« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »

2006年2月28日 (火)

一般質問に5人が立つ。初陣あり一句あり(27日)

自民は岩上、金田、木暮、橋爪の4氏、そしてフォーラムは塚越氏である。岩上憲司議員は議員として壇上に登るのは初めてということで緊張気味に修学旅行のあり方について質問。傍聴席には初陣を見守る支援者達の姿もあった。岩上議員と並ぶ若手として橋爪洋介議員が登壇した。彼は新婚生活の中で昨年男児を得たところで、この日は奥さんも傍聴席で応援。彼は、少子化対策は全庁あげて取り組む課題であること、そして出産時の援助よりもその後の長い子育てを支援することが重要だと、自分の体験に基づいた考えを生き生きと語っていた。

 年長者の木暮繁俊議員は、壇上でよく「一句」を紹介する人。この日の句は「朝ぼらけ政争よそに福寿草」であった。この草は早春黄色い花をつける。知事と議会の間の緊張も知らぬげに花をつけるかれんな福寿草に、木暮さんはほっとさせられたのであろう。

 塚越紀一議員は教育委員会委員長に教育に対する考えをたずねた。石原聰一氏は詳しく自分の考えを述べた。教育委員会委員長が本会議場で原稿の枠から離れて教育を語ることは珍しい。その要点を一部紹介したい。

 石原委員長は、教育における地方分権という考えに立って、群馬県の義務教育の水準を確保するための特色ある教育行政を進めたいとして、その具体策としては、生徒が問題に当たり、どこでつまづくか、どこで間違いを生じるかを先生は予め知っておくことが指導上必要なので、このことを調査研究する計画を進めていること、また、将来の教育方針としては、教育の基盤をつくる上で家庭教育を充実させることや国際化が進む中で品性教養の点で世界から敬愛を受けるような青少年を育てることの大切さを語った。

 教育の分野に於いても文科省の方針に従うだけでは成果を上げることは出来ない。地方が独自の工夫を重ねることは何よりの重要なことであり、これが教育における地方分権である。かつては、教育界における不毛な対立のために大胆なそして斬新な試みが実行できなかったと思われる。今や時代が大きく変わった。教育委員会は社会の実態をよく調べそれを踏まえて社会の教育力を引き出して生かす努力をして欲しいと思う。

(群馬の教育が活性化することを願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月27日 (月)

ふるさと塾・パーキンソン・水墨画

今月のふるさと塾は少し暖かくなったせいか多勢が出席した。(25日)。最近は、若い人も増えて熱心に聞いているようだ。今月のテーマは、アフリカの2回目で、サハラ砂漠及び南アのアパルトヘイトについて話した。

「サハラ」は、数百頭のらくだの隊商が砂漠を渡る姿を映像で追いながら、砂漠で生きるイスラム教徒の姿、過放牧が砂漠を広げている現実などを見た。同時に毎年世界で日本の本州の3分の1近い面積が砂漠化しつつあるという地球環境の危機にも触れた。

「アパルトヘイト」。これまで何回か奴隷制度と奴隷解放の歴史を話してきたが、それと関連付けながら、時代に逆行する南アの黒人差別政策が世界から非難される中で変わりゆく様、27年間獄中にあり、出獄後大統領になった黒人指導者マンデラのことなどを話した。

 なお、今回のふるさと塾では、秋篠宮との昼食会で、私が、お子様の勉強のこと、ナマズのことなどをたずね楽しい会話が出来たこと、また、2月議会の緊張した雰囲気などを紹介した。県議会が生まれ変わろうと努力している姿を話すと熱心に耳を傾けてくれた。

「パーキンソン病の患者と家族の集い」(26日)

 新前橋の福祉センターのホールで行なわれた。難病と闘う人々の辛さが伝わってくるようであった。一人一人が孤立していては、病の重さに押しつぶされてしまうかも知れない。仲間と家族が手を結んで支えあうことの大切さを知った。同時にこの人たちを社会が周りから支えることの意義を痛感した。医療の制度、支援の制度の改善は正に政治の問題である。真に豊かな社会とは、このような人々に光を当てることの出来る社会である。プログラムには、私が後援会長をつとめる詩吟の会の催しも予定されていた。元気な詩吟が人々の心に届くことを願った。

「水墨画協会の総会と懇親会」(26日)

 墨の濃淡だけで奥深い情景をつくり出す水墨画は、日本の伝統の文化である。挨拶に立った私は、「目まぐるしく変わる激動の時代にあってどこでも改革が叫ばれていますが、同時に社会の安定が強く求められています。社会の安定には、市民の文化、伝統の文化をしっかりと守ることが何よりも重要です。水墨画は心にやすらぎを与えてくれる伝統の文化です」と話した。

「妻の弟妹の会に出た」(26日)。

妻の母を励ますことが目的である。85歳になるこの女性はしなやかに生きている。命の燃え方はいろいろあるが、静かに明るくマイペースで燃えるのは良い。健康長寿を願った。

(県民の健康を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月26日 (日)

一問一答のやりとりは力強く動き出した

 24日の南波政調会長の質問は良かった。勉強して、きちんと準備して臨んだことがうかがえた。

 南波氏の質問項目の中に議員定数に関する問題があった。一票の格差(一票の価値)と議員定数の関係が取り上げられ、定数を50にしないとこの格差が大きくなってしまうことが議論された。議長席から見ていて熱の入ったやり取りだった。

「議会の活性化の観点から思うこと」

 質問の作成につき、執行部との間に長い慣行から生れた情報の交換があった。私たちは自ら情報を集める努力を続けてきたが、この議会では、執行部に頼らずに質問をつくるという動きが加速した。本物のやり取りは、生き生きとしている。ぬるま湯の中では力はつかない。議員も厳しい試練の中で実力を養うことが求められる時代なのだ。これから地方分権の流れの中で議員を囲む環境も一段と厳しくなる。群馬県議会が本物に向けて脱皮する時が近づいている。

「少子化社会白書(17年版)を読む」

 少子化対策は今日の社会で最も重大な問題の一つである。国が法律や制度を整えることは、いうまでもなく重要であるが、地方自治体の役割は、それとは別に、極めて重要である。なぜなら、地方自治体は、少子化の原因が存在する地域社会の実態と結びついているからである。

 各自治体があげるスローガンからは、その自治体が少子化に臨む姿勢や政策の特色がうかがえて面白い。(群馬のは「子どもを育てるなら群馬県」である)

 いくつかをピックアップしてみる。「みんなで支える安心子育て・健やか子育ち」(北海道)、「育てたい育ててよかった笑顔の未来」(秋田県)、「輝け子どもたち翔け若者」(神奈川県)、「あいち子育て・子育ち応援プラン」(愛知県)

 いくつかの県で「子育ち」という表現が使われているのが注目される。育てられるのでなく自ら育つ子どもを支援するという点に重点がおかれているのであろう。

 出生率の低下は先進国の共通の悩みであるが、フランス、スウェーデン、イギリス、アメリカなどは低下した出生率が上昇に転じている。このことは、政策いかんによって日本においても可能性があることを示すものである。「少子化」の問題には、今後も、皆さんとともに関心を持ち続けたいと思う。

(群馬の出生率が上がることを願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月25日 (土)

2月議会の一般質問が始まった(24日)

 議会改革が進む中での一般質問である。昨年12月議会から質疑のやり取りの形が変わった。何度も触れた対面演壇の一問一答形式である。この2月議会では、更に議会の努力が行なわれる。質問に立つ議員は、執行部に頼ることなくより自主的に資料を集め質問内容を工夫することになった。

 ここでは、主な質問項目とそのポイントを紹介する。県政の場で、今、何が問題になっているかを知って関心を高めて欲しい。

◆南波和憲議員(自民党政調会長)

