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2006年3月31日 (金)

認知症の恐怖、友人の訴え

「人間の尊厳」は、人間にとって最も基本的な価値である。そして、人間を人間たらしめるものは脳の働きである。この脳に障害が生じ、進行すると何も分からなくなるということは、人間にとってはこの上ない悲劇である。認知症がじわじわと身近に迫ってきた。

 高齢社会の宿命と思っていたが「若年性認知症」も増えているという。私の友人がこの病に罹り深刻な悩みを訴えている。今や認知症は他人事ではない。

 認知症の高齢者は現在約170万人で、要介護(要支援)認知者のおよそ2人に1人は、認知症として何らかの介護・支援を要するという。そして、64歳以下のいわゆる若年性認知症は、全国で10万人位いるともいわれる。

 働き盛りの認知症は失業につながり、家族にとっては経済的な支えを失うことにもなり高齢者の認知症とは違った深刻な問題となる。

「認知症」は罹患した人にとってはもちろん、それ以外の人にとっても、更に社会全体にとっても重大な問題なので、知識を蓄え、日頃考えておくことが重要である。

 かつては「痴呆」といったが、この言葉は、偏見や誤解と結びつき易く、また、そのイメージから早期発見や早期取組みの障害になってきたので「認知症」という言葉が使われることになった。

 用語の選択は、政策やポリシーの選択でもある。「痴呆症」から「認知症」に変えたことは、人格の尊重、つまり人間の尊厳を基本に据えた認知症ケアが、国や地方の政策、及び社会全体の主流になることを意味する。

 このことは、今月25日と26日の日記で書いた「身体拘束」、「虐待防止法」と結びつく問題である。認知症の人は徘徊する、大声で暴れるなどの行為があるためベッドに縛るなどのことが行なわれてきた、また、介護に疲れた家族による虐待が行なわれがちだった。これらを社会全体が乗り越えていかなければ健全な高齢社会を築くことは出来ない。

 認知症の人は施設に入れると一層悪化するらしい。家族的環境がよいというので少人数で共同生活するグループホームが急増している。しかし、動ける認知症の人は扱いずらいということで介護事業者から敬遠されるので、認知症高齢者のおよそ半数が自宅で暮しているという。ここに家族の負担増と虐待の悲劇が生れるのである。虐待する立場も次は虐待される立場に立たされる。このような場面が待ち受けると思うと将来は暗い。社会全体でこの問題に取り組むことが必要であり、私たちは認知症にならない努力をしなければならない。

(健全な高齢社会の実現を願って。読者に感謝)

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2006年3月30日 (木)

後藤氏の知事室長に多くの関心が

「実質は副知事なのか」、「現在の副知事の陰が薄くなるのではないか」、「副知事二人制は否決されたのではないか」、「庁内に人材はいないのか」。会合やメールでこのような質問や関心が多く寄せられている。そこで、これまでの経過と事実関係を整理することで判断の材料を提供したい。

①「知事室長」に議会の同意はいらない。

この職務は、同意を要する特別職ではなく一般職だからである。副知事、出納長は、その就任に議会の同意を要する特別職なのである。(教育長、企業管理者も特別職だが議会の同意は要件ではない)

 後藤氏の特別職就任は「実質的」に三度否決された。それらは、03年(平成15年)9月議会の副知事案、昨年9月議会の副知事二人制条例案、今議会(2月議会)の出納長再任案である。実質的にというのは、は、2人のうち1人に後藤氏を当てることを予定していたからである。

②知事室長とは、何をするポストなのか。

知事の特命を受けて県政の重要課題の政策立案、あるいは対外折衝を担当する職務であるという。これは、実質的には副知事を二人置くことになるともいえる。

 ある人が言った。「否決されても、否決されても後藤さんにこだわる理由は何か」また、このように言う人もいた。「自民党だけでなく、全ての会派、ほとんど全ての議員が一貫して後藤さんを否決する理由は何か」と。後世の人たちは、一連の人事をめぐるゴタゴタをどのように見るか。時の流れは、表面の不純物を流して真実を晒すかも知れない。しかし、重要なのは、現在の県政を動かす力である。大方の納得のいく人事が真の活力を生み出す。

③再び、副知事二人制の可能性は。

行政の機能が多様化し、仕事の量も増大する中で複数の副知事を置く道府県は多い。参考までにいくつか例をあげると以下のようである。

イ)規模の大きいところは4人から3人である。東京都の4人を筆頭に、北海道、大阪府、そして埼玉、神奈川、福岡などの各県は3人。ロ)群馬県より人口が少ない県で2人の副知事を置く県は、石川、福井、滋賀、など10県がある。ハ)副知事一人の県は群馬、栃木、茨城など21県ある。

副知事を二人にするかどうかは、群馬県においても再び議論される可能性はあるだろう。その際、後藤氏と切り離した議論でなければ同じことの繰り返しだという声が聞かれる。

「前橋工業団地造成組合議会に出る」(29日)

正副議長を選出。環境産業の立地を認めることなどが議論された。

(活力のある県政の実現を願って。読者に感謝)

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2006年3月29日 (水)

小学生に英語必修の問題点

 文科省の諮問機関である中央教育審議会は、小学生に英語を必修化するとの提言をまとめた。国際化時代が加速する中で話せる英語の必要性が叫ばれている。しかし、一方で、もっと大切なことは、自分の国のことや自分の考えをしっかり話すことである、英語を覚えても話す中味が空っぽでは意味がない、という指摘がある。 

 ある体験者が語っていた。アメリカの学校にいて、英語をあやつれても、日本の文化や歴史、それらに関する自分の考え方をきちんと話すことが出来ずに恥ずかしい思いをしたというのだ。このような力は、学力の基礎であるから小学生の段階できちんと教えなければならない。

 国際理解教育において重要なことは、国語に重点を置いて日本のことをしっかり教えることと英語を教えることは両方とも必要だということである。そして両方が必要だと言うことを前提として、どちらがより重要かといえば、英語は手段であり、日本のことをしっかり教えることは本質的なことである、だから学力の基礎を心に植えつけるべき小学生の段階では英語より日本のことをしっかり教えることが重要だという意見にも一理あるのである。

 中教審の提言も英語の必修化は5年生から一週間程度としている。アジアの主な国では韓国と中国が小学生の英語必修を実施している。日本でも「総合的な学習の時間」を使って、小学生に英語を教える学校が増えているのは事実である。

「ぐんま国際アカデミー」で、小学1年生から英語を教える点が注目されている。私学助成の是非をめぐって全員協議会まで開いて激しい議論が行なわれたが、「助成」の問題と切り離して、小学低学年からの英語教育に関しては議論すべきことが多くある。

 この点に関し、先日、私の友人が、「アカデミーでは国語も英語で教えているのはよくない」と言っていた。このように考える人が少なからずいるようだが誤解である。同校に確認したら、同校は国語は日本語で教えている、そして、国語教育には、1年生から日本の古典も取り入れ、漢字教育や論理的な文章の書き方等も工夫し、特に力を入れているとのことである。

「高島照治さんの葬儀に出る」(28日)

 県議会の大先輩で、かつて中曽根派の中心人物の一人であった。知事、私、中曽根弘文氏など7人が弔辞を読んだ。群馬県畜産協会長などをつとめ、畜産界に大きな足跡を残した。気迫と闘魂で貫いた人で、これからは出ないタイプの政治家だと思う。82歳。ご冥福を祈る。

昨日は、メンテナンス中とかで、午後5時までブログに入力できなかった。度々、メンテナンスということがあるのでやり方を考えるべきだと抗議した。このブログは南米訪問中も欠かさなかったのである。

(国際理解教育の進展を願って。読者に感謝)

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2006年3月28日 (火)

人間の可能性、その神秘な存在

シベリア抑留の経験者で、一昨年、私とシベリアを訪ねたSさんの奥様が倒れて数ヶ月以上になる。植物人間の状態で話しかけても反応がないいう状態が続いていた。市内の病院から近くの病院に移り、Sさんは毎日出かけて語りかけていた。 この奥様に、突然、変化が生じた。先日、ふるさと塾に来てSさんは、頬をやや紅潮させ瞳を輝かせて言った。「かあちゃんがいくらか分かるようになった」私は思わずSさんの手を握った。

 後で主治医に電話したら「イエス、ノー位は分かるようになった」とのこと。私は、Sさんの熱い心に打たれ、人間の限りない可能性に心中で快哉を叫んだ。Sさんは、シベリアで極限の生(せい)を生き、多くの死を見た。生き抜いたSさんの胸には、人間の命のはかなさと同時に、人間の生命のしぶとさへのある種の確信があったに違いない。Sさんの愛情は遂に数億の脳細胞の一部を揺り動かし目覚めさせたのだ。

「継続は力、継続は本物、それを信じて」 

私のホームページへのアクセス数が1日に500を超えるようになった。謙虚に受け止めている。私は、議長として非力なることを恥じながらも、地方分権の時代における県民の行政への参加の重要性を考え、そのために情報と私のメッセージを伝えることが少しでも役に立てばと考えている。これからも本物を目指して続けたい。

「国道122号昭和橋の開通式」(25日) 

群馬埼玉の両県を結ぶ橋である。交通渋滞と新時代対応のためのかけかえである。群馬側は邑楽郡明和町、埼玉側は羽生市である。両県の知事と県会議長が挨拶。国会議員は谷津さんが出席した。同僚の県議も多数出席。 この道路(国道122号線)は昔から江戸と日光を結ぶ重要なラインで、江戸時代には、埼玉側に関所が設けられ、「出女(でおんな)に入(い)り鉄砲」を厳しく取り締まったという。昭和橋が昭和4年に造られるまでは、「川俣の渡し」があった。「道路や橋は、体にたとえれば血管です。地方分権の時代が進む中で両県の関係がますます密になります。新しい時代の血液が新橋によってスムーズに流れることにより両県がますます発展することを祈ります」私の挨拶の要点である。陽春の霞に包まれた橋を杖をついた老婆を先頭に歩いた。

