (火)

辞令交付式、新たな立場と役割を担って

入向者、局内異動者に議長から辞令を交付した。入向者とは知事部局から議会事務局に移ってイきた人である。私は、辞令を渡し終えて次のような挨拶をした。

「現在、議会の役割が格段に大きくなってきました。主な役割として、執行部に対するチェック機能があります。ですから緊張関係もあります。議員のこの役割を支えるのが皆さんです。今までとは異なるスタンスを自覚して頑張って下さい」(なお、「異動」は誤字ではない)

「経済の格差は若者の夢を奪う」

 株価が大きく上がり、景気が良くなってきたといわれる中で、景気の波に乗り遅れた中小企業や経済的に困窮する人たちが増加している。

 富める者と貧しい者の格差が広がりつつある。その中でも、若者の世界の格差は、社会に深刻な陰をおとしていると感じられる。

 正社員にはなれず、パートや派遣などの非正規社員として働く若者が非常に多いといわれる。正社員と比べ収入その他の条件に格段の差があるから、これらの若者は将来への夢を持てないに違いない。このような不平等な社会が前途に待ち受けていると思えば、子どもたちは学ぶ意欲、逞しく生きる意欲をもつことが出来ないだろう。

 最近の調査によれば、日本の高校生は、アメリカ、中国、韓国の高校生と比べ、享楽的で意欲がないといわれる。その原因の一つは、パートや派遣社員にしかなれないという、将来に対する失望ではなかろうか。教育改革は、子どもたちに学ぶ意欲を身につけさせようとしているが、このような深刻な社会の状況を踏まえて対策を考えなければならない。

「家庭の経済格差が学力の差を生んでいる」

 友人の元校長が、親の経済力が子どもの成績に影響していると語った。全国の小中学校教員を対象に実施した調査の結果は、この友人の話と一致している。

 学校では、平均程度の学力の子が減って、成績下位層が増え、上位層と二極化が進んでいるといわれるが、この調査によれば、多くの教員が、その原因として家庭の経済力の差をあげている。また、塾へ通わせることが出来るか否かが成績を左右するといわれることも同様の理由であろう。

 このような教育環境は異状である。教育改革を前進させるためには、足もとの現実をしっかり見詰めなければならない。その上で、地方の創意工夫が求められる。教育における地方分権をいかに生かすかが今問われている。

(若者が夢を持てる社会の実現を願って。読者に感謝)

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2006年4月 3日 (月)

借金地獄を身近に見る。県議会の意見書

3月18日の日記で、数千万円の借金を抱えた友人のことを書いた。これほど高額の借金は珍しいのだろうが、私の近くには、高利の借金に手を出し酷い取立てに怯え、気付いたら多重債務者になっていたという人や借金することをなんとも思っていないかのような人がいる。また、同情して金を貸したが返してもらえないと怒っている人がいる。これらは、金銭万能の社会の底辺であえぐ人々の姿である。金銭万能社会は、人々の道徳心を金の魔力で麻痺させ、人の心を卑しくさせる。金のために手段を選ばぬ風潮が世にみちている。

 現在、返済できない多重債務者は、150万人ともいわれ、自殺に追い込まれる人もいるし、人を殺すなど犯罪に走る人もいる。その大きな原因の一つは、高すぎる利息である。

 今年の2月議会は、「高金利引き下げに関する意見書」を、議長名で、政府に提出した。この意見書は、利息制限法の金利の引き下げ、及び出資法の上限金利を利息制限法の金利まで引き下げること等を早急に実施するよう国に強く要望した。

 私の周辺で借金地獄に苦しむ人たちの姿からは無知と軽率がうかがえる。この人たちは、利息制限法や出資法の規定を恐らく読んだこともないのではないか。

①「利息制限法」は、貸付額によって年15%から20%を超える利息を無効と定める。(例えば元金10万円未満の場合年2割を超える時はその超過部分を無効とする)

②「出資法」では、年29.2%を超える利息を契約した業者に5年以下の懲役又は1千万円以下の罰金を定める。

 もう一つの重大な規定がある。それは、「貸金業規正法」で、利息制限法超過の利息も任意に支払った場合は有効な弁済とみなすとしている。

 どういうことかといえば、①と②の間は、刑罰はなく任意に払えば有効になるのだ。この灰色の部分(グレーゾーン)を利用して、消費者金融や商工ローンの多くが商売をしている。

 県議会の意見書が、出資法(②)の上限金利を利息制限法(①)の金利まで引き下げることを主張するのは、このグレーゾーンをなくすことを求めているのである。このような要請は、全国から寄せられ、一つの世論になっていると思われる。

 金融庁は、このグレーゾーンを撤廃する方針を定めた。また、多重債務者が増える要因として過剰融資、つまり、融資残高を減らしたくない業者が完済を拒むことが指摘されている。金融庁は、この点も、完済拒否を禁止する方針を固めた。

 金銭万能の欲望の社会には底知れぬ罠がある。消費者は賢くならなければならないが、その基礎を教育の場で、社会の現実を教材として教えるべきである。

(健全な金銭感覚の輪が広がることを願って。読者に感謝)