    馬事公苑は、外部監査で様々なことが指摘されたが、指定管理者候補に選定するにあたり、監査の結果はどのように反映されたか。

    今後5年間の退職職員の数と退職手当金の額。

    県内の耐震偽装物件の状況、責任、再発防止策。

    県議の定数等。選挙の一票の格差を知事はどう考えるか。

◆長崎博幸議員

    税収確保への自信と見通し。景気回復の実感が得られないのはなぜか。

    ゆとり教育の転換をどう考えるか。ゆとりは生れたか。生きる力は身についたか。

    警察官増員はどのような効果を上げているか。

    2007年問題(団塊世代の一斉退職)。

    格差や不平等を感じる人が増えているがその取り組みは。

    県議定数と選挙区の見直しについて

◆早川昌枝議員

    社会的格差の広がりにどう対応するか。

    乳幼児医療無料の対象拡大、第三子以後の保育料無料化などについての知事の決断

    群馬化成の悪臭・環境改善策は。

    議員定数、区割り。知事の提案は、議会のチェック機能を弱める。議会の議論に干渉する政治姿勢には問題がある。

24日は質問者は以上3名。その後の本会議一般質問日は27日、3月1日、3月2日。そして、3月6日からは常任委員会が始まる。制度が改正されて、常任委員会も傍聴が出来ることになった。委員会では、本会議とは違ったリアルなやり取りがあって面白い筈であるが実際には傍聴者がほとんどいないのは残念である。

 話題を呼んだ海外調査の報告書が出来た。そこに述べられている調査の内容は、県議会で取り上げられる課題と関連するものが多い。議会改革には議員の資質向上が欠かせないが、海外視察の体験は、この資質向上に役立っていると信じる。

(議会の緊張が議会の活性化に結びつくことを願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月24日 (金)

知事のテレビ出演を考える

県議の選挙区と定数に関し、知事から議会代表とテレビで公開討論をしたい旨の提案があり、これに対し私は、議会閉会後なら賛成であるが、議会中は適切でないから応じられないとコメントを出した。しかし、それにもかかわらず知事は単独でテレビで語る意志を表明したので、このことが今、議会内外で関心を高めている。ここで問題点を整理し、合わせて「コメント」を出した理由を説明したいと思う。

    議会が自主的に議論して決める問題である。この点については、これまで、議会改革検討委員会が様々な角度から議論を重ね、その結果を踏まえて作られた条例案がこの議会に提出されることになった。ところで、その中味が重要であるが、それは、この17日の議会開会日、金子泰造議員によってなされた提案説明の中に尽くされている。そこでは、二つの要点のうちの一つである議員定数を56から50に減じた理由としては、議会の権能を損なわないこと、行政改革に寄せる世論を考え、ぎりぎりの接点を求めたことがあげられている。また、その減少率は全国4位であること、そして、全体として、議会自らが断固として英断をもって改革に臨む決意であることが述べられている。このような議会の努力と自主性を尊重しなければならないと思う。

    説明責任を果たすべきこと。知事はこの点を懸念されたようであるが、議会は色々な意見や立場を調整して、一般の条例案と同じように本会議場で審議し、委員会に負託する方針を決めた。多くの傍聴者と報道機関が見守る議場は正に説明責任を果たすための最良の場である。

    知事提出の条例案も、議会提出案と同じように扱われるから、知事は、本会議の場で自分の意見を述べることが出来る。現に、24日の一般質問では、南波、長崎、早川の各議員が、この問題につき知事に質問することになっている。

    以上のような状況を踏まえ、議会開会中に知事と私が公開討論することは、適切なことではないと考えた。また、ごく限られた時間の中で、議会が時間をかけて審議したことを十分に論ずることは不可能であることと、世論受けする論点をアピールする結果となる恐れもあり、これらも議会軽視につながると考えたのである。この点については、国政についてもテレビ討論が行なわれるではないかという意見があるが、私は、地域の有権者と密接に結びついている地方の社会におけるテレビ放映の持つ意味は、国政のテレビ討論と同列に論ずることは出来ないと考える。

    以上が議会中のテレビ討論は適切ではないと考えてコメントを発表した理由である。知事は単独でテレビに出て説明されるといわれるが、その発言は、一方の立場からの情報を県民に与える結果になるのではなかろうか。公共の電波、県民の税金が使われる番組であるだけに、私は、このことを懸念する。

    なお、昨日(23日)、私が、群テレ社長と会ったことで取材を受けた。そこではっきり申し上げたことであるが、圧力をかけたとか、中止を申し入れたとか、抗議したとかの事実は全くない。この問題に関する議会の考えを筋道を立てて説明したのである。公共のメディアを扱うGTVとして、公平な取材をして欲しいという私の願いもあった。事の本質を少しでも理解してもらった上で、本会議場のやり取りを正しく詳しく取材放映して欲しい。

(議会の活性化が更に大きく進むことを願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月23日 (木)

町村議会議長会の定期総会(22日)

前橋市元総社町の市町村会館で行なわれた。私の挨拶から、町村議会の今日的役割を分かってもらえると思うので要点を紹介する。「時代の大転換点です。高齢・少子・人口減少そして社会の活力の低下の恐れ。この状況の中で元気のある真に豊かな社会をつくることが最大の課題です。そのためには地方が力をつけなければなりません。合併も地方分権も地方が力を発揮するために必要なことです。この流れの中で地方議会の役割は極めて重要です。地方議会が時代の役割を果たせるか否かは議員一人一人の自覚にかかってます」

 私の後で登壇した針谷町村会長の挨拶に注目した。針谷氏はスウェーデンの教科書の詩の抜粋を引用した。その中の一部に次のような表現がある。「私たちは、あまりにも簡単に幸福になりすぎた」「私たちは物質的には豊かになったが、平安というべきものを使い果たした」「小さな農民、小さな商店、小さなダンスホールなどは姿を消した」「小さな世界はもう残っていない。小さなものは儲けが少ないというのが理由だった」(ステーグ・クレッソンの詩から)

 日本のことを言っているようだと感じた。日本とスウェーデンとの違いは、この詩が批判するような社会を抜け出すために国が政策の大胆な転換を行なったことらしい。その要点は、人間と人間の絆、人間と自然の絆、一人一人の人間、これらを重視することだという。その結果人口の減少は増加に転じ、素晴らしい人材が育つようになった。これがスウェーデンの変化である。(針谷氏の話を私の耳でとらえたものを紹介した)

 私は、これらの政策を、日本では「地方」が実行すべきものと考える。それが地方分権の目指すところなのだ。中央の指図に従ってまちづくりをしたのでは、どこでも金太郎アメを切ったような社会が出現する。地方のことは地方にまかせ、それぞれの特色を発揮させる。それが地方自治の本質である。戦後60年、民主憲法が出来て60年、やっと地方自治が根を伸ばし始めた。地方自治は民主主義の基盤である。地方の時代に於いて、民主主義を育てるのは私たちの使命だ。町村の議長会で感じた。

「山林種苗緑化協同組合の通常総会」(22日)

 前橋市の福祉総合会館で行なわれた。理事長は、星野沼田市長。ここでは森林の公益的機能と県産材の利用について話した。そして、尾瀬国体のロイヤルボックスは県産の杉でつくられていて秋篠宮が注目されたことにも触れた。

(元気のある成熟社会の実現を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月22日 (水)

サンパウロ州議会議長から便り

便りの内容は、本年4月に日本を訪ねるが、その際、群馬県議会の見学をスケジュールに盛り込みたいので都合を知らせて欲しいというもの。そして、日程は、4月14日にブラジルを出発し、16日に日本到着、23日帰途につく予定とある。

 私は、昨年8月南米各国の群馬県人会記念式典に出席した際、サンパウロ州議会を訪ねたときのことを思い出した。私たちを迎えてくれたのは、弱冠31歳のガルシエ議長だった。その時、ガルシエ氏は、日本のことをもっと知りたいと発言、私は、日本とブラジルは今後ますます良い関係を発展させなければならないからお互い情報を交換したいと提案、二人は固い握手を交わしたのであった。

 私は、あの時、暖かいもてなしを受けたことに対するお返しとして遠来の客を心からもてなすことは当然として、多くの群馬県出身の移民とその子孫のためにもガルシエ議長一行を心から歓待したいと思う。

 県民の皆様にも理解して頂くために、サンパウロのことに少し触れたい。サンパウロは、ブラジル最大の都市で人口は1,100万をこえ東京と同じ規模である。都市の名にカトリックの聖人パウロの名が付けられていることからもわかるように宗教はカトリックである。

 ブラジルといえばすぐに移民を連想するほど、ブラジルは日本から多くの移民を受け入れてきた国である。ブラジルの日系人は約140万人で、そのうち100万人がサンパウロ州に住むという。そして、現在、サンパウロ出身の多くの日系人が群馬で働いている。ブラジル、そしてサンパウロと群馬の関係は今後ますます重要となる。ガルシエ議長来県を機に、絆を一層強めていきたいと思う。