「群馬カラオケ連盟のカラオケ大会で挨拶」(26日)

前橋市市民文化会館で。私は名誉顧問である。「ギスギスした社会です。カラオケを歌い、カラオケに現われる人の情をかみしめながら人の交流を広げることは人生を豊かにします」私は、このような挨拶をした。カラオケは市民の大切な文化である。戦乱の地ではカラオケどころでないことを考えると、カラオケの隆盛は平和の象徴でもある。

(Sさんの奥さんが奇跡の回復を遂げることも願って。読者に感謝)

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2006年3月27日 (月)

今月ふるさと塾はスエズ運河(25日)

 ナポレオンはエジプト遠征の時、多くの学術調査員をつれてゆき運河につき調査させたこと、フランス人レセップスの情熱と執念、イギリスの反対、紅海の水面が地中海の水面より少し高かったため2つの海の水が運河中央で合流した時の衝撃は大きかったこと、ナセルによる国有化、スエズ戦争、改修工事に日本の企業が大きな役割を果たしたこと等々を映像を使って話した。詳しく予習してくる塾生がいて運河の通行料は、2万2千トンの船で1,500万円だと教えてくれた。「スエズ」の後、県議会の最近の動きを話した。皆、熱心に耳を傾けていた。

「医療審議会が開かれる」(24日)

私は会長である。「公立藤岡総合病院」を地域医療支援病院とすることを審議し審議会として承認した。地域医療の充実を図る目的である。現在、前橋赤十字病院など4病院が承認を受けている。

「県立女子大の卒業式に出る」(24日)

一人一人が壇上に進み富岡学長から卒業証書を受け取った。

富岡学長は告辞の中で、皆さんが世の中の壁に突き当たったとき、人間の誠意や信義など道徳的なことがその解決のために重要な役割を果たすでしょうと話していた。心のこもった告辞だった。

 知事の祝辞が予定されていたが後藤出納長が代理で挨拶、その中で知事の短いメッセージを伝えていた。私は来賓として、「女性の役割がますます大きくなる時代、学園で学んだことを基礎にして活躍して欲しい」と挨拶した。

 英文科の学生が代表して答辞を読んだ。シェークスピアのゼミに真剣に取り組んだことを述べ、その中で、シェークスピアの作品の中の一節を英語で紹介していた。格調のある良い答辞で、この女子大のレベルの一端をうかがわせるものと思った。

 会場から出たとき、戸澤義夫教授がニコニコしながら近づいてきて、「中村さんの挨拶を初めて聞きました」と言った。この人は東北の出身で、大学の寮で同室だった。彼は、工学部進学を目指す理科一類から美学を目指すコースに移った異色の学生だった。在学中からピアノの練習に打ち込んでいたことが思い出される。どのような縁か群馬に来て再会、音楽活動などで時々かかわってきた。

 来賓の中に玉村町長の貫井さんがいた。町長になる前からの知人であり、ある会の同じメンバーでもある。誘われて、町長室へ寄りお茶をいただいた。玉村町は、子どもが増えているらしい。若い町の活気が感じられた。女子大との関係も密になっているという。「地域に開かれた大学」が時の流れである。町の文化や子どもたちの教育に女子大の動きが結びつくことが、町のためにも女子大のためにも必要なのではないかと思った。

(県立女子大の更なる発展を願って。読者に感謝)

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2006年3月26日 (日)

高齢者虐待防止法が施行される

人類の歴史において、人生の終点に近づいた高齢者の価値が低く見られる時代が長いこと続いてきた。ことに、貧しい時代、肉体的な力が重視された時代はそうであった。

 今日、時代は大きく変わった。国家の基本法である日本国憲法は、人間の尊厳(大切さ)に最大の価値を認める。人間を大切にするとは、社会的弱者に光を当てることである。従って身体が弱ってきた高齢者を大切にすることは国の最も重要な課題でなければならない。

 この理念を実現するための社会的条件も整ったといえる。その第一は経済的な豊かさである。物の豊かさだけでなく真に豊かな成熟社会は、高齢者を大切にする社会、つまり高齢者の人権を尊重する社会である。

 施設や病院で高齢者の身体を拘束することがあってはならない。その根本の理由は、この拘束が高齢者の人権を傷つけ、高齢者の心を踏みにじるからである。

 一昨年(平成16年)鬼石町の「御嶽特別養護老人ホーム」で身体拘束が日常的に行なわれていることが新聞で大きく報じられた。施設の関係者は、ことの重大性の真の意味を十分に認識していなかったと思われる。それは、高齢者の人権を侵害するが故に重大なのである。

 昨年11月、「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」が制定され、今年の4月から施行される。この法律を知ることは、高齢社会を生きる私たちにとって極めて大切である。そこで、この法律のポイントをいくつか取り出して紹介したい。

 第一条(目的)は、高齢者に対する虐待が深刻な状況にあるので、高齢者の尊厳の保持のためその虐待を防止することが極めて重要である、そこで、虐待防止のための措置等を定めて虐待防止を促進することを目的とする、と定める。(要点である)

 第二条は、高齢者虐待とは次に該当するものをいうとして、

高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じる恐れのある暴行を加えること。

高齢者を衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置

高齢者に対する著しい暴言又は、著しく拒絶的な対応その他高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行なうこと。

高齢者にわいせつな行為をすること、又は、高齢者にわいせつな行為をさせること。(以上要点)

四条は、国民は虐待防止につき理解を深め国や自治体に協力すべきことを定める。

この法律は高齢社会を支える柱の一つであると私は考える。

(高齢者が安心に暮せる社会の実現を願って。読者に感謝)

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2006年3月25日 (土)

日本世界一に久しぶりに充実感

王の真剣な鋭い視線が印象的だった。昨年日本少年野球の大会で前橋にきたとき身近に接したが、その時の優しそうな笑顔とは別人のようだ。王の姿は長い間見てきたが、長嶋と比べ地味だが誠実感があった。今回の王には古武士が真剣勝負に臨むような感があったが、若い選手たちはそれを自然に受け入れていた。老人と若者が一つになって闘う姿は、今日の日本ではより美しく見える。それを可能としたのは王の誠実さと謙虚さであろう。 

 日本人が「ニッポン、ニッポン」で湧き、日の丸が振られた。スポーツに現われる健全なナショナリズムは心地よい。愛国心を、構えて教えようとすると反発が起きる。国を愛する心は、基本的には、個人の心の問題である。韓国、アメリカなどの報道の仕方にもその国の民度の違いを反映していることがうかがえた。思い出すのは、中国におけるサッカーの試合である。その時は、仕組まれた偏狭なナショナリズムを感じた。今回の「野球世界一」は、日本も捨てたものではないという勇気と希望を多くの人たちに与えたと思う。

「高齢者の身体拘束の意味。虐待防止法の成立」

 今月18日、県介護保険室が主催で、「身体拘束廃止に関するシンポジウム」が開かれた。ここで、県内の特養や老健などの施設の約60%で身体拘束をしているという調査結果が報告された。

 私は、民間有志の人たちと抑制廃止研究会を続けているので、この問題には強い関心がある。

 何年か前、私のある支部の後援会長がベッドに両手を縛られて抗議している姿を見て愕然としたことがある。現在、特養など介護保険が適用になる施設では身体拘束は原則として禁じられている。しかし、実際はなかなか身体拘束がなくならない。人手不足をその原因にあげるところも多い。

 私たちの調査では拘束なしでやっている施設は多くあるが、「縛らなければ安全を確保できない」と安易に考える傾向もある。また、縛ることによって状態が一層悪くなるという調査もある。身近な例で、入院して拘束されて痴呆が進み退院したらよくなった人を私は何人も知った。ことの出発点は良いケアとは何かということである。そして、最も本質的なことは、人間の尊厳を大切にするということである。自由を拘束することがいかにプライドを傷つけ生きる意欲を踏みにじり、結果として被介護者を悪い状態にするかを認識する必要がある。介護に関わる人が人権感覚を持つことの重要性を痛感する。なお、高齢者虐待防止に関する法律が制定されこの4月から施行される。この法律の意義については、明日の日記で書く。

(高齢者が大切にされる社会の実現を願って。読者に感謝)

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2006年3月24日 (金)

女子大生の死。車社会、慣れの恐さ

今年2月の前橋市内の交通事故で死んだ女子大生のことは新聞でも大きく報じられた。交通事故による死者は、昨年は全国で6871人、群馬県では152人であった。

 私たちは常に車社会で生き車から離れた生活は考えられない。車はあまりにも日常的なのである。それ故に車の運転に伴なう危険性に慣れ麻痺している。その上に社会一般の全てに対する倫理感や規範意識の低下がある。最近の交通規則違反に対する罰則の強化は止むを得ない。車は一歩間違えば走る凶器となる。私たちはこのことを謙虚に受け止めるべきだ。

「走る凶器」に対する刑罰として新設されたのが「危険運転致死傷罪」である。飲酒運転で3人の高校生を死亡させた男に対し、今年1月、この刑を適用して、懲役20年という判決が下された。

 この刑罰とこの判決を車社会に生きる者に対する警告として、私たちは受け止めるべきである。

 平成13年に設けられた危険運転致死傷罪(刑法208条の2)の要点を説明する。

①アルコールまたは薬物の影響により正常な運転が困難な状態で4輪以上の車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処す。(有期懲役の最高は20年となっている-刑法12条)

②人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で4輪以上の車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤信号を殊更に無視し、かつ重大な交通の危険を生じさせる速度で4輪以上の車を運転し、よって人を死傷させた者も同様とする。

