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2006年1月21日 (土)

災害は忘れられる、忘れた頃に必ず来る

 阪神大震災は、11年前の1月17日であった。6、400人を超える犠牲者を出した大災害であったにもかかわらず、その教訓が生かされていない。このことを何よりも雄弁に語る出来事が最近の耐震偽装事件である。大震災が近いと言われる中で耐震強度を偽る人、それを審査する公私の機関の甘さ、そこには利益を人命より優先する考えや、社会的責任感の欠如がある。

 大震災の教訓というとき、通常そのダメージを問題にするが、私はここで、阪神大震災がもたらした別の面を取り上げたい。

 大震災の年、1995年(平成7年)をボランティア元年と呼ばれるのはなぜか。この年、のべ約140万人の若者が手弁当で被災地に駆けつけて世間を驚かせた。そして、ここからボランティアを、社会を支える新しい力として正面から認める動きが始まったのである。

 この年、閣議で毎年1月17日を「防災とボランティアの日」と定め、国連は、日本の提案で2001年を「国際ボランティア年」と定め(平成9年)、ついにボランティアの動きを法的に支援するためのNPO法案
を成立するまでに至った(平成10年)。そして、平成12年に出された国民生活白書は、ボランティアの特集号であり、その中で、時の経済企画庁長官・堺屋太一は、これからはボランティアが社会を支える大きな力になるだろうと述べたが、事実そのようになってきたと思われた。このことは、日本人が自分の利益だけを求めるのではなく社会貢献ということを重要視する流れが生まれたものとして注目すべきことである。ところが今回のライブドア事件や耐震偽装問題は金が全て、自分が儲かればよいという方向に世の中が動き出したような危機感を覚える。景気が上昇に向かうとき日本人の心もゆるみ始めたのか。大震災をきっかけに生まれた社会への奉仕、心の緊張感をここでしっかり見つめることが真に大震災に学ぶことではないか。

(日本人の心の再建を願って。読者に感謝)

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防災とボランティアの日防災とボランティアの日(ぼうさいとボランティアのひ)とは、1995年1月17日の阪神・淡路大震災に因んで制定された