 サンパウロ州議会では、議員数は94人で、その中には11人の女性議員がいるとのこ

とであった。ガルシエ議長には、県議会の仕組みや働きを説明したいと思う。

 インターネットの時代なので、日本の動きはリアルタイムで地球の反対側に届いている。ホリエモンのこと、皇室をめぐる話題などをサンパウロの人々はどう受け止めているのかも興味あることだ。議長たちは、県庁舎から見る上毛の山々は美しいと思うだろうが見下ろす利根川については、大河を見慣れていることから、その小ささに驚くかも知れない。

(群馬からのブラジル移民の活躍を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月21日 (火)

尾瀬国体・秋篠宮に随従して(続)

  秋篠宮の二泊目は岩鞍リゾートホテルである。殿下はここに午後4時30分に御着きになった。先導は、尾瀬開発社長の星野寛氏で、この人は同僚の県会議員である。私の部屋は3階であるが、窓を開けると、夕闇迫る雪の斜面を若い人たちが軽快に滑っている。やがてライトが灯り白銀の世界が周囲の闇から抜け出すように浮き上がった。

 翌朝未明、窓の下から、慌しく動く人々の気配が伝わってきた。午前9時、殿下と私たちは3台の雪上車で雪の急斜面を登る。タイヤを外して、その位置にキャタピラをつけた雪上車は雪をにぎり締めるようにガクガクと進み中腹のロイヤルボックスに着いた。

 ロイヤルボックスは、木の香も快い県産の杉でつくられ、一面のガラスを通して、ジャイアントスラロームの競技の舞台が一望できる。右手上方の遥かな高みから豆粒のような人陰が飛び出し右に左に巧に旗の棒をかすめながら目の前に躍り出て矢のように走り下っていく。殿下は、スキー連盟副会長の説明をうなずきながらお聞きになり、質問もされておられた。

 次は、コンバインドジャンプの会場へ移った。同じようなロイヤルボックスが用意されていて、そこから見上げる高い位置にジャンプ台が設けられ、合図の音と共に、選手は急角度の斜面を滑り、やがて鳥のように宙に舞う。手を広げて着地した細い身体が風に乗って流れる若葉のように白銀の上を動く。殿下は身を乗り出すようにしてご覧になっておられた。

 午前中は陽光が雪の尾根を照らしていたが、午後は、空模様が一変した。午後12時30分、殿下が出発される時、見送りの列から外を見ると横なぐりの雪の粒が灰色の空間を埋め尽くしていた。山の上では、この雪の中で激しい戦いが繰り広げられている。雪の戦場を後にされる殿下を見送るにふさわしい光景かと思われた。

 上毛高原駅の構内は、出迎えの時よりも多くの人が見送りに来ているようであった。午後2時22分、登りの列車は静かに停止し、殿下は車中の人となられた。列車が視界から消えるとき紀子さまの無事なご出産を祈った。

殿下が人々に接した様子とそれに応じた県民の姿を振り返って、象徴天皇制は日本の文化として人々の心の中に深く根づいていることを感じた。

(尾瀬国体が県民に感動を与えることを願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月20日 (月)

尾瀬国体・秋篠宮に随従して

殿下に終日随従して、学問好きで優しい人柄に接することが出来た。

「尾瀬高校で」。校長は「日本で始めての自然環境学科です」といって、自然との取り組みを説明した。続いて行なわれた生徒の発表に殿下は熱心に耳を傾けられた。そして「卒業後の進路は」、「昆虫を捕らえる罠には何か誘うものをおくのですか」、「サンショウウオの体に取り付ける機器の大きさは」などと質問がなされ、生徒はやや緊張気味に答えていた。

「片品村役場の昼食会」。殿下の隣りに知事が座り、殿下の正面に森前総理と私が座る。いろいろと話が弾んだ。二人のお子様のことが話題になったとき、私が殿下に訪ねた。

「今の子は家で勉強しないといわれますが、お嬢さまはどうですか」

「ゆとり教育といわれますが、私の子どものころよりやっています」殿下は笑いながら答えられた。ここから、しばしゆとり教育の是非に話が及んだ。そして、殿下は、ニワトリの家畜化の起源のことや、世界のナマズの種類は何千種あるとか、多方面にわたる博識ぶりを示された。

「片品中学校で開会式」

 全国の選手団が入場、打ち上げられた花火の音は、まわりの雪の嶺嶺にこだましながら響き渡った。小寺知事が開会宣言、森体協会長の挨拶、私が県議会を代表して歓迎の挨拶、そして、殿下が祝辞をお述べになった。殿下は、その中で、「皆さんにお会いできて嬉しく思います。多くの人に愛される尾瀬のように、いつまでも人々の心に残る大会になることを願います」と申されていた。

「武尊根小学校で体験学習をご視察」

 木造の体育館では、小学生がグループにわかれ、竹とんぼや竹馬づくりに取り組んでいた。殿下は、ナイフを持つ可愛い手もとを見詰めながら、「何年生ですか」、「左右同じ厚さに削るのが難しいですね」、「竹はこの当たりでとれますか」などと熱心にたずねておられた。

 最後の見学の場面はおやき作りであった。うどん粉をねって、小さい玉にちぎり、中にねぎなどの野菜を味噌に混ぜたものを入れて囲炉裏で焼いている。炉には炭が赤く燃え天井から伸びる自在鉤(かぎ)にかかった鍋の上で、こんがり焦げたおやきがおいしそうだった。殿下に質問された村のおばさんが、「昔からこうするんさあね」と地元の言葉で答えていた。

 一歩先に外へ出てお待ちしているが殿下はなかなか出てこられない。御用係が近づいてそっと話した。「殿下は、子供たちに進められておやきを召し上がっておられます」

 今日の小学校は総合的学習の時間であった。子供たちにとって、生涯の思い出になる体験となったことだろう。また、皇族と親しく接した体験を歴史や社会の勉強につなげて欲しい。総合的学習の時間の狙いは素晴らしいが、一般的にはなかなかうまくいっていない。

 私が総合的学習のことを口にしたら、殿下は、「他に総合的学習はどのようなことをやっていますか」と校長にたずねておられた。

 夕方岩鞍リゾートホテルに向かう。山々に囲まれた片品の村はまだ厚い雪に覆われている。辻々に立って日の丸の小旗を振る人々の表情は明るかった。

(尾瀬国体の成功を祈って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秋篠宮様を迎えて」(19日その2)

 18日、午後3時13分、列車は定刻に予定位置に静かに正確に停止した。ホームにお立ちになった殿下を小寺知事と私は出迎えて自己紹介した。長身、ロマンスグレーの頭髪、鼻の下にヒゲをたくわえられた殿下は優しげな笑顔で応じられた。隣りに紀子様がおられないのが残念。秋篠宮御夫妻は、二人おそろいになってこの上ない雰囲気をつくられることを感じた。これは、他の皇族についても同じ。皇室において妃殿下の果たされる役割の大きさを思う。そして今大きな話題になっている皇室典範改正の行方、紀子様の御懐妊のこと、愛子さま、雅子さまのことなどが頭に浮かんだ。

 天気は晴れ、青空の下、谷川岳の白い偉容は神々しいばかりに迫って見え、殿下を静かに迎えているようであった。宿舎である老神温泉の紫翠亭やまぐちに至る沿道には日の丸の小旗を振る多くの住民の姿があった。その一人一人の笑顔を見て、皇室に対する自然な温かい国民感情を感じた。象徴天皇制は深くしっかり定着しているのだ。

 女帝をめぐり皇室のあり方が大きく議論されている折だから知識を整理しておくことが良いだろう。天皇陛下には三人のお子様がおられ、それは、皇太子さま、この度の秋篠宮さま、最近黒田さんとご結婚された清子さまである。皇位継承の順位は、皇太子が1位、秋篠宮さまが2位、3位は、天皇の弟君である常陸宮さまである。皇室典範がいわれている通りに改正されれば、愛子さまが2位となり秋篠宮さまは3位になられる。

 この日、片品村で行なわれた群馬県選手団結団式に臨み激励の挨拶をした。選手団の56人の表情は緊張し、中には不安の色を浮かべている女子選手もみられる。トリノのことも、緊張をあおる一要素に違いない。