 判決が下された事件は、昨年5月、宮城県の国道で起きた。仙台育英高のウォークラリーの列に車が突っ込み、生徒ら18人が死傷した。(3人は死亡)。被告は、生ビール1杯と焼酎の水割り約10杯飲んで運転し、赤信号を3回無視したほか合図なしの車線変更も2、3回繰り返した。裁判長は「身勝手かつ安易な考えから危険運転行為に及び他に類を見ない大惨事を起こした」と述べ懲役20年を言い渡したのである。

 群馬県でも、危険運転致死傷罪の適用は、平成16年に4件、平成17年に4件ある。そして、平成16年の代行車運転手を死亡させた事件では、懲役6年の刑が言い渡された。

 交通事故については、加害者にも被害者にもなりたくない。小さな違反、はやる心を抑えることが大切だと我が身を振り返って思う。

(安心安全な車社会の実現を願って。読者に感謝)

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2006年3月23日 (木)

農薬適正使用推進員、認定証交付式(22日)

 群馬会館大ホールで行なわれた。群馬県として第一回の認定である。363名が合格し認定証の交付を受けた。最少年齢は18歳、最高齢者は79歳であった。

 私は来賓として挨拶。次は、その要点である。

「農業は、今、最も大切な産業です。それは食の安全や環境の問題と結びついているからです。ところが、農業は様々な難しい課題を抱えて危機にあります。消費者の食に関する信頼もゆらいでいます。農薬を適正に使用することは、食の安全のために不可欠です。皆様の役割は、県民の健康を守るため、また、農と食に対する消費者の信頼を確保するために極めて大切です。皆様のご活躍をお祈り申し上げます」

「フォーラムぐんまの出納長人事に対する声明」(20日)

先日の「日記」で出納長再任は、同意者が2人で、否決されたことを述べた。実は、「フォーラム群馬」は採決の時、議場を退席していたのである。傍聴席で見ていた人が、その理由を知りたいと言ってきた。そこで、会議の後にフォーラムから出された声明文の要点を紹介することによって質問に答えたい。それは、「今回の議案提出について議会の同意を得るための知事の努力と意志が全く見られない。しかも否決される可能性が極めて大きい議案を提出した知事の姿勢は理解できない。本来この議案は出すべきではない。よって、採決に参加することは適切でないとの判断に至り議場を退席した」というものである。

「出納長の職は法律上廃止される」

  2月議会で議論の的となった出納長の制度は、地方自治法の一部改正により、なくなることがほぼ確実なのである。出納長は公金の金庫番であるが、財政難などから空席とする自治体もあり、形骸化しているという指摘も出ていた。「出納長の廃止」は来年4月1日から施行される見通しである。自民党が後藤氏再任を否決する理由としてこのような制度改正に関する論点をあげる党幹部もいた。

「道州制は実現するのか」

  今議会最終日の議長閉会の挨拶で、「いよいよ道州制の具体的な形が示され」と語ったことから道州制は実現するのか、群馬県はなくなってしまうのかという質問が寄せられた。仮に実現すれば、北関東の数県が一つの州となり群馬県はなくなる。しかし、答申が求める「国民的な議論」は行なわれていないので近い将来道州制が実現するとは思えない。それよりも現実性のあることは、県と県が合併出来るようになったことである。地方自治法の改正で、議会の議決があれば、例えば群馬県と栃木県の合併が可能なのである。

(県議会が真にその役割を果たせることを願って。読者に感謝)

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2006年3月22日 (水)

彼岸の墓参りをする(21日)

 かつての人生の同志は、亀泉の霊園の片隅に静かに眠る。十字を描いた墓石には、洗礼名「マリア・アンナ」と共に聖書の一節「私は復活であり命である」というイエスキリストの言葉が刻まれている。20数年の歳月が流れていた。精神科医のW氏は、「限りなく熱き墓なり妹よ」とこの墓を詠んだ。歳月は全てを遠くへ押し流し浄化する。墓の主は、天国から私の姿を見て「相変わらずね」と笑っているかも知れない。

「伊香保の外国人少女売買の記事に思う」

 人身売買されたインドネシアの少女が伊香保の温泉街で、売春を強要されていたという事件が報じられた。少女は、スナック経営者から「お前は5百万円の借金を負っている。売春して返してもらう」と宣告され客を取らされていた。

 人身売買罪の摘発は全国で二例目だという。「人身売買の罪」は、昨年(平成17年)7月に施行された新しい罪である。

 刑法226条の2は、次のようになっている。

    人を買い受けた者は、3月以上5年以下の懲役に処する。

    未成年者を買い受けた者は、3月以上7年以下の懲役に処する。

    営利、わいせつ、結婚または生命若しくは身体に対する加害の目的で人を買い受けたものは、1年以上10年以下の懲役に処する。

    人を売り渡した者も、前項と同様とする。

    所在国外に移送する目的で、人を売買した者は、2年以上の有罪懲役に処する。

日本が人身取引の舞台となっているとの国際的な非難があった。それにこたえる形で設けられた刑である。伊香保の事件は、インドネシアの女性であるが、タイや、フィリピンなど東南アジアの貧しい国から欺されて売買されて豊かな日本へ来る女性は多いのではないか。

かつて遊郭が存在したころは、貧しい農村の女性などが人身売買の対象にされた。群馬県は全国にさきがけて廃娼を実施した県である。初代県令の楫取素彦や第二代県議会議長の湯浅治郎はこの廃娼運動で輝かしい実績をあげた人である。このような群馬県の歴史にてらしても人身売買を許してはならない。都内などで取締りが厳しくなり売春の組織が県内に移ってくる可能性があるという。また、摘発は氷山の一角という指摘もある。

人身売買の背景には貧しさがある。貧しい国の女性は日本で金を稼ぎたいために欺されてやってくる。人身売買を厳しく罰すると同時に被害女性の救済に力を注ぐことは、人権を尊重する日本の大きな義務であるが、この面はまだまだ不十分である。

(人権が尊重される国際化を願って。読者に感謝)

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2006年3月21日 (火)

2月議会閉会・後藤出納長否決(20日)

午前7時半、政策同志会最後の朝食会が群馬会館食堂で行なわれた。30年も続いたいわゆる福田系中曽根系といわれた会派は、先日解消したが、解散式の意味も兼ねた朝食会だった。感慨深いものがあった。これ迄長い間、30名の仲間が早朝7時半、遠い人は板倉町や館林市から参加し、県政の重要課題について話し合った。一つの時代が終わったのだと思う。

 9時から自民党常任委員会、9時20分ら県議団総会、10時20分から本会議開会となった。傍聴席はほぼ満席であった。大方の注目点は後藤出納長再任の行方であろう。

 私が開会を告げ、6人の常任委員会委員長、5人の特別委員会委員長が、委員長報告を行なった。

 次いで、この報告に対して討論が行なわれる。反対討論は、共産党の伊藤議員が、賛成討論は、自民党の南波議員及び、フォーラムの長崎議員が行なった。討論の後に採決が行なわれ各議案は委員長報告の通り可決された。

 いよいよ第86号議案が議決される時が来た。傍聴者は一層増えたようである。そしてカメラを向ける報道陣の動きにも慌ただしさが感じられる。

 知事の提案説明が終わる。私は次のように議事を進めた。「お諮りいたします。ただいま議題といたしました第86号議案、出納長の選任につきましては、会議規制第38号第2項の規定により、委員会負託を省略いたしたいと存じますが、ご異議ございませんか」会場から異議なしの声。

「ご異議なしと認めます。よってさよう決定いたしました。直ちに採決いたします。第86号議案、出納長の選任につき同意を求める件について、原案に同意することに賛成の諸君の起立を求めます」

 起立者は岩上憲司、中島資浩の2議員のみ。

「起立者少数であります。よって、第86号議案は、原案に同意しないことに決定いたしました」

 後藤氏は、先に、副知事起用につき否決され、今度は、出納長再任につきまた否決された。この否決については、それが、議会の多数の意思であることは事前に分かっており否決は確実と見られていた。それなのになぜ知事は、敢えて議会に再任案を提出したのか、後藤氏にあまりにこだわりすぎるのではないか、等の意見があちこちから聞かれた。背景となる事情は、また説明の機会があると思う。緊迫の2月議会に幕がおりた。

(県議会の真の発展を願って。読者に感謝)

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2006年3月20日 (月)

県医師会との懇親会、生活習慣病の重大さ(17日)

 自民党県議との恒例の会である。鶴谷県医師会会長は物質万能の社会を憂い心の豊かさの大切さ、そして身体の健康については、生活習慣病、特に糖尿病の深刻さを訴えていた。全国に1千2百万人ほどの糖尿病患者がいるという。

 私の隣りの席の医師も糖尿病の恐さを説明し、原因は食事と運動不足にあると語っていた。

 私は、食生活について、「食育」ということを誰もが真剣に受け止める時代が来たと思う。食育基本法が出来、県も食育推進検討部会を設置した。食に関する情報が氾濫し、様々な食物が私たちの回りをとりまいている。食に関する正しい知識を得て適切な食生活を実現することが生活習慣病を防ぐために重要である。

「忙中閑有り、日曜日の午後赤城の鍋割に登った」

 赤城青年の家から友人と歩いた。松葉を踏むつま先から充実感が身体の隅々に拡がるようであった。なだらかな坂道が続く。松くい虫の害が上に上にと伸びている。食い尽くされた松の木々は屍(しかばね)のような無惨な姿をさらしている。残された青い松に虫たちは集まっていくのかと思うとぞっとする。

 森が死んでいく。松のあとに他の木を植えて森を再生しなければならない。これは、赤城南面の景観をつくる問題であり、また、地球温暖化を防止するための森林再生事業でもある。

 鍋割の頂上附近には残雪が厚く積もっている。その手前まで登った。眼下には春を抱え込んだ関東平野が霞(かすみ)の中に広がっていた。

「グリーンボランティアの役員会」(18日)

