« 今月ふるさと塾はスエズ運河(25日) | トップページ | 小学生に英語必修の問題点 »

2006年3月28日 (火)

人間の可能性、その神秘な存在

シベリア抑留の経験者で、一昨年、私とシベリアを訪ねたSさんの奥様が倒れて数ヶ月以上になる。植物人間の状態で話しかけても反応がないいう状態が続いていた。市内の病院から近くの病院に移り、Sさんは毎日出かけて語りかけていた。 この奥様に、突然、変化が生じた。先日、ふるさと塾に来てSさんは、頬をやや紅潮させ瞳を輝かせて言った。「かあちゃんがいくらか分かるようになった」私は思わずSさんの手を握った。

 後で主治医に電話したら「イエス、ノー位は分かるようになった」とのこと。私は、Sさんの熱い心に打たれ、人間の限りない可能性に心中で快哉を叫んだ。Sさんは、シベリアで極限の生(せい)を生き、多くの死を見た。生き抜いたSさんの胸には、人間の命のはかなさと同時に、人間の生命のしぶとさへのある種の確信があったに違いない。Sさんの愛情は遂に数億の脳細胞の一部を揺り動かし目覚めさせたのだ。

「継続は力、継続は本物、それを信じて」 

私のホームページへのアクセス数が1日に500を超えるようになった。謙虚に受け止めている。私は、議長として非力なることを恥じながらも、地方分権の時代における県民の行政への参加の重要性を考え、そのために情報と私のメッセージを伝えることが少しでも役に立てばと考えている。これからも本物を目指して続けたい。

「国道122号昭和橋の開通式」(25日) 

群馬埼玉の両県を結ぶ橋である。交通渋滞と新時代対応のためのかけかえである。群馬側は邑楽郡明和町、埼玉側は羽生市である。両県の知事と県会議長が挨拶。国会議員は谷津さんが出席した。同僚の県議も多数出席。 この道路(国道122号線)は昔から江戸と日光を結ぶ重要なラインで、江戸時代には、埼玉側に関所が設けられ、「出女(でおんな)に入(い)り鉄砲」を厳しく取り締まったという。昭和橋が昭和4年に造られるまでは、「川俣の渡し」があった。「道路や橋は、体にたとえれば血管です。地方分権の時代が進む中で両県の関係がますます密になります。新しい時代の血液が新橋によってスムーズに流れることにより両県がますます発展することを祈ります」私の挨拶の要点である。陽春の霞に包まれた橋を杖をついた老婆を先頭に歩いた。

「群馬カラオケ連盟のカラオケ大会で挨拶」(26日)

前橋市市民文化会館で。私は名誉顧問である。「ギスギスした社会です。カラオケを歌い、カラオケに現われる人の情をかみしめながら人の交流を広げることは人生を豊かにします」私は、このような挨拶をした。カラオケは市民の大切な文化である。戦乱の地ではカラオケどころでないことを考えると、カラオケの隆盛は平和の象徴でもある。

(Sさんの奥さんが奇跡の回復を遂げることも願って。読者に感謝)

|

« 今月ふるさと塾はスエズ運河(25日) | トップページ | 小学生に英語必修の問題点 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人間の可能性、その神秘な存在:

« 今月ふるさと塾はスエズ運河(25日) | トップページ | 小学生に英語必修の問題点 »