「皆さんを前にして、私は剣豪宮本武蔵が試合に臨む姿を想像します。武蔵の胸にも不安や緊張があったに違いありません。彼は、前日から試合は始まっていると考え、地の利を計算にいれ、心を整えていました。イメージトレーニングを冷静に行なったことでしょう。皆さんも同じだと思います。緊張と不安は当然です。そして普段の力を発揮すれば結果は自ずとついてきます」私は選手の表情に引き込まれて話した。大会のスローガンは「輝く君を見たい」であるが、輝く姿の陰には現代っ子の少年たちの長い苦闘の過程があることを知ってやりたい。

(選手の活躍が多くの若者に夢と感動を与えることを願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月19日 (日)

重粒子線によるガン治療の効果。ガンが恐くない時代が到来か(19日その1)

私は妻を癌で亡くして20数年になる。癌に対する人々の対応の仕方は大きく変わった。かつては本人に告知するかどうかが大きな問題であったが、今日では告知は通常のことになったと思われる。本人に隠して最善の治療は出来ないことを考えれば、告知は当然のことであるが、これには、治療の技術が向上し癌に対する恐怖が和らいできたこととも関係することであろう。

 重粒子線治療は、最先端の技術である。多くの人から詳しく知りたいという要望があった。重粒子線とは重い質量からなる放射線のことで、軽い粒子線と比べ病巣のみを正確にたたき、痛みと副作用がなく効果が大だという。

 国は昭和59年から「対癌10ヵ年総合戦略」の一環として、世界初の医療用重粒子線癌治療装置の建設を開始し、平成5年に完成した。そして、平成6年から臨床試験を開始、平成17年3月までに2千名以上に適用、その結果により、平成15年11月より高度先進医療として実施。現在、重粒子線癌治療の普及に向けて装置小型化の研究開発に取り組んでいる。肺癌、前立腺癌、頭頚部の癌、骨・軟部組織の癌等に顕著な効果をあげているという。なお年間660人位の治療を考えているともいわれる。

 治療期間は、部位状態によって異なるが1~4週間、治療費は自己負担分で314万円。将来は保険の適用が可能になるだろうともいわれている。

 小寺知事は、2月定例会初日の発言で、「県民が最先端の癌治療を受けられるよう群馬大学と共同で国内3番目となる重粒子線癌治療施設を設置することにいたしました」と述べた。

2月議会の5つの柱」

 知事は「景気の回復をすみずみまで」、「弱者を守る」、「群馬の未来を拓く」、「平成の大合併」、「行財政改革」の5つの柱を立てたと説明した。そして、医療は「弱者を守る」という柱の中の一つと位置づけ、小児科医、産婦人科の不足対策をかかげるとともに、最先端医療として「重粒子線」を進める方針を打ち出したのである。

 2月議会の本会議における一般質問は24日から始まる。その要点は、本欄で逐次取り上げたいと思う。

(群馬県議会の活性化を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月18日 (土)

旅館団体の新年会で重粒子線の話(16日)

2月も半ばを過ぎたのにまだ新年会がある。群馬県旅館ホテル生活衛生同業組合の理事長は友人の入内島氏。この人は群馬の観光に理想と情熱を持つ人である。来賓として、知事、県会議長、自民党政調会長の南波県議、鈴木群大学長が挨拶した。

鈴木氏は、かつて、入内島氏と共に私を訪ねた折、群大に観光学科をつくる夢を語っておられた人。この日も、観光を大切な文化と位置づけて話しておられた。また、挨拶の中で、次のように、重粒子線ガン治療に触れた点が注目された。「今年は、治療施設が着工し、平成21年には実際に治療が始まります。家族と一緒に宿泊し、安心して、ゴルフを楽しみながら治療が受けられます」

群大付属病院で重粒子線によるがん治療が始まれば、日本各地はおろか世界から患者が押しかけ旅館業と観光業の発展に結びつくことが期待される。重粒子線ガン治療は、個人負担として約300万円。肺癌や前立腺癌によく効く等言われるが詳細は明日の日記で紹介する予定である。

「群馬県交通安全大会に出る」(16日)

笠懸町の文化ホールで行なわれた。群馬県交通対策協議会会長は小寺知事であるが、この日は高木副知事が代表で挨拶。来賓は議長の私が代表して挨拶した。多くの民間の団体と個人が表彰された。

「高齢者の交通被害が増えています。安全な交通を実現するためには社会全体が力を合わせなければなりませんが、特に民間の人々の協力が不可欠です」と私は挨拶した。

 ここに平成17年の群馬県の交通事故発生状況を報告したい。交通事件発生件数は

23,485。これは、人口10万人当たりで全国2位である。死者は152で、その約半数は歩行者と自転車乗車中の者。また、その多くが高齢者である。道路別では、市町村道における人身事故が4割強を占める。曜日別では、金曜日の発生が多く日曜日は少ない。

 一般に、日本人の遵法意識は低下し道徳心も薄れている。最近の目に余る欺し合いの世相は、このことを物語る。法令に違反して引き起こす事故は犯罪であることをしっかりと認識すべきだ。新設の危険運転致死傷罪の適用で懲役20年という判決が最近あった。子どもたちにとって、交通道徳は生きる力の一部であり、それを教えることは学校の責任である。

(安全な交通社会の実現を願って。読者に感謝)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年2月17日 (金)

2月議会始まる

県議会が大きな変革期を迎えており、議会改革が進められている。このことは、全国の都道府県議会でも一つの流れになっており、先日の全国議長会役員会でも大きな話題となっていた。

 本県では、昨年、議会史に残る対面演壇による一問一答の質疑応答がスタートした。質問する人、答える人がそれぞれ相手の顔を見詰めながらやり取りする。そこでは、形だけでない真剣勝負が期待されるのである。

 2月議会では、更に一歩前進の工夫が行なわれる。それは、本会議で一般質問に立つ各議員に一名ずつ議会事務局の職員を配置するもの。

 国会議員には政策秘書が認められており、資料収集や政策立案の補助に当たっている。県会議員が県民の負託にこたえて十分な働きをするためには、国会同様の政策秘書を認めるべきだという意見は以前から出されており先日の議長会役員会では、やはり、このことも話に出た。誰もが必要性は認めるものの実現が難しいのは多くの費用がかかるからである。

 本県における今回の試みは、先日の議会運営委員会で松沢県議が提案したものである。直ちに実現に踏み切れたのは、アイディアが素晴らしいことと同時に予算措置が不要だからである。迅速に行動した議会事務局長の判断も評価したい。

 この試みは、私も同様なことを考えていたのであるが大きな可能性を秘めていると考える。配置された事務局職員は、初めてのことであり戸惑うかもしれないが、真剣に勉強することによって任務を果たして欲しい。そして経験を蓄積し、議会事務局の職員としての新たな伝統を築いて欲しい。

 議会事務局の職員は、本来、知事部局の県職員とは違って、知事とは独立した議会に奉仕する役目を担っている。今回のことは、従来の馴れ合いを打破して、真の議会活性化の道を開くための試みであり、その成否は職員の自覚とこれを使いこなす議員の覚悟と見識にかかっている。

 地方分権の時代が待ったなしで進む。真の民主主義を実現するために、県民と密接につながる議員と議会の役割は極めて大である。しかし、知事には数千の部下がいるのと比べ議会を支える職員は少ない。しかし、知恵と工夫で議会の役割を果たすことは不可能ではない。全国に誇れる生き生きとした県議会を実現したい。その一歩が始まる。

(県議会の新の活性化を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月16日 (木)

知事が議長室を訪ねる。懸案につき対談(15日)

知事の目的は、議員定数と区割りに関する条例案の件である。2月議会には、議会案、知事案の二つが上程されようとしている。知事案については、先日、この欄で「議会が自主的に決めること。そして、議会の役割は何かという本質論に基づいて判断されるべきである。従って知事の提案は理解できない」と述べたばかりである。

 知事の話のポイントは二つあった。一つは議会提出の条例案が本会議にいきなり出され、それに関する審議もなされないまま議決されるなら県民によく分からないので、それは良くないことではないか。二つは、この問題を議会代表と知事の公開討論によって県民に知らせたいということであった。