 県職OBの人たちが中心となって環境美化に取り組んでいる。赤城南面の美しい自然がゴミなどの不法投棄で汚されていくのを無視できない人々が立ち上がったのである。継続は力で、かなりの成果を上げ、活動のエリアでは目立った不法投棄はなくなってきた。地域の人たちがボランティアで力を合わせることは、ゴミ対策だけでなく、地域の連帯をつくり出す上で意義がある。

この日は、役員が集まって、会計報告と新年度事業計画を審議した後懇親会に入った。私は2月議会のことを話した。県OBだけに県政に深い関心をもっている。かつての旅費不正支出(カラ出張)の問題を振り返る人もいた。

「地域の役員会」(19日)

町の支部長に看板屋さんが選ばれた。私の「ふるさと塾」の熱心な塾生である。愉快でほっとする出来事だ。

2月議会が終わる。県政の真の発展を願って、読者に感謝)

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2006年3月19日 (日)

2月議会を振り返って

  2月17日に始まった議会は、今月20日閉会となる。この間、実に様々な出来事があった。2月7日、秋篠宮妃殿下御懐妊の兆候と発表があり、知事は、議会初日冒頭、「200万県民とともに無事な御出産を心よりお祈り申し上げます」と述べた。

 2月19日から4日間にわたり尾瀬国体が開かれた。私は知事と共に秋篠宮殿下に随従した。紀子様が来られたら出迎えの住民は、もっと大喜びしたろうと思う。

 2月議会がなぜ重要かといえば新年度の当初予算が審議されるからだ。18年度の予算総額は、7973億2750万円。前年度に比べ0.1%増。他県では増額出来ないところが多い。景気が回復に向かい税収が増えた結果である。景気回復の兆しをすみずみまで行き渡らせる目的で「本格回復」型予算と位置づけている。

 この予算には5つの柱がある。それは、景気の回復をすみずみまで、弱者を守る、群馬の未来を拓く、平成の大合併、行財政改革である。予算を伴なうさまざまな新年度の施策がこれらの柱に結びついている。それらは、本会議の一般質問とそれに続く常任委員会、特別委員会の審議を経て、20日の本会議で決せられる。重要な点は、これからも日記で取り上げて説明したい。

 この議会における大きな問題点は、まず、議員定数と選挙区割りの条例案の審議である。知事案と議会案をめぐり激しく議論された。3月2日の議会運営委員会で知事案は否決、議会案は可決され、この結果を踏まえて3月7日の本会議にかけられ、議運の議決通り知事案は否決、議会案は可決となった。

 次に議論が白熱したのは3月8日の予算特別委員会である。ここでは、多くの問題点が議論されたが、中でも、「ぐんま国際アカデミー」に対する助成の件が激しく論じられた。「私立」か「市立」かをめぐり知事と議会は平行線を辿った。 

 そして、もう一つ大きな出来事が「全員協議会」の開催であった。知事は正規の会ではないとして出席を渋ったが私と何度か話し合った末出席した。太田市長と知事そして全議員が一堂に会して熱心な議論が展開された。

 2月議会は間もなく閉会となるが、ここで議論されたことは、その後も見守ってゆくことが大切なので、新しい動きを含め、この日記で取り上げてゆくつもりである。

(実りある2月議会であることを願って。読者に感謝)

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2006年3月18日 (土)

自殺者3万人を肌で感じる

数千万円の借金を抱えた友人の相談を受けた。やむを得ず自己破産の手続きをとることになった。小さな商売を営む人である。他人に迷惑をかけることが耐えられず、神経をすり減らして死のうと思ったことが何度かあると語っていた。この友人の話から自殺者の心理が分かる気がした。

 昨年夏、南米アルゼンチンを訪ねたとき、県人会の人が、「日本は豊かな国なのに多くの人が自殺するのは分からない。ここでは自殺はない」と話していたのを思い出す。

 平成10年以降日本全体で、毎年3万人前後の自殺者がいる。人口10万人当たり、23.8人。これは驚くべき数字である。

 主要国の比較を見ると、現在世界で一番自殺者が多いのは、ロシアである。次いで、ハンガリー、日本、フランスとなっている。終戦直後から昭和33年位まで日本が世界1位だったこともある。

 総務省は、重要かつ緊急の課題として自殺減少に向けた取り組みを始めた。

 群馬県の自殺者は昨年559人で全国6位である。県の自殺防止対策会議は、今月7日本年度最後の会合を開き新年度の活動方針を決めた。主なものは、自殺の一因となるうつ病の実態調査、自殺未遂者支援事業、遺族のケアなど。自殺を個人の問題ととらえず、うつ病などの兆候がある人を地域社会全体で支える環境の整備に力を入れる。

 地域のあり方が、自殺の一因とされるうつ病と関係あることを調査した例がある。地域の助け合い、人と人とのつながりが強いところはうつ症状が少ないというのだ。秋田大医学部の調査である。(秋田県は、10年連続で自殺率が全国第一位)

「人の命は万宝の第一」といわれる通り、命は人間にとって最も大切なもの。死はこの大切な命を消滅させることであり、人間にとって最も苦しい窮極の出来事である。誰もが一日でも長い命を願うのに、自らこれを捨てることは正に異常である。毎年の自殺者3万人の中には、失業や倒産といった経済的要因で死を選ぶ人も多いといわれる。死を決めることは、客観的には、人生最大の判断ミスであることが多いに違いない。その瞬間を踏み止まらせる工夫が社会に必要である。「命の電話」もその一つであるが、更に多様な相談システムを地域社会に設けることが重要だと思う。人間を大切にする社会は自殺者を出さない社会である。病める社会を治すカギは地域社会の活力である。

(真に豊かな地域社会の実現を願って。読者に感謝)

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2006年3月17日 (金)

教育長・教育委員長、深く陳謝

「議会を軽視したこと、アカデミーの関係者に大変迷惑をかけたことに深く陳謝します」内山教育長は文教警察常任委員会で頭を下げて言った。

 13日の教育長、教育委員長の記者会見は大きな波紋をつくっているようであった。県教育委員にして太田国際学園(アカデミーを運営)の評議員である若林氏が、15日、評議員辞任を願い出たのはその一つである。私は、アカデミーの子どもやその関係者はどんなに心細い思いをいているかと思った。

 常任委員会はこのことを追及するために開かれた。議長が委員会に出席することはまれらしいが全員協議会で座長をつとめた立場として、この問題に強い関心を持つ私は、特別の傍聴席に座って耳を傾けた。

 議員は、次々に立って、厳しい質問を投げかけた。

「この時期にアカデミーのことで記者会見すれば大変なことになるというので委員会は認めないと正式見表明したのに敢えて実行したのはなぜですか。心配した通りになったではないですか」「もし、あなたの孫がアカデミーに通っていたとしたら、あなたはどのように感じられますか」

「国際アカデミーについて、日本人としての自覚を身に付けさせることはかなり難しいといって批判した。この学校がこれからどうなるか分からないのに、これは子どもの心を踏みにじることではないですか。県の教育の責任者がこんなことでいいのですか。教育長、あなたの話すことには一片の真実も感じられません」等々。

 石原教育委員長は、会見が悪い結果を生じた場合責任を取りたい、また、議会運営に無知だったため議会に大変ご迷惑をおかけしたことに深くお詫びしたいと述べた。

 内山教育長は苦しげな答弁を繰り返した。休憩して、議員たちは対策を協議した。「問責決議」ということも案として出したらしいが、教育長が冒頭のように陳謝したことによって収束が図られた。委員会後の記者会見で、正副委員長は、アカデミーに通う子供たちのことを考え、事を大きくしないように考えて収束を図ったと説明した。

「近代こけしコンクール表彰式が正庁の間で」

 内閣総理大臣賞を初め各種の賞が授与された。小寺知事が主催者として挨拶。来賓は私が挨拶した。授賞式の後知事と私を中心にして受賞者たちと共に写真を撮った。隣りの知事が「この間はご苦労さんでした、大変だったですね」と話しかけた。全員協議会のことである。

(議会の真の活性化を願って。読者に感謝)

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2006年3月16日 (木)

ぐんま国際アカデミー問題の本質

  多くの人から本質をもっと知りたいという要望が寄せられた。その中には、現在の状況は、この学校を政争の対象とし、子どもや父母など学校関係者を不安におとし入れているのではないかという意見もあった。

 対立の中心は、「ぐんま国際アカデミー」という学校は「私立」か「市立」かという点である。「私立」なら他の私立校と同じく、一人につき27万円位の私学助成金が受けられるが、「市立」なら受けられない。太田市の側は、この学校は「私立」として手続きを進めて設立したのだから私立校だと主張。これに対し小寺知事は、形は「私立」だとしても、太田市が土地を提供したり職員を派遣したりいろいろ関わっているから実質的には「市立」であり、助成できないと主張している。

 全員協議会は、私が座長となり、議員から両者の意見を聞く形で進められた。知事からは公平に意見が述べられるようにして欲しいと注文が出ていた。これはいわれる迄もなく当然のことである。私は、平等に発言時間を与えるよう気を配った。やりとりは、時に感情的になり会場が騒がしくなることもあった。

 太田市長が、市の職員をやがて引き揚げると発言したことは、実質も「私立」にすることを述べたもので、歩み寄りの一歩になる可能性があると思われる。

 全員協議会は非公式な会議であって、結論を出すところではないが、ここでの議論は、知事の胸にも届くものがあったのではないか。市長、知事、参加した議員たち、それぞれの胸に投げかけられたものが、次の段階で新しい成果を生むエネルギーになることを望む。

「教育長の記者会見は新たな波紋を生む」

 全員協議会の日(14日)の前日(13日)に、教育長と教育委員長が、突然、アカデミー問題に関連して記者会見を行なったことは、その発言内容と共に不可解だとする声が出ている。