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2006年4月 2日 (日)

呼吸器外し ー 安楽死、尊厳死、殺人罪

7人が呼吸器を外されて亡くなった出来事は他人事ではない。事例の重さは比較にならないが私の母が89歳で亡くなったときも延命治療を続けるかをめぐり医師、家族の間で問題になった。

「死期が迫り回復の見込みはない、苦しんでいる」このような状況でも生きている人間だから故意に死期を早めれば殺人である。しかし、耐えられない苦痛から逃れたい本人、そこから抜け出させたい家族、そして、法律と人情の間に立って苦しむ医師。極限の状況に立たされた人々は、あまりに重い課題をつきつけられて戸惑うばかりだ。 

 厚生労働省の終末期医療に関する調査では、延命治療をやめた方がよいと答えた人は、一般で74%、医師では82%である。しかし、司法の原則論は、本人の承諾がなければ殺人罪、本人の承諾があれば承諾殺人罪、本人の要請に基づいた場合は嘱託殺人罪である。

 外国では、安楽死と認めて解決する制度を設けているところもある。日本では、法律がない。法律がないところを人情、道義、人間の尊厳などに迫られて決断を下さねばならぬところに問題がある。 

 刑法の殺人罪の定めを抜きに考えることは出来ない。人の命は限りなく重いもの。それを奪えば殺人罪の責任を負うという定めは国の秩序の一番の基本である。射水市民病院の医師は、名医といわれ信頼も厚く、今回の件で家族から非難の声が聞かれないというが、この医師に手続き上欠けるところが無かったかが問われることになる。 

 裁判所が例外的に安楽死として治療中止を認める条件とは、①末期で死が避けられない、②激しい肉体的苦痛、③方法を尽くし他に手段がない、④患者本人が安楽死を望む意思がある。この4つである。問題は④である。厳密に考えれば、この条件をみたすことは極めて難しい。家族の同意で決めることは、人の命は家族といえど左右できないことを考えれば、やはり適当でない。事前に本人の同意を得ておくことも、医師の行為(殺人罪)を判断する上で意味がない。医師の「行為」の時の患者の意思が問題になるのだから。

 尊厳死という考えがある。人間の尊厳を尊重する立場から、人は人間に値する死を選ぶ権利がある、医師はそれを尊重し、妨げてはならない。この考えでは、本人の意思が尊重されるが、それをどのように判断するのか難しい。 

 問題の医師は、過去にも7人の呼吸器を外したというが、このような重大な問題意識があったのであろうか。

 誰もが避けることが出来ない死。従って、誰の前途にも立ちはだかる恐れがある問題である。事件の行方を注目すべきである。 

(全ての高齢者が生を全うできることを願って。読者に感謝) 

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2006年4月 1日 (土)

少子化対策と企業の社会的責任

私の友人が憤慨して語るところによれば、ある企業の人が、「うちは正社員は一部だけでよい、あとは派遣とパートでよい」と話したという。彼は、「昔の企業は、幹部も従業員も、家族的な一体感があったが、今の企業は目先の利益だけを追うようになった。このことが世の中を悪くしている」と語気を強めて言った。

 私は、友人の話を聞きながら、このような企業の動きが「少子化」と深く関わっていると思った。

 新聞の投書欄に30歳の女性の意見が載った。この女性は、「派遣社員は産休も育休もないので妊娠して会社を辞めざるを得なかった、日本の社会が少子化に陥った大きな原因は多くの若い女性が企業に正社員として雇用されていないことだ」と訴えていた。

 実は、正社員も産休、育休をとらないという現実がある。ある調査機関は、このまま出産退職が続けば、特殊出生率は、2020年には1.16まで下がると推計している。(現在は1.29、群馬県では1.35である)

 少子化対策のカギの一つは「男の育児休業」だという。子育てに夫が協力することが妻の出産と育児を大きく励ますからだろう。男の育休取得は、ごく少数ではあるが広がる傾向にあるらしい。かつては考えられなかった世の中の新しい変化だ。

 正社員の男女に育休、産休が認められる企業でも、これを利用しずらい雰囲気があるという。まして男性には「男が育児なんて」という考えが根強い。また育休がとりにくい理由としては、産休中の代替要員がないことも上げられる。しかし、これらは、企業が育児支援の対策を工夫し、職場全体が育休に対して理解と協力を示せばかなり解決出来ることではないかと思う。

 国は、大企業に、育児の支援対策を盛り込んだ「行動計画」を義務づけた。そして、300人以下の企業には、この「行動計画」をつくるよう努力すべしとしている。従業員300人以下の中小企業は全国に約150万社ある。だから少子化対策にとっては中小企業における育休の広がりがカギである。

 国は06年度から従業員100人以下の企業で6ヶ月以上の育休取得者が初めて出た場合事業主に100万円、2人目なら60万円助成する。このことは、派遣やパートから見れば羨ましい存在の正社員も、ほとんど育休をとっていないことを物語る。このような状況を打ち破らなければ、更に出生率は低下し続けるだろう。長い目で見れば少子化対策は企業が生きのびる道でもある。

(少子化に歯止めがかかることを願って。読者に感謝)

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