 第一の点については、実は、議会側では、既に、私から自民党幹事長に話して各会派と調整を進めてもらっていた。議会の審議に関しては、知事から提案されてその進め方を決めるというようなことは適切ではないのである。

 結論をいえば、この条例案につき、本会議で審議され、その後、委員会にも負託される。通常の議案と同様に扱うことに決めていたのである。

 二つ目のテレビ討論については、議会の役割と知事、議長(私が討論にでるとして)の立場を考えねばならない。議会は他からの影響を受けることなく自由に審議して結論を出すことに本質がある。そして議長は議会における調整であり、知事は、議会の審議過程に口を出すことなく、それを尊重しなくてはならない。従って、議会の審議が進んでいる最中に知事と私がテレビで公開討論を行なうことは、議会審議に実質的な影響を与える恐れがあり、又、そうでないとしても、議会軽視ということになって好ましくないと考えられるのである。

 知事との対話で、第一の点は直接はなしたが、第二の点は、対談では触れずその後関係者と協議した。そして、第一、第二の点とも、記者会見で詳しく説明したのである。

 なお、議会終了後なら、知事と私がテレビで予算のことも含めて、県民に向けて対談することは良いことだと記者会見で発言した。

 この日の午後、上京して議長会の役員会に出席した。12の県の議長が出席。座長は大森東大名誉教授。私は、議会が十分に役割を果たすためには、議会事務局のスタッフを充実させて議会が条例案をつくれるようにしなくてはならないと発言した。各々の県では議会の立場を強めるための努力がなされていることを感じた。

(議会が真の活性化を目指して大きく成長することを願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月15日 (水)

満月の大洗海岸を走る(13日)

茨城県で妻と出席する会合があって、太平洋の岸辺のホテルに泊まった。運動靴が用意してあったので、夜海岸を走った。満月の青い光が、静かに寄せて白く砕ける波頭を照らす。遠くの暗い海面では赤い漁船の灯がゆっくりと動いている。ザザーと岸を洗う波の音とヒタヒタと土を踏む靴の音だけの静けさの中で、今日も走れたという小さな満足感が胸に湧いた。

毎日少し走っている。走ることは心の力を養う。いつも心の中のハードルを飛びこして走る。その気力は、日常の種々のハードルに立ち向かう心のエネルギーの小さな養分だ。

 朝6時半、9階の風呂から、朝もやの中に昇る真赤な朝日を見た。久しぶりの光景に神秘さを感じた。昔の人は太陽の力を生きるための根源的なものと思っていたに違いない。太陽によって農耕が左右され、農作物の出来不出来は即人間の生存を左右したからだ。現代人は太陽の力を忘れて生きている。そこには、科学への過信と人間の傲慢さがある。太陽の力、太陽の偉大さを正しく理解することの大切さを思った。

 「幕末と明治の博物館を訪ねた」(14日)

 博物館は、ホテルから数分の静かな森の中にあった。私たちの他は人影もない館内の一角には、幕末に命をかけた志士たちの熱い思いが立ち込めているように感じられた。中でも、万延元年(1860年)の桜田門外の変については、雪の中で、大老井伊直弼を襲う場面を描いた大きな絵がかかげられ、解説では、わずか数分で終わったこの出来事は幕府の権威を失墜させたと語られていた。安政の大獄で斬られた吉田松陰の像と書も近くにあったが、その30歳の死の鮮やかさに圧倒されるものを感じた。

 別のコーナーでは、山岡鉄舟、勝海舟、大久保利通、西郷隆盛らの書が展示されていた。書は人を現すというが、それぞれの筆の動きは激しく生きた人生を時の流れを越え静かに語りかけているようであった。

 今日の歴史教育が子どもたちの興味を引かないものになっているのは憂うべきことである。私は、近現代史がよく教えられていない現実を指摘してきたが、教え方も含め一層の研究がなされるべきものと思う。

 日本という国のために命をかけた若者たちの熱い鼓動が感じられた一時であった。

(県民が歴史から大切なことを学ぶことを願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月14日 (火)

新型インフルエンザの恐怖(2)

コロンブスの新大陸発見後、スペイン人は残虐の限りを尽くして原住民を殺したとされるが、持ち込まれたインフルエンザにかかって死んだ人も非常に多かったらしい。江戸末期のアメリカ風邪も外国との接触によってもたらされたインフルエンザだとされる。

 20世紀最大の流行は、第一次大戦のさ中、ヨーロッパの連合軍の中から始まった。これは、世界戦争という特殊な状況下でまたたく間に世界に広がり、2、3ヶ月の間に世界人口の約半数が罹患しついには死者が2千万人に達した。この時は、我が国でも2300万人の患者と39万人の死者を出した。

 新型インフルエンザ出現の危険性が高まっているといわれる現在、気がかりなのは、抗インフルエンザ薬タミフルの動向である。日本はタミフルの最大使用国で使用量は世界需要の約7割を占める。現在、スイスの製薬会社ロシュが独占して製造し中外製薬は代理店となっている。

 ところでタミフルは世界的に需要が急増しており、新型インフルエンザが大流行した場合、現在のように輸入に頼っていては時間がかかり深刻な事態に対応出来ないが、国内で製造できれば、短時間で供給量を増やせる。

 ことは国民の生命にかかわることである。厚生労働省の強い要望もあって、この程、中外製薬は国内で生産する方針を固めた。設備を整えて早ければ2年後に生産を開始するという。

「ウィルス無害化システムの開発」

 過日、衛生環境研究所の小澤所長が議長室を訪ねられ、ウィルスを無害化する画期的なシステムを説明して下さった。これは、三洋電機と衛環研が共同開発したもので、水を電気分解して出来る電解水を含むフィルターに空気を通過させることにより、99%の浮遊ウィルスを無害化できるという。インフルエンザの流行が心配される状況下、この設備を病院、学校などの人の集まる所に設置することによりウィルスが広がるのを防ぐ効果が期待できる。産学官共同の成果である。

(県民が力を合わせウィルスと闘うことを祈って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月13日 (月)

新型インフルエンザの恐怖(1)

現在新型インフルエンザが出現する危険性が高まっているといわれる。県は、その対策として、タミフルを備蓄するために、18年度予算に1億8千万円を計上する。

 新型インフルエンザは、初めてこの世に出現するものであるから、ほとんどの人が免疫を持っていないために大変な被害を起こす。これまで、10年から40年の周期で世界的な流行を起こしてきたが、今日の世界は人の交流が激しくなっているから一度どこかの国で発生すると、またたく間に世界に広がることが予想される。過去の例において想像を絶する人命が失われた。身を守るためには、的確な知識と情報が必要なので、この欄で取り上げることにした。

 最近、鳥インフルエンザが各地で発生し、大量の鶏が処分されるニュースが伝えられる。東南アジアではこの鳥インフルエンザが人に感染した例が報告され、それが拡大する状況であるといわれる。この段階ではまた「新型」ではない。鳥からヒトに感染したものがヒトの中で変異して、ヒトからヒトへ感染するようになったものが新型インフルエンザである。

 新型インフルエンザが流行した場合の群馬県の被害につき、県の保健予防課は、次のように推計している。感染者数50万人、死亡者数1678人、外来患者数264670人、入院患者数6746人。

 この新型インフルエンザに効果があるとされる薬がタミフルである。厚生労働省は、各県に人口の8.3%のタミフル備蓄を求めている。群馬県は、人口200万人として16万6千人分(必要費3億6520万円)を18年度、19年度で備蓄しようとしている。

 なお、患者一人当たりの必要量は、1日2カプセルで5日分、つまり10カプセルである。そして、1カプセルの値段は220円とか。

 調達の仕組みは、県が国に申し込み、国が中外製薬に発注し、中外製薬から県に渡される。薬の保管は、心臓血管病院、保健予防課内等でなされる。なお、インフルエンザ発生の歴史、中外製薬の対応等は、明日の日記に書く。

(県民の健康を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月12日 (日)

教育界の激しい動き

 学力の低下が懸念され、学ぶ意欲も落ちてきているといわれ、また、不適格な教師が指摘され、文科省の方針も揺れる等、教育界は激震に見舞われている。このような中で、教師たちにもいろいろな動きが出ている。先日も、「日記」で触れた学習塾との連携もその一つである。これなどは、私が昔、塾で教えていたころには、夢にも考えられなかった変化である。