 全員協議会で緊迫した議論が交わされることが予想される状況下、その前日にアカデミーの教育理念を批判する会見をすることは、教育委員会が政争に加担していると見られても仕方がないのではないか。

 私は、記者会見の内容を文書化したものを読んでこの感を深めた。「低学年での英語教育」については時と場所を選んで堂々と議論すべきことである。この記者会見は、アカデミーの子どもや父母を一層不安におとし入れたのではないか。賢明ではないという意見が聞かれた。

 教育長は、「ぐんま国際アカデミー」は、県内にある学校である。そこをやめる子がいれば公立学校で受け入れることもある」と発言した。微妙な時だけに、教育長の意図とは別に、この発言が、関係者の心にどう響くか気になる。

 全ての関係者が「教育は子どものため」という原則に立ちかえって議論を深めるようにしたいものだ。感情は理性の目を曇らせるし、小細工は問題を複雑にする。

(子どもたちを生かす真の教育を願って。読者に感謝)

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2006年3月15日 (水)

全員協議会、遂に開かれ、熱い議論が(14日)

  午前9時、再度知事室を訪ねた。昨日、協議会への出席要請の文書をもって知事室を訪ね45分間話し合ったが、そこで2点ほど回答を求められた事があった。私学関係者の出席及び知事の発言時間の確保の件である。前者については認められないが後者については努力するという内容の回答文を用意して、私は急いで伊香保の自民党の会合に走った。福一で福田康夫さんの挨拶を聞いている最中に議会事務局から私の携帯にTELがあった。知事がもう一度直接会いたいとの事で、会う時間は調整中だという。待つことしばし、連絡があり、明朝9時ということに決まり、前記の知事室訪問となったのである。

 この時も多くの報道関係者がいた。前日作成した回答文を渡した。それを読んだ知事は不本意ではあるが出席すると表明した。ここに記述しきれない長い過程があった。知事は、全員協議会という異例な会に対する抵抗感を強く抱いたのであろう。

 しかし、議会との間に信頼関係があれば、もっとスムーズに事は運んだと思われる。

  結果として全員協議会では成果が得られたといえる。太田市長と知事がそれぞれ語ることから、食い違うポイント及び打開策の存在が明らかになったからである。清水市長は、「子どもたちのためにどうしても県から補助金をもらいたい、そのために土下座でもなんでもする」と訴えていた。

 全員協議会は何らかの結論を出すところではない。しかし、ここで出された意見及び問題点に関する考え等を参考にして、16日の総務常任委員会では審議が行なわれる。知事と市長の間で打開策が生れなければ、総務常任委員会では予算の増額修正案が審議されるかも知れない。この日記で尽くせない論点は多い。これらも含め、委員会の動きを見守って欲しい。

「自民党県連前橋支部の会議」(14日)

岩上憲司議員が過日の本会議で党の決定に違反した行動をとったことはこの日記でも触れた。これは懲罰の対象となることであるが、彼は、その前に「自由民主党県議団」という会派を離れた。支部として、来年の県議選の公認問題等を話し合ったのである。

「シベリア抑留の体験者が議長室へ」(14日)

瀬島龍三氏等と行動を共にしたことのある草津在住の永田さんである。私の「望郷の叫び」を読んでくれたことが縁で度々、手紙を頂いている。11年間のシベリアの体験をシベリア大学と表現していた。今回、貴重な資料を多く貸して頂いたがその中には祖国の母へ送ったハガキの束があった。お母さんは番号をつけて保存しておいたらしい。古びたハガキのかすれた文字が極限の生活を思わせる。

(県議会の真の活性化を願って。読者に感謝)

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2006年3月14日 (火)

小学校時代の同窓会で人生をかみ締める(12、13日)

 四万温泉で行なわれた。戦後の混乱期、夢中で少年時代を過ごした私たちも還暦をとうに過ぎ人生の終点を意識しながら過去を懐かしく振り返る歳になった。

同窓会というものは、話しているうちに、タイムスリップしたように数十年の過去の世界に戻ってしまうから不思議だ。誰が何先生にしかられたとか、授業中、「火事だ」というので、遠くの煙を目指して飛び出して行って後でしかられたとか、誰ちゃんは教室にはどうしても入らないといって外の柱に抱きついて離れなかったとか、面白い思い出話は尽きなかった。宮城村の山野をハングリーな精神を抱いて飛び回っていたころの子どもたちの逞しさを、豊かな現代の子供たちにどのように伝えてゆくかが今日の最大の課題であると思った。

「福中の対立解消。国会県会合同会議」

伊香保の福一で行なわれた。笹川県連会長を初めとした衆参の議員が参加(尾身さんは夫人が代理)。大沢幹事長が次のような決議文を読み上げた。「今後、自民党県議団は一体となり、議会と知事が対等の立場で、真に県民のための県政が図れるよう、県民福祉のより一層の向上のため、力強い議会運営に全力を傾注してゆく所存である。よって、会派を発展的に解消し、党の一本化を図ることに決した」

 自民党の歴史の中で、正に、画期的な出来事である。党の一本化が議会の真の発展に結びつくために議員各自の自覚と努力が求められる。

「小寺知事と面会。全員協議会への出席要請」(13日)

知事応接室で行なわれた。終始、多くの報道機関が同席した。「太田国際アカデミー」への自補助金問題を審議する全員協である。私は、出席要請の文書を提出した。

 これに対して知事の質問があった。その第一は、なぜ全員協なのか、正規の会議でない全員協より、本会議とか委員会のほうが良いのではないかというもの。私は次のように答えた。「予算に関する重要問題なので議員全員が参加する全員協で理解を深める必要がある。そして任意の会議だから自由に発言できる。これを参考にして総務常任委員会は結論を出したいと考えている」

 また、私学協会も出席させるべきだとの質問には、「限られた時間でもあるので、当事者である太田市長と小寺知事に限って出席を要請している」と答えた。知事の出席の表明はまだない。当日は公開にし、報道機関に取材を認める方針。

なお、共産党は、全員協開催に関し、反対する意志を伝えてきた。

(実りある全員協議会になることを願って。読者に感謝)

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2006年3月13日 (月)

知的障害者の大会に出る(11日)

 第21回あすなろ祭は県民会館大ホールで行なわれた。セレモニーの前に展示物を見る。絵、書、陶器などの作品が並ぶ。心を打つ作品が多い。知的障害者のユニークな感性がにじみ出ている。小寺知事、私、そして教育長の代理がそれぞれ来賓として挨拶した。

 次は、私の挨拶の要点である。「私は、皆さんの作品を見せて頂きました。そして今、私は、皆さんの前に立って、人間が限りない可能性と限りない多様性を秘めているものだと思います。たとえハンディがあってもその奥には光る個性が隠されています。それに光を当てることが、人間を大切にすることであります。そして、それを可能にするものは、障害者に対する理解と愛情だと思います。私は、政治家としてそのような社会環境をつくるために努力する決意です。皆さん、勇気をもって生きて下さい」

 「関東柔道整復学会祝賀会に出る」(11日)

 接骨師の学会の前夜祭である。東急インで行なわれた。関東各地から多くの幹部が集まった。私のテーブルには尾身代議士、高木副知事等がいた。尾身さんは、「会派が一つになった様子はどうですか」と私にたずねた。同志会、県政塾が解消して一つになった件である。私は、挨拶の中で、接骨師という心の通う身近な医療人の大切さについて話した。

「ジェネリック薬品(後発薬品)その後の動き」

 今月4日の「日記」でジェネリック薬品のことを書いた。特許期間が切れた後につくられる安価な後発薬品のことだ。膨大な開発費なしで開発されるため、薬価は半分ほどになる。過日の本会議で病院管理者は、県立病院でこの薬の採用を進める考えだと表明した。その後、県立四病院で普及促進に乗り出した。

 県立四病院では従来、後発薬を6%くらいしか使っていない。米英独などは50%前後というから日本の対応は遅れている。患者の負担が軽くなるし、毎年天文学的に増える全体の医療費削減にもつながる。この問題についての関心を深めていきたい。

「少子化対策、渋川市の場合。そしてアジアの状況」

 渋川市は、第二子以降一人につき十万円を出産祝い金として贈呈する制度をスタート。第二子からの祝い金は県内11市で初めてである。

 アジアで日本だけが人口減で元気を失ってゆくのかと心配する人がいる。そこでアジアの主な国の特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子どもの数)を見ると、日本1.29、韓国1.16、香港0.93、タイ1.90、台湾1.18(2004年)である。なお、気になる中国は、国連の推計で1.8(2000~2005の平均)。これらの数字がどう変化するかは、その国の政策いかんである。日本はアジアで模範を示さねばならない。

(元気のある少子高齢社会を願って。読者に感謝)

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2006年3月12日 (日)

県立医療短大の卒業式は雛祭りのよう(10日)

4年制大学が、群馬県立県民健康科学大学としてスタートしたが、3年制の短期大学の生徒もまだ残っている。だから、あと2年間は健康科学大学と医療短期大学が併存しているのだ。

 卒業生は、看護学科、診療放射線学科、専攻科、合わせて147名。ホールは、三つの座席群に分かれるが、正面のかたまりは看護学科82名で、華やかな着物と袴を身につけた女性たちの様子はお雛様の集まりのようであった。しかし、このお雛様の中には3児の母も含まれているとのこと。

 知事と私が挨拶した。私の話の要旨は次のようなものであった。

「安全安心な社会を築くことが私たちの最大の課題です。そのためには充実した医療、信頼される医療が不可欠です。そして、この医療を支えるのは人であり、それは、知識と技術ばかりでなくハートを持った人であります。人間の生命に関わるという責任感と使命感を持った医療従事者が求められています。この学園で学んだことを基礎にして、更に精進され、皆さんが立派な医療人として活躍されることをお祈り致します」

「全員協議会を開くことを総務常任委員会で決定」(10日)

