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2006年1月 3日 (火)

皇居を訪ねて(その2)

  昨日の日記で、「皇居は日本文化の象徴である。また失われつつある日本文化の砦でもある」と書いたが、元旦の皇居に接して、私が打たれたことは、その佇(たたずま)いから受ける日本の精神文化の確かさであった。

まわりのビル群と皇居の対比は鮮やかである。ハイテクに支えられて幻のように変わるものと長い歴史の試練に耐えて不変なるもの。この不変なるものがなければ、大都市東京も流されて消えてしまうだろう。石垣や堀や城門や櫓(やぐら)は、象徴天皇制と一体となって、この不変なるものを作り、日本人の心の拠所(よりどころ)となっている。

歴史的なターニングポイントに立って、日本の存亡は、日本人の心を再建することにかかっている。民主主義と日本の伝統の精神文化は矛盾しない。いや、矛盾しないように調和させて生かすことが課題である。

私は、拙著「望郷の叫び」の中で、「シベリアのサムライたち」を書いた。極限の収容所の中で日本人としての意地を示した見事な闘いぶりを支えたものは、主義でも天皇のためでもなかった。それは、日本人としてのプライドであり、日本人の血液の中に脈々と流れてきた武士道であったと思う。

今、この日本人の精神文化の一つである武士道が影を潜(ひそ)めてしまった。武士道は、武士という支配階級のモラルであったが、同時にその本質は日本人全体の精神構造を支える要素になっていたと思う。それは、「義」、「信」、「孝」、あるいは「恥を知る」といった価値観を重視するものであり、これらは、自分というものを越えて他に貢献する志(こころざし)に通じる。

これは、現代の民主社会のモラルとして通用するものである。人の心が余りにも自己中心になっている今日、武士道の本質を蘇(よみがえ)らせることが今求められている。皇居を出てビルの谷間に向かう車窓から皇居を振り返って思った。

(県政の発展を願って。読者に感謝)

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