 塾や予備校は激しい競争にさらされ、その上確かな生活の保障がないから経営者も教壇に立つ講師も真剣である。これまで、公立校の先生たちと話し合う機会が何度かあったが、生ぬるさを感じることがあった。現場の教室を見て、生きている授業と死んでいる授業があることも実感した。校長は、良い授業づくりについて責任があるから教室に出向いて共に授業づくりに取り組むべきだと私は提案し、実行されているとの報告もあるが、どこまで効果を上げているだろうか。

 公立学校の先生たちが自主的に授業の進め方を研究している会があり、先日見させてもらった。一人の先生が模擬授業をする。他の10数人の先生は生徒である。

「意見を言って下さい」、ハイと手を上げて生徒が答える。「うん、それはいいね、科学者の目だよ」。リーダーがいて、その誉め方はいいとか、それでは駄目だとか厳しく指摘する。そんなやり方では、授業は混乱するとか、はたで見ていて気の毒になるほどやり込められる場面もある。後で聞くと、あそこで恥をかかされることが、非常に良い体験になるという。教育委員会は、研修所で研修させるシステムをもっているが、このような自主的な研究をサポートすることも大切だと思う。

翌日、私は、このグループの一人の先生の教室を訪ねた。小3の国語の授業であったが、前日の研修が生かされたきびきびとした雰囲気であった。

文科省は、これから、「ゆとり」を転換して「言葉の力」を中心に据えるという。国語が重視されることは賛成だ。見守っていきたい。

(生きた授業の発展を願って。読者に感謝)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年2月11日 (土)

今週の重要な大会を振り返る

  群馬県統計大会に出る (前橋市民文化会館)群馬県統計協会長は小寺知事である。長年統計調査に携わった多くの人々が表彰を受けた。また、統計グラフコンクールに参加した子どもたちの入賞者表彰もあった。

 統計の重要性を知ってもらうために私の挨拶の重点を紹介する。「政治や行政の目的は県民の幸せを実現することですが、現実を正しくつかまなければ的確な政策を打ち出すことが出来ません。統計はそのために重要な資料です。統計調査には県民の理解と協力が必要ですが、コンクールは、そのために大いに役立ったと思います」

 コンクールの受賞者として呼ばれ、背丈が先輩の半分もない、スーツを着た可愛い小学1年生の男の子が登壇した時、会場にどっと温かいどよめきが起きた。

 群馬県スポーツ賞顕彰式で挨拶。県庁昭和庁舎正庁の間で行なわれた。ここでは、スポーツの大切さ、受賞の意義について話した。

 多くの逞しい少年たちが会場を埋めていた。呼ばれて立ち上がる少年たちの中に奇声を上げて返事をする者がいた。聾学校の少年らしいと気付いた。注意して会場を見ると車イスの人もいる。養護学校の生徒もいた。私は感激して演壇に立った。「ハンディを持った方も、その他の人も、苦しいトレーニングを乗り越えての受賞で、感激はひとしおでありましょう。昔は文武両道を理想としましたが、武に当たるものが今日のスポーツだと思います。物が豊かになり、非常に便利な世の中になりましたが人間のパワーが落ちているともいわれます。従いまして、スポーツを通して、苦しさに耐えることを学び、心と身体をきたえることは何よりも大切なことです。皆さんの受賞は、多くの仲間に波及して良い効果を生むでしょう。また、多くの人がスポーツの大切さを認識し、スポーツの輪が広がれば、県民の健康の増進にもつながります」

 生き生きとした少年たちの姿は限りなく頼もしい。とかく弱さを批判される現代の若者に秘められた可能性を発見した思いがした。

(逞しい少年たちの明るい未来を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月10日 (金)

女系天皇と女性天皇

  新聞、テレビでこの問題が出ない日はない。そこへ紀子さまご懐妊のニュースが重なったから一層にぎやかになった。今月、19日に始まる尾瀬国体に秋篠宮さまと紀子さまがご出席の予定と知れば、群馬県人は、この皇室のニュースを一層身近に感じることだろう。

ところで、女性天皇は分かるが女系天皇というのは分からないという人が多いらしい。現在の皇室典範は、このどちらも認めないが、改正案は、両方を認めようとしている。これに対し、女性天皇は歴史上に例があるが、女系天皇は一つも例がないということで、これを認めることは連綿と続いた皇室の歴史を変えるものだから認めるべきではないという反対論がある。

 女性天皇と女系天皇を認める典範に立って考えてみる。現在の皇太子が将来天皇になられ、その次に愛子さまが皇位につかれた場合、女性天皇の誕生であるが、これは男系天皇である。愛子女帝は父である男性天皇と直接つながっているからである。このような男系の女性天皇は史上8人おられる。問題は、愛子さまが御結婚されてお生まれになった子が皇位につく場合、それは女性の天皇に直接つながる天皇なので、これを女系天皇という。このような例は長い皇室の歴史に一例もないというのだ。飛鳥時代の推古天皇を初めとする8人の女性天皇は、それぞれ一代限りで、その子が帝位を継ぐということはなかったのである。

 天皇陛下のいとこにあたる寛仁さまが心配して語るところによれば、女系天皇を容認すれば、女性天皇が皇室外の男性と結婚しそこで生れた子が女帝となりまた皇室外の男性と結婚し、次々と同じことが繰り返されれば、皇室の家系は民間と変わらなくなってしまうという。しかし、ここまでこだわるのかという意見もあるだろう。ワシントンポストなどは、「世界最古の男性支配の皇室」と表明している。

 これからの天皇制は、国民の支持と理解がなければなりたたない。私たち国民は、正しい知識を得て大いに議論すべきだ。

 今国会で皇室典範の改正を実現させようという動きに、紀子さまの懐妊は待ったをかけた形になった。お腹の子の性別は間もなく分かるというが、国民がしばらく冷静に考えるためにも、男子か女子かの判別は、コウノトリが運んでくるまで待った方が良いのではなかろうか。

 学校の授業でも天皇制を教える良い機会である。神話の天照大御神、3世紀邪馬台国の卑弥呼も女性だった。

(紀子さまの無事出産を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 9日 (木)

紀子さまの御懐妊の意味

  女帝、女系天皇をめぐり議論が沸騰しているさ中に、秋篠宮紀子さまが懐妊されたことがわかり、号外まで出た。この慶事の意味を、今、国会でも議論されている天皇制の問題と関連づけて理解することは、国民として非常に重要なことだと思う。なお、秋篠宮同妃両殿下は、19日から始まる国民体育大会冬季大会(尾瀬国体)に臨席される予定である。私は議長として日程に関わることになっているが、妃殿下がいかがなされるか気がかりである。

 古代から連綿と続いてきた天皇制は、世界に誇る日本の文化であり、日本人を精神的に支える基盤になっている。世襲制は民主主義と矛盾するのではないかという人がいるが、天皇に関しては憲法が正面から認めている例外なのであって、象徴天皇は国民の支持を得て定着している。

 今問題となっていることは、皇室典範という法律が、皇位は男系の男子が継承すると定めているために、可能性を有する男子が少ない現在、皇位の継続が途絶えてしまう恐れがあるので、皇室典範を改正し女帝を認めようとしていることである。憲法の改正は極めて難しいが皇室典範は普通の法律だから改正は国会の通常の議決でできる。小泉首相は今国会で改正しようとしているが、もっと慎重に議論を尽くせという反対論も多い。

 紀子さまの懐妊でお腹の子が男子であれば、急いで皇室典範を改正する必要はないとして慎重派が勢いをつけている。男子を望む声は強いが皇室の女性の心を考えるならプレッシャーとなるような要求は慎むべきではないか。

 雅子さまの御様子を見ていると何が原因かは分からないが気の毒になる。このような状況が続けば、将来皇室に嫁ぐ女性はいなくなり、結果として皇位の継承が難しくなることも懸念される。この点からも女帝を早く認め寛容な心で皇室を見守ることが大切ではないか。

 紀子さまは、懐妊されたために、19日の尾瀬国体には臨席されないかも知れない。しかし、仮に欠席だとしても群馬の国体の歴史に残る慶事として歓迎すべきでないか。そのような気持ちで、私は、秋篠宮殿下をお迎えしたいと思う。

(男女にかかわらず、無事な御出産を願って。読者に感謝)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年2月 8日 (水)