 全員協議会を開くことは異例のことで、戦後の議会史の上で、過去に3回しかない。(昭和25年の台風対策について。昭和45年の上武国道建設路線、関越自動車道路線の発表について。平成12年の行政改革および地方分権について)

 今回は、平成18年度当初予算のうち、太田市の「ぐんま国際アカデミー」に対する補助金問題についてである。この問題は、日記でも触れたように、予算特別委員会でも激しく議論された。現在、総務常任委員会で審議されている。総務常任委員会では、「国際アカデミー」に対する補助金について予算増額の修正案を提出する可能性がある。ところで、このことは極めて重要なことなので、議員全員が参加する全員協議会を開き、そこでの審議を、総務常任委員会は参考にしようとするものである。

 予定では、3月14日、午前10時から、議事堂内の203号会議室で、清水太田市長及び小寺知事から意見を聴取して行なう。座長は私がつとめることになる。

今回の議会は、実に様々なことが起きる。正に激動の時代、分権の時代の揺れ動く議会である。

(試練に耐えて力強い県議会が実現することを願って。読者に感謝)

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2006年3月11日 (土)

犯罪は減少、しかし、気になる少年犯罪

本県の治安については、この二月議会でも取り上げられた。おそらく犯罪防止推進条例の効果もあって、前年と比べ犯罪認知件数は約17%も減少した。しかし、少年犯罪には不気味な動きが見られる。

 昨年一年間に摘発された犯罪少年のうち、再犯者の割合が27、4%で、過去10年間で最も高くなっている。このうち、凶悪犯、粗暴犯では再犯率が5割に上る。また、非行の低年齢化も指摘されている。つまり、14歳未満の触法少年の摘発数も昨年は、過去10年間で最多となっている。そして、県警少年課は、少年犯罪は繰り返すうちに凶暴化、凶悪化する傾向があるとしている。

 非行に慣れ抵抗感が薄れて非行をエスカレートさせるのではなかろうか。だからこそ、犯罪の入口とされる万引きなどをしっかりと取り締まり、厳しく指導することが重要である。

 子どもたちには、遊び感覚で、あまり罪の意識もなく万引きをする傾向がある。万引きは窃盗という犯罪であることをきちんと教育の場でも教える必要がある。微罪として大目にみて許すことが、子どもたちをより重大な罪に進ませることになる。規範意識の欠如は、今日の社会の特徴であり、子どもはその影響を強く受けている。

 なお、犯罪少年とは14歳以上の少年で犯罪の要件を充たす行為をした者、触法少年とは、14歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年のこと。(刑法は14歳に満たざる行為は罰せずとしている)

「高齢者の犯罪が急増している」

 警察庁の統計によると65歳以上の犯罪が増え続け、昨年はじめて、全検挙者中に占める割合が1割を超えた。孤独感や病気そして生活難、ストレスなどが背景にあると考えられる。犯罪の種類では窃盗と殺人が多い。特に殺人罪の増加は深刻である。配偶者が被害者になる例が多いという。法務省は、来年度から高齢者犯罪の研究を始める。

 高齢化と共に核家族化が進み、更に格差社会の中で高齢者をかこむ経済環境が厳しくなっている。従って高齢者の犯罪は今後も増えることが予想される。このことは本県に於いても同様である。高齢者の犯罪が増える社会は健全な社会とはいえない。淋しい社会であり、病める社会である。高齢者を犯罪に走らせない対策、そして、高齢者が安心して暮せる社会を作らねばならない。

(犯罪のない地域社会の実現を願って。読者に感謝)

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2006年3月10日 (金)

インフルエンザの恐怖が迫る

2月の13日と14日の「日記」でインフルエンザのことを書いた。そこでは、鳥インフルエンザが人に感染し、人の中で変異して人から人に感染するようになったものが新型ウィルスであること、これに効く薬・タミフルのために18年度予算で1億8千万円を計上したこと、この「新型」が流行した場合は誰にも免疫がないため大変な被害が予想されること等に触れた。(第一次大戦の最中に発生した新型インフルエンザでは世界の死者は二千万人、この時、我が国でも死者39万人が出た)

「日記」を読んだ人から不安が寄せられた。その後鳥インフルエンザは世界に広がっている。人にも感染が起きている。いつ「新型」に変異するか分からない状況だと思うので、改めて取り上げることにした。

「まずタミフルに関すること」

 新型インフルエンザ対策として需要が高まり世界的な品不足状態である。品不足の原因は原料植物の確保が難しいことも一因。それは、トウシキミという香料の実から抽出した物質である。

 この度、東大の研究グループは、植物ではなく石油成分からタミフルを合成することに成功した。柴崎正勝東大教授は、安定した生産態勢が組めるようにしたいと話している。(2月26日朝日)

「渡り鳥が中国から欧州へ、来年の冬は日本へ」

 人への感染はインドネシアで広がりを見せ、韓国でも4人が感染したと報じられている。現在、ヨーロッパ各国に広がっている強毒型の鳥インフルエンザ(H5N1型)は中国から渡り鳥が運んだと見られている。

 ヨーロッパで感染した渡り鳥がヨーロッパからシベリアへ戻り、これらの鳥と接触した野鳥が日本へ渡ってくるので、来年の冬は同じウィルスが日本へ持ち込まれる危険性があるという。

 人への感染は、鳥との接触が濃厚で高濃度のウィルスにさらされた場合がほとんどとされている。養鶏関係者などにはタミフルを予防的に投与する対策が考えられる。なお、鶏卵や鶏肉は加熱すれば心配ないとされる。

 フランスではブランド鶏肉(ブレス鶏)が、日本がいち早く輸入を禁止したため打撃を受けているという。シラク大統領が鶏料理を試食する姿が放映された。群馬で狂牛病が発生した時、県庁で行なわれた収穫祭で私も肉牛を大きな口をあけて食べ、それが報道されたことがある。

(県民の健康を願って。読者に感謝)             

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2006年3月 9日 (木)

予算特別委員会は白熱した(8日)

 委員長は青木秋夫氏。質問する委員は、自民党6人、フォーラム3人、日本共産党1人。そして、説明のため議会から説明を求められた者は、知事、副知事及び7人の理事等計15人であった。対面形式の一問一答のやりとりは、最近の知事との緊張関係が背景にあるためか質問も答弁も気合いの入ったものが多かった。主な論点を取り上げる。

    大沢正明委員と黒沢孝行委員は太田市の国際アカデミーの件を違う角度から取り上げた。太田市長の発案で始まった英語教育特区校への援助の件である。大沢氏は、法律上私立なのだから私学助成の対象にすべきだ、知事は実質が市立だとしてこれを認めようとしないが、それは法治主義に反するのではないかと迫った。また、黒沢氏は、太田市と県学事文書課が話し合いをしたことを示す文書を求めたら存在しないという回答を得たことを指摘し、そんなことは許されないと訴えた。また、黒沢氏は、運転免許証の更新に2日かかるが、即日交付できるようにすべきだと提案した。

    久保田順一郎氏は、いつでも、どこでも、だれでもITの恩恵を受けられる社会、そして電子県庁の実現について質問した。答弁に立った高木副知事は、電子決算、電子納税システム、電子入札などが進んでいること、市町村と連携して、実際に出かけなくても申請が可能な電子申請手続きを推進していることなど説明した。

    長谷川嘉一氏は、議員の海外調査について知事はどう考えるかと質問。知事は、必要性を認めながらも県民によく報告すべきこと、費用は政務調査費から出すことも可能ではないかと発言。それぞれの言い分が交わされた。

    狩野浩志氏議員の質問に、知事の退職金はいくらでそれについて知事は高いと思うかどうかというのがあった。担当理事の説明によれば4期勤めた場合、約2億4百万円になる。知事は高いと思うと答えていた。狩野氏が改める考えはあるかと聞いたのに対しては、「私だけの問題ではない、第3機関によって、客観的に判断すべきだ」と答えた。なお狩野氏は、知事の在任期間が長期になることは良くないのではないかと発言、これに対し知事は、人によって異なることで一律には言えないと答えていた。

小寺知事は私心のない人で能力もあり立派だと思う。しかし、知事という絶大な権力が集中する地位に長くいることには弊害が伴なうことは避けられない。それは人間の性(さが)である。小寺知事は現在4期。4期でも少し長すぎるとは多くの人が感じることだと思う。

この日の午後、ある親友が議長室を訪ね、私の知事選出馬を熱心に説いた。「潮もかないぬ今はこぎいでな」の心境に至るには多くの問題をクリアしなければならない。

(県政が活性化に向けて動き出した2。更なる発展を願って。読者に感謝)

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2006年3月 8日 (水)

サンパウロ州議会議長の群馬県訪問中止に

昨年8月サンパウロ州議会を訪ね議長と会見したことが縁で、ガルシエ議長は来る4月に群馬県議会を訪ねることになっていた。この点は、2月22日の日記で触れた通りであるが、私は、7日、訪日中止の知らせを受けた。理由は、現サンパウロ州知事アルキミン氏が大統領選に立候補することが決まりそうだからだという。若きガルシエ議長は、大統領選となれば忙しい渦中の人となるのであろう。地球の反対側の大統領選について大きな興味の種が出来た。推移を見守りながら、その時は声援を送りたいと思う。

 

2つの条例案を審議・岩上議員立たず」

 定数と県議選区割りに関する2つの条例案が本会議で議決された。先日の日記で触れた通り、議会運営委員会では、議会案は可決、知事案は否決されていた。この結果を踏まえての本会議である。

 議長席からは、議場の様子が非常によく分かる。最前列の中央は議長席の正面で、そこには苦悩の表情の岩上憲司議員の姿があった。

 2つの条例案について、早川昌枝(共産)、南波和憲(自民)、長崎博幸(フォーラム)の各議員がそれぞれ登壇して意見を述べ、いよいよ可否を決することになった。

「直ちに採決します。第68号議案を委員長報告の通り決することに賛成の諸君の起立を求めます」と私は発言した。

 議員は一斉に立ったが、予想外のことが起きた。目の前の岩上議員だけが立たなかったのだ。これまでの様々な経過の中で、全員が起立することになっていたのである。「全員一致で否決されました」と予定していたところを、変更して、「多数をもって否決されました」と、私は宣言した。

 この日の夕刻、岩上議員は群馬県議会自由民主党から離脱した。議員は苦しい政治的決断を迫られることがある。岩上議員には複雑な事情があると思うが、私は、一先輩として、若い岩上氏が苦しさに耐えて前進することを祈った、

「総務常任委員長小野里氏から議長に要請」

 知事が群馬テレビで知事提出条例案について説明したことは放送法上問題であるから、群馬テレビに対し、放送に関する第三者機関の意見を求めるよう要請していただきたい、というもの。放送法は意見が対立する問題については多くの角度から論点を明らかにすること、としている。私の対応については、改めて日記に書く。

 この日、県議会史上画期的な出来事があった。いわゆる福田系、中曽根系の会派の解消が決まった。

(波乱の議会から真の活性化が進むことを願って。読者に感謝)

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2006年3月 7日 (火)

日照りの夏にはおろおろ歩き

賢治の詩のこの部分を私なりに解釈して、自分の心を見詰めることがある。それは、心のエネルギーを使い果たし落ち込む時だ。みじめな時はみじめになる。おろおろでよいのだ。耐えていれば、やがて涸れた心の泉の底からじわじわと力が湧いてくる。それを待てるようになったこと、それを少しでも信じられるようになったのは年の功かもしれない。疲れた時は重大な決断はするなという諺もある。

「チュックボールの日本選手権大会」(5日)

 アリーナで行なわれた。私は群馬県協会の会長である。チュックボールというと知らない人も多いらしい。ハンドボールから発展した競技である。発祥の地はスイスでアジアでは台湾が盛んである。そして、日本で盛んなところといえば、なんと我が群馬なのだ。台湾チュックボール協会の黄さんと蘇さんのご両人が来県され、私は親しく話をする機会を得た。その中で興味を持ったことは、台湾の人は、将来、台湾が中国に呑み込まれることを恐れ、子どもが何人かいると、カナダ、アメリカなどに分けて国籍を取らせておく人がいるということ。台湾は九州くらいの大きさ、かつては、日清戦争の結果日本の領土となった、沖縄最南端の波照間島からうっすらと台湾の山々が見える、こんなことも話題になった。韓国や中国と比べ対日感情は非常にいい。チュックボールの交流を通じて日台の親善に寄与したい。

「自動車リサイクル法の理念を全国にさきがけて実行した人は群馬日産の故天野氏」

 5日の日記で同法のことを書いたらメールを寄せられた方がいた。その中で興味あることが述べられている。日本で廃車になった自動車がサウジアラビアなどに輸出されていること、スバル社のレオーネのエンジンがギリシャに輸出されフォルックスワーゲンのエンジンが壊れた時に使われること、これらのことから「日本の中古車が海外に投棄されているという見方も出来るが最後の最後まで有効に使われているという見方も出来る」こと、などである。

 またこのメールは、自動車リサイクル法と同様な理念、つまり自動車部品のリサイクルを目的に「カースチール社」が全国にさきがけて群馬で設立されたことを教えてくれた。

 私は早速この会社のことを調べた。「カースチール」は、昭和45年に、「自分たちで販売した車は自分たちの手で回収処理する責任がある。そして、資源を有効に再利用しなければならない」という信念に基づき、天野文夫氏の呼びかけで設立された。同社は年間約2万4千台を処理、そして、そこに積まれているフロンを破壊している。フロンガスは地球温暖化の原因物質の一つであるが、特にオゾン層破壊の犯人なのである。国はその実績を認め川口順子環境大臣(当時)らは当社を視察した。

 私は、いつもこの会社の前を通っているが、時代にさきがけてリサイクルに取り組む会社とは知らなかった。折を見て見学させていただきたいと思う。

(京都議定書の時代・ぐんまの環境問題が進展することを願って。読者に感謝)

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2006年3月 6日 (月)

母乳運動推進研究大会に出た(3日)

主催は地婦連、会場は女性会館である。来賓挨拶は議長の私と知事代理の教育長が行なった。この運動には、子ども虐待、少子化、環境などの今日の重大な問題が結びついている。

「健全な赤ちゃんを産み育てることは、赤ちゃんのためにも家族のためにもまた健全な社会をつくるためにも極めて重要なことです。そして、母乳は、健全な赤ちゃんを育てるために栄養の点でも愛情の点でも不可欠なことだと思います。母乳で育てられる社会環境、それは安心して子どもを産み育てられる社会であり、それを実現することは何より重要な少子化対策です」私はこのように言って、女性運動の意義の大きさを語った。

 最近の厚生労働省調査で第2次ベビーブーム期に生れた現在の30代前半の女性の半数以上が30歳までに赤ちゃんを産んでいないことが分かり、少子化が加速度的に進む恐れが出てきた。このような社会状況にあって母乳運動のような民間の女性の活動が広がるといい。

「若い教師達と懇談・授業は格闘技」(4日)

 教育の世界は、子どもたちを育てるという最大の課題を抱えて、今正念場を迎えている。教師たちの話を聞きながら、ゆとり教育は果たして所期の成果を上げているのかと心配になった。

 ゆとり教育の本質は、従来の知識偏重を改めて、基本的なことを深く理解させる点にある。そして、それは、教師の創意と工夫にかかっている。子どもたちの姿を見ると、「ゆとり」が「ゆるみ」になっているように感じられることがある。現場の教師は、魅力ある授業を実現するために、皆、努力しているが、教育行政はそれをサポートしなければならない。そのためには、行政を進める立場にある者は、実態を正しく踏まえる必要がある。

 だから、教育長や教育委員は出来るだけ実際の授業を見るべきだと思う。私は、自分で時々授業を見てそう思うのだ。これに対しては、教師が萎縮するとか授業がやりずらいという意見もあるだろう。見る側には配慮と工夫が必要だが、授業は本来オープンなのだから教師には、受けてたつ根性が求められるのではないか。私立校や塾や予備校と比べ公立校にはまだ厳しさに欠けているところがある。教育のかかえる深刻な状況を打開して教育改革を進めるためには、甘えは許されないしきれいごとでは済まされない。私が塾で教えていた時は、常に、教室は生徒との対決の場であった。懇談会でも、「授業は格闘技です」と語る先生がいた。このような先生たちのエネルギーを上手に生かす教育行政が求められているのだ。

(教育改革が着実に進むことを願って。読者に感謝)

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2006年3月 5日 (日)

知事の政治姿勢・君子は和して同ぜず

  一般質問最終日、亀山豊文議員は、知事の政治姿勢についてたずねた。そこでは次のようなやり取りがあった。

「平成7年知事2期目の当選後の議会で、知事は、群馬県全体があったかい雰囲気を持った、ほっとするような社会にしたい、と言っていましたが、今も考えは同じですか」

 知事は少しも変わっていないと答えた。亀山議員は、最近、知事の表情は疲れているようだ、そして、笑顔がない、政治には笑顔が必要ではないか、という発言の中で、このような問いかけをしたのである。

 知事はまた、次のように答えた。

「和して同ぜずということです」

 知事の言葉は、論語の「小人は同じて和せず、君子は和して同ぜず」の後半部である。学徳のある立派な人は他人とよく調和して交わるが自分の立場を忘れて他人の意見に引きずられることはないというもの。前半の小人とは修養の足りない思慮の浅い人のことである。小人は考えもなくすぐ他人の説に同調するが心から和らぎ親しむことがないというもの。

 論語の教えは、人々の日常生活の指針であるが、今日に通じる政治道徳でもある。私などは、時々、自分が小人であることを反省する。政治家は激しい渦中にあると冷静さを失い君子たるべきことを忘れがちになる。亀山議員の発言の意味をこの際しっかりと受け止めるべきである。

「自動車リサイクル法について」

 昨年1月1日から始まった同法の対応について小林義康議員が質問した。これは重大な環境問題の一環であるが、リサイクル料金を車の所有者が負担する点で私たちの利害に直接関わることなので、正しい知識を持つことが必要だと思われる。

 現在、国内で年間出される使用済自動車は約400万台と推定されている。この中で、部品等約80%はリサイクルされているが、リサイクル出来ないエアバック類、カーエアコンのフロン類などは主に埋立処分されている。これは、これらの部分を適切に処理するシステムがないことが原因であり、そのために不法投棄が増えたり、深刻な環境破壊が懸念されるようになった。リサイクル法はこの事態を打開しようとするもの。

 本県では、同法施行後1年間で引取台数は約5万台である。関わる業者は登録・許可を要する。料金は車種により様々であるが、軽・小型乗用車で7千円~1万6千円、普通乗用車で1万円~1万8千円程度という。

 なお、余談であるが、リサイクルに回すのを避けて中古車を海外に売ることが増えているといわれる。

(県議会の真の活性化を願って。読者に感謝)

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2006年3月 4日 (土)

ジェネリック薬品を県立病院で使うことに

公明党の福重隆浩議員は、2日の本会議で、ジェネリック医薬品に関して質問し、病院管理者は県立病院で使うようにしたいと答えた。

 薬は、私たちの日常生活にとって重要であるし、ジェネリック医薬品の採否は膨大な医療費の抑制に関わる大きな社会問題でもあるので、ここで取り上げたい。

 ジェネリック医薬品とは、新薬の特許の有効期間が切れた後に、製造される同じ成分の後発薬のこと。新薬の開発には大変な研究努力と数百億円の開発費用がかかる。だから特許の意味は大きいのだが、特許満了後なら他の製薬会社は、この開発費を節約して同成分同効果の薬を製造できるので後発薬の価値は新薬の半分程度になるという。そして、後発薬使用による薬剤費の削減効果は年約1兆1300億円という試算がある。