知事の提案は理解できない

 条例で定める現在の県議会の議員定数は56である。この定数をどのように改めるかをめぐって、県議会は、議会改革検討委員会で議論してきた。この問題は議員の身分に深く関わることだけに、各会派や政策を研究するグループなどで真剣に議論されてきたのである。私の知る限りでも「合併によって変化し、また高齢化や過疎が進む郡部の民意が反映されなくなると困る」とか「自分の立場にとらわれた議論をしていてはまとまらない」といった切実な意見が出されてきた。検討委員会では、これらの議論を踏まえ、さらに

いろいろな角度から審議が進められたのである。そして、議会の大筋は6議席減らして50議席とする方向でまとまりつつある。ここに至って、知事の45議席案が表明された。

 私は二つの理由で知事の提案に疑問を抱く。一つは、議会の自主性を軽視するのではないかということである。議席数は、議員の身分だけでなく議会の権能に関わることだから、何よりも議会の自主性が尊重されなくてはならない。そして、議会の結論がまだ決まっていない現段階で知事独自の提案を出すことは、議会の審議の過程を無視するものではなかろうか。民主主義の本質は審議の過程を重視するところにある。

 二つ目は、新聞報道で見る限りでは、知事が理由としてあげる、「市町村の数が39に」、「市町村議員数が3-4割」、「県職員数が17%」、それぞれ減少する、という点は、県会議員の定数を考える際の本質論ではない。むしろ、行政改革、コスト削減論と同列に考えているものと思われる。(コスト削減の観点も重要だが先ず本質論である)

 では、その本質論とは何か。多様化している住民意思を反映させて、執行部に対するチェック機能、監視機能を果たすことが出来る議員数はどうあるべきか、ということである。そして、地方分権が進み、県議会の役割が歴史的に大きくなっていることを踏まえて、このことを考えねばならない。その上で、経費、つまりコストの削減も検討すべきである。

 憲法は、地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置すると定める(93条)。これは、地方自治の中核として、憲法が議会をいかに重視しているかを示すものだ。分権型社会が本格化する中で、憲法のこの規定が光ってきた。しかし、個々の議員が頑張らないと、経費削減のために数を減らせと、本質論がすりかえられてしまう。知事の提案を議会活性化のための警鐘と受け止めたい。

(議会の真の活性化を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 7日 (火)

フリーター・ニート対策は焦眉(しょうび)の急

平成16年の全国のフリーターは213万人、ニートは64万人とされる(労働経済白書)。因みに、本県の平成16年の推計数は、フリーター約3万人、ニート約7千人である。この数字は今後更に増えるに違いない。35歳以上のフリーターが21年には200万人を超えるという試算もある。少子化が進む中でのこの減少には、日本が崩れてゆくような不気味さを感じる。つまり、このような状況が続けば産業界は競争力と生産性を低下させ、社会保障は維持が難しくなり、若者は結婚して子どもを育てることが困難になるから少子化は一層深刻になるだろう。そして、将来、国連が予測するような大量の移民受け入れという事態にもなりかねない。打開のためには、官民一体となった総合的な人材対策が必要である。

そこで、国は、「若者自立・挑戦プラン」を立て、人材対策の強化を通じ、やる気のある若年者の職業的自立を促進し、もって若年失業者の増加傾向を転換させることを目指すことになった。(平成15年6月10日)

また、産業界は、若年者の雇用促進・人材育成のため、国の施策に積極的に協力する意思を表明した。(日本経団連、日本商工会議所の共同宣言。(平成15年5月13日)。これは、企業の社会的使命を認識した結果である。(最近の偽装建築のような自己主義な企業は自滅を免れない)

このような状況を背景にした本県の取り組みに注目して欲しい。本県は、若者就職支援事業を始めた(平成16年度)。これは予想以上の成果を上げ18年度も続ける。主な業務として就職支援センターを設け、企業の実情に通じた多くの相談員を置いて若者の相談に応じている。新たな試みとしてインターンシップ(就職体験)やトライアル雇用(ためし雇用)がある。これらは、若者に、就職の適性を判断する機会を与え、早期の離転職を防ぐ効果もねらうもの。その他センターは、必要な情報提供、助言、指導、関係者間の調整等を図る。多くの若者が相談を受け、そして就職した。

県は、若者就職支援センターとして3つの拠点を設けている。それは、若者が多数集まる高崎市に中心センター(高崎市旭町34‐5。駅西口旭町ビル)を、そして、東毛サテライト(桐生市本町6丁目372番地2・本町6丁目団地1F)及び、北毛サテライト(沼田市下之888・グリーンベル21)である。若者よ、ここを捜して近づくだけの意欲を先ず示してくれ。長い人生を無駄にしないために。

(若者を励まして活力ある社会をつくろう。読者に感謝。深夜、窓の下で散歩を待つナナの気配が。今日も書いた。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 6日 (月)

少子化の先にあるもの。移民の受け入れは?

将来多くの移民を受け入れる時代が来るかもしれないと書いたら、そんなことがあるのかと心配する人がいた。目まぐるしく変化してゆく時代にあって、民主主義の社会を支える市民として日頃から関心をもっていなければならないことがある。少子化に関する問題はその一つである。

なぜならこれは、現在及び将来の日本をどういう国にするかということに関わる重要なことだからだ。そこで、少子化の問題を人口減少と移民に関連付けて考えてみたい。

日本は明らかに人口減少に転じた。本県人口も2005年(平成17年)調査で、前年比970人減少となった。国立の研究機関の推計では、日本の人口は、2050年には1億59万人に減るという。(民間の調査機関は、8千万人台になると推計するところもある。現在の日本の人口は、1億2千7百万人。― 平成12年)

一方世界全体の人口はこれからも増加すると見られ、現在の64億6千万人が、2050年には、90億7千万人になると推計されている。これは、先進国の人口は減るが、発展途上国では増え続けるからだ。地球上では、人口の地域差が、貧富の差とともに進行する。ここに移民の問題が必然的に発生する。かつての日本がそうであったように、移民は貧しい国から豊かな国へ動く。

アナン国連事務総長は、2004年(平成16年)欧州議会で移民問題について演説した。そこで彼は、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ諸国の人々が先進国で生活することを望み続けることは間違いない、移民は経済成長の原動力、社会ダイナミズムの担い手となる、と述べる。また、国連人口部は、日本が現在の生産年齢人口を維持するには毎年60万人の移民の受け入れを要するとしている。

日本は、このようにはならないと思うが、そのためには、この数字を念頭に、少子化対策に真剣に取り組まねばならない。自分の死んだ後のことは構わないという人がいる。それは、子や孫、郷土や日本を愛さない無責任な人である。足もとの問題が地球規模の問題につながっている。地球も日本も大きな転換期にある。

(少子化に負けない元気な古里を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 5日 (日)

県の予算・少子化対策

 少子化対策は最大の課題である。若い世代の人口が減り、彼らの負担は増え、ついには社会保障が成り立たなくなる恐れがあるからだ。

 小泉首相も、念頭の施政方針演説で、「少子化の流れを変えなくてはなりません」、「子育ての喜びを感じながら働き続けることが出来る環境を整備してまいります」と発言し、保育所待機児童ゼロ作戦、放課後児童対策、育児休業制度、企業や地域のきめ細かな子育て支援等の少子化対策を推進することを強調していた。

 本県の18年度、少子化対策としては、小児患者の休日・夜間の医療体制充実や保育支援・児童手当拡大等を打ち出している。国と地方自治体が協力することが必要だが、地域社会の実情に応じたきめ細かな対策が何よりも重要である。2月議会では、議員はこの点を認識して、活発な議論を展開して欲しい。

 少子化の状況を考える資料として特殊出生率がある。一人の女性が一生の間に生む子どもの数である。日本は減り続け、ついに、1.29を割った。

群馬県は、少し良くて、1.35である。(最高は沖縄の1.72)

 前にも触れたが先進国は、おおむね共通して非婚晩婚の現象が見られ少子化が進んでいるが、フランスでは、一度落ちた出生率が大きく上向いている。(平成2年1.78→平成13年現在1.90)。フランスでは、子育て環境づくりに国が日本と比べてはるかに多額の金を出しているし、また、企業が多大な貢献をしている。これを、国と民間が努力と工夫をすれば少子化を止められる手本としなければならない。