 福重議員は「増加する医療費を抑制する観点から、また患者の薬代自己負担軽減のためにもジェネリック薬品の普及拡大が必要だと思うが」と発言した。これに対し病院管理者は、日本は利用が少ないこと、処方箋を書く医師の意識に問題があること、しかし、県立病院で採用する考えであること等答弁した。

 医師が新薬の名を処方箋に記入すると薬剤師は患者にその薬しか渡せない。この点の改善も含め、厚生労働省は4月からジェネリック医薬品の利用促進策を実施することになった。

 4月以降は、医師が処方箋に新薬の名を記入してもジェネリック(後発薬)への変更可という欄にサインがあれば、薬剤師は後発薬を処方できるようになる。

 このように制度が変わっても医師がサインしなければ患者は処方してもらえない。病院管理者がいう医師の意識改革、再教育とは、この点に関わることかと思われる。医療の新しい動きに対して、県立病院は率先して行動を起こして欲しい。

 本会議における一般質問最終日の2日は、この他にも市町村への権限移譲、自動車リサイクル法、食品表示の適正化、県営住宅の入居条件緩和、地球温暖化対策等重要な問題が議論された。これらを含め、本会議4日間の主な論点やこれから始まる委員会の様子は、これからも、議長日記で取り上げていきたい。私のホームページにアクセスが増えてきた。嬉しい思いと同時に責任を感じる、良質な情報を届けることが出来るよう謙虚に努力を続けたい。

(県民の皆様が県政に関心を深めて下さることを願って。読者に感謝)

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2006年3月 3日 (金)

議会運営委員会(議運)激論・かみ合わず(2日)

本会議の一般質問終了後の議運は、県議会史上まれと思われるような状況であった。それは、自民党内で従来知事を支持する立場にあると見られた人たちはもちろん、フォーラム、公明、共産の各派に属する人たちも知事の考えに反対したからである。

 議論の対象は、県会議員の定数と選挙区割りをめぐる条例案である。議会側提出の案と知事提出の案の二つが議運で審議され、知事と議員との激しい議論の末、知事案は全会一致で否決すべきものと決まった。また、議会案は共産を除く賛成多数で可決すべきものと決まった。「すべきもの」とは、これが最終の決定ではないからである。議運の結論を踏まえて、本会議で可否が決せられるのである。なお、共産は、定数を減らすことには反対で、更に、知事の論拠の一つ一つに反対であった。

 対立の根底に、なぜ知事が議会のことにここまで関わるのかという問題がある。全国的にも議員の定数等について知事が条例案を出す例はほかにないらしい。知事も異例であることを認めている。この点は、本会議で共産党の早川さんが質問していたし、今回の議運でも問われていた。

 知事の言い分は、平成の大合併というまれな出来事に関わることであり、また議会という土俵をつくる重大な場面だから知事の案も選択肢として出してオープンな形で議論すべきだというもの。

 そして議会の言い分は、そのようなことの重大性は十分に認識した上で、オープンな場で審議をしてきた、また、議会が自主的に決める問題であるからこそ議会改革検討委員会を組織して議論を重ねてきたのだ、更に、県民は分からないというが、議会という公開の場で審議され、その内容は報道機関によって知らされているではないかというもの。

 この議員定数等に関する問題は、とかく議員が自分達の立場を庇(かば)って結論を出したと見られがちであるが、これまでの長い経過とそれを踏まえた結論から見て決してそうではないと思われる。本会議における質問、そして、今回の議運における各委員の発言からもこのようにいえると考える。従って、帰着するところは、知事はなぜ、議会の問題を議会に任せられないかということである。そこには、議会に対する大きな不信があるのではないか。もしそうだとすれば、不信の念は判断の要素から除かなければ正当な結論は得られない。

 このような対立はさておき、民主主義の基本に関わる重要な論点を議員が真剣に考えたことは大きな収穫であったと思う。この成果を今後の議会活動に生かすことが求められている。新しいものを生み出すための生みの苦しみを耐える時でもある。

(県民の負託にこたえられる議会の実現を願って。読者に感謝)

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2006年3月 2日 (木)

少子化対策、若年性認知症等、本会議の様子(1日)

 本会議3日目は5人が登壇した。質問内容はいずれも重要なものであり、主なものについては改めて取り上げるつもりであるが、ここでは、いくつかの項目を中心に議場の様子を伝えたい。

 フォーラムの大澤幸一議員の質問では、愛県債の使いみち及び若年性認知症対策が注目された。大切な論点なので私見も含め紹介したい。

「森林の保護」は環境の観点からも今日極めて重要であるが予算が十分ではない。大沢氏は、愛県債を使えないかと提案した。県債は県民に対する借金であるが、通常の県債は目的が特定されていないため使う方も責任感覚が薄れがちである。愛県債の意義は、使い途を県立病院の充実という目的に特定した点にある。大沢氏の提案のように森林保護という特定の目的のために愛県債を利用することは検討の価値があると思う。

「若年性認知症対策」

 レーガン元米大統領が自らアルツハイマー病にかかったことを告白し、そのことが一つのきっかけとなって、アメリカではアルツハイマー病に対する理解と研究が進んだ話は有名である。アルツハイマー病を含め認知症は、今日、ひたひたと身近に迫ってきた感じであるが、行政の対応は遅れている。

 大沢氏は、「私の妻はアルツハイマーです」と発言し、妻の世話という自らの体験を踏まえた問題点に触れ、ヨーロッパ先進国と比べて我が国の対応が遅れていることを指摘した。また、群馬県にはまだ家族会がないので立ち上げたいとも語っていた。先日、難病に立ち向かう家族のことに触れたが、当事者や家族が立ち上がって世論に訴えることの意義は極めて大きい。他人事ではないこの問題が、大沢氏の勇気ある発言と行動を契機として、良い方向に動き出すことを祈る。

 平田議員は、少子化対策として、産婦人科医師の不足、小児科医療体制の問題点、また、教育問題では指導力不足教師対策などを取り上げていた。

 五十嵐清隆議員は、道徳教育を取り上げた。学校における道徳教育のあり方、道徳心を養う上での家庭教育の大切さなどを教育長にたずねていた。学校教育は「生きる力」を中心に据えているが、生きる力の基盤は健全な精神である。今こそ、人間として、また民主社会を支える市民として求められる「心」を道徳として正面から論ずる時であると思う。

(子どもたちのために、真の道徳教育が実現されることを願って。読者に感謝)

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2006年3月 1日 (水)

県内全高校に議長のメッセージを送る

 今年も多くの高校生が卒業する。公立校の内訳を見ると、全日制は73校で14,064人、定時制は14校で273人、盲、聾、養護は11校266人、計14,825人である。この他、私立校の多数の生徒が卒業する。現在、県議会の開会中であり、各県議は卒業式に出られない。そこで、議長の私が、代表して、全校にメッセージを送ることになった。新たな思いを胸に一歩を踏み出す若者に、私の願いを込めて書いた文である。若者の将来は、県民全てにとって大切なことなので、議長日記でも紹介したいと考える。

「ご卒業おめでとうございます。

群馬県議会を代表して、心からお祝いを申し上げます。

 皆さんの胸には、それぞれに、様々な思いがあると思います。

 しかし、人生の次の場面で幸運をつかむために、頑張りたいという熱い思いは共通のものでありましょう。

 皆さんを待ち受けるものは、歴史を振り返ってみてもかつてない程、大きく開けた社会であり、そこには限りない可能性があります。

 例えば、科学はますます進歩して、生活は便利になり、世界のどこへも出かけてゆくことが可能になるでしょう。

 しかし、皆さんが生きる社会は、同時に、たいへん複雑で、生きるのに難しい社会でもあります。生きる力を身につけなければ、自分を見失って、大きな波にのみ込まれてしまう危険すらあります。

 ここで、生きる力とは何かを考えたいと思います。学問や技術は、もちろん生きる力の不可欠の要素ですが、物事にチャレンジする勇気、苦しさに負けない忍耐力、このような心の力こそ、若者としての生きる力の本質であると思います。

 このような心の力は、一朝にして出来るものではありません。それは、理想を求めて、努力を続ける過程で生れるものであり、小さな成果の実績のうえに培われるものであります。

 現在、ニートと呼ばれる働く意欲のない若者が、数十万人もいるといわれますが、悲しむべき事であります。

 人生の先輩として、皆さんに望みます。

 この世に生を受けた貴重なチャンスを生かして、幸せをつかんで下さい。小さな勇気があれば、一歩を踏み出すことが出来ます。小さな忍耐力があれば、踏み出した一歩を続けることが可能です。

 失敗を恐れることはありません。再び挑戦出来ることが若さの特権なのですから。

 皆さんのお一人お一人が、時代の激流に飛び込み、素晴らしい岸辺に泳ぎつくことを祈ってお祝いの言葉といたします。

平成1831日  群馬県議会議長 中村紀雄」

「高商野球部激励会」(28日)

 センバツ出場が決まり、その活動を期待して、激励会が議会棟の一室で行なわれた。少年たちの視線には白球を追う真剣さが感じられ、学生服の輪郭からは鍛えられた身体の逞しさが伝わってくる。全員野球が特色、と校長は説明した。

 教育改革が目的とする「生きる力」は、健やかな体、豊かな人間性、確かな学力から成る。きびきびと自己紹介する少年たちの姿からこれらが一つになった新鮮な力がうかがえる。幸運を祈った。

 先日は、同じ高崎商業高校の女子バレー部の全国出場を祝い励ます会が議長室で行なわれ、少女達の真摯な様子に打たれたばかりである。

 一筋に打ち込む若者の姿からは、社会の明るい未来が感じられる。

(群馬の高校生の明るい未来を願って。読者に感謝)

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