 日本でも、国が、子育てしやすい環境整備を企業に求める制度がスタートし、行動計画を策定する企業の動きが見られるようになった。注目していきたい。

 最近、気になるニュースを耳にした。国連の推計では、将来日本は、労働力が不足して、多くの移民を受け入れるようになるというのだ。少子化の問題は、こんな点にも波及することである。

(活力ある成熟社会の実現を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 4日 (土)

県の予算・団塊対策、そしてその活力をいかに生かすか

 1945年(昭和20年)に終戦、多くの若者は家庭をつくり子どもをもうけた。1947年(昭和22年)から1949年(昭和24年)の間に生れた、いわゆる団塊の世代は全国でおよそ800万人。県内には、現在約11万人いるといわれる。厳しい社会環境でもまれて成長したエネルギッシュな人たちである。この世代が2007年(平成19年)から定年を迎える。

 地方が主役といわれる中で、高齢化・少子化が進み社会の活力が失われてゆくことが懸念されている。そこで、これからの地方社会の発展は、団塊の世代の活力を十分に生かせるかどうかにかかっている。

 県は、平成18年度予算で、いくつかの対策を設ける。例えば、団塊の世代が培ってきた企業内の技能を継承させるために、中小企業の若手や高校生、フリーターなどに、団塊世代の技術者が技術を教え、あるいは技能の向上を助ける。また、全国の団塊世代に呼びかけて県内の山村、農村に呼び込み観光振興や人口対策につなげようとする。また、団塊の世代を対象にした健康づくりや、地域のリーダーづくりの推進なども進める。

 団塊世代対策は極めて重要であるが、県の対応はまだ入口のところで模索している状態である。社会の現実と密着し問題点を肌で感じとっている筈の県会議員は、2月議会でこの問題を大いに議論すべきである。

 その際、認識すべき基本的なことがいくつかある。それは先ず、定年退職してゆく団塊世代を老人とか現役を退いた弱者とみる従来の考えを改めることである。人生80年時代、しかも、彼らは、太平洋戦争を戦った世代が戦後の復興の中で、ともに生きて育てた人々である。そして、価値観を転換して、第2、第3の人生という考えも重要である。

 さらにいえば、ボランティア元年といわれる阪神大震災から始まる新しい時代の潮流の中で、団塊の世代が様々な分野でボランティアとして活躍することの意義は大きい。それを可能とする社会環境をつくらねばならない。

(活力ある地方の成熟社会を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 3日 (金)

2月議会が近い。本格回復型予算・海外調査費

政調会、知事折衝、予算内示などと続き、この間に役員会、議員総会などが行なわれあわただしい毎日である。

昨年は、「元気回復型」予算と呼ばれたが、来年度の予算は、「本格回復型」予算と名付けられる。総額は7973億円で、前年度対比0.1%増である。

1月28日の上毛一面に「海外調査費計上せず」の大見出しが書かれ私のコメントも載った。県側は理由として、海外調査の結果について議会が県民に対して説明責任を果たしていないことをあげていた。

そして、2月2日、予算の内示が行なわれたが、海外調査費はついに計上されなかった。理由は同じことらしいが、この点についての私の考えは、新聞に寄せた通りである。具体的にいえば、海外調査団の団長が12月議会で詳しく報告したことは、それが本会議の場であることからして、県民に対して説明責任を十分に果たしたという考えである。

この問題は、テレビ朝日が、調査団の休日の行動を、それが全てであるかのように面白おかしく報道したことと関係している。テレビを見た人は怒ってエキサイトした人と、冷静に受け止めた人とがあったが、県幹部の中には、エキサイト組みもあったらしい。この問題は、各派代表者会議を開いて対応をきちんと協議したいと思う。

「本会議が生中継される」

本会議が対面型となり活性化に向けて画期的な一歩を踏み出したが、質問の様子がテレビで生中継されることは、活性化のための更なる前進であり、県民と議会を結ぶ太いパイプが出来ることになる。私は、このことをかねてホームページでも提案し、GTVは耳を傾けて実現したいといっていた。今度の内示で3700万円の予算がつけられることになった。正に200万県民に開かれた議会が実現する。そのインパクトは非常に大きいのではないかと思われる。

 これから、「日記」で、予算のポイントとそれについての私の考えを紹介していきたい。

(開かれた県議会の発展を願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 2日 (木)

学校で金融や経済、税について教えるべきだ

学力は低下しているか、学ぶ意欲は、本物の教育とは。議長室を訪ねた人と教育論を交わした。ここでは、私の考えていることを書く。

 最近の国際的な学力調査で、日本の子どもの学ぶ意欲が低下していることが分かった。学ぶ意欲がなければ学力も低下するし、教育改革が目指す生きる力を育むことも出来ない。原因を見詰め対策を考えなければならない。

 子どもたちが学ぶ意欲をもてない最大の原因は、勉強することが、良い学校、良い職業、良い人生につながるという単純明快な夢を持てなくなったことである。立派な会社に勤めていても次々とリストラされてゆく身近な大人の姿を見て、子どもたちは、このことを敏感に感じ取っているに違いない。

 将来の世俗的なごほうびでその気にさせることから、学ぶことの面白さで意欲をつけさせることに教育の方針を転換させなければならない。その意味で、今は、真の学校教育をつくる大事なチャンスでもある。

 そこで、文科省が力を入れるのが、体験を重視する「総合的な学習の時間」である。しかし、十分な成果を上げられないのが現状だと思う。何を体験させるか、また、それを各教科とどう結びつけるか。これが難しいためである。

 最近の動きとして、社会で活躍する人から金融や商売の話を聞かせる授業が小中高で増えているらしい。これは、社会科と結びつけた生きた授業になるし、子どもたちに働くことの意義と面白さを教えることにもなる。

 私は更に、税の仕組みを税務署の人に話してもらうことを提案したい。アメリカでは小学校低学年から「税」を教えるという。民主主義は税で成り立つ。税の意義とそれがどのように使われるかを知ることが、政治に参加する一歩につながる。民主主義を支える自覚を小さな胸に植えつけることは何より大切であり、また、「公民」の授業を生かすことにもなる。

(教育の再起を願って。読者に感謝)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年2月 1日 (水)

狂乱の1月が終わる

自然界も人間界も異変続きの1月であった。昨年からの全国的な大雪は記録的で

群馬県も、みなかみ町のあたりは豪雪地帯となった。地球温暖化が進む中でこの異常は何を意味するのか。今年の夏が心配である。

 この豪雪の中で山の動物たちが気にかかる。先日、雪の中で子猿を中に入れ団子のようにかたまって寒さをしのぐ猿の群れの写真を見た。猿害が叫ばれる折ではあるが必死で生きる彼らに頑張れと祈る気持ちが湧く。

 人間界の異常も記録的だ。アネハという妙な言葉は耳に慣れたが被害者の悩みと苦しみは益々深刻だろう。この耐震偽装事件に追い打ちをかけるように東横インの偽装工事が明るみに出た。

 これらは、よくも考えたものと感心したくなるような、次々に登場する悪徳商法や詐欺と同類のものである。いや、堂々と看板を掲げた正規の企業の行為だけにもっとたちが悪い。そこに現われたのがライブドアの出来事である。堀江氏は、「金で人の心は買える」とうそぶき、多くの若者は喝采した。

 これらの一連の現象は、全ての日本人が金の亡者になったような印象を与える。「貧すれば鈍する」という。これは、昔、社会が貧しかった時代の諺である。今は、「富すれば鈍する」ではなかろうか。豊かになって、欲望は欲望を生んで、人の心はさもしくなっていく。

 豊かな社会に、倫理や道徳がなければ、全ては砂上の楼閣のようにやがては崩れるだろう。働こうとしないニートと呼ばれる若者、学ぶ意欲のない子どもたち。それには夢と目的を与えることが出来ない社会にも責任がある。

 ホリエモンの逮捕は、浮つく社会への警鐘である。偽装建築に関わった企業も厳しい制裁を受けつつある。かつてない大雪は汚れた人間社会を戒めるように降った。これらの出来事が1月に起きたことを謙虚に受け止めて、今年一年を実りあるものにしたい。1月の最後の行事は農業共済事業推進大会だった。

(人々の心の豊かさを願って。読者に感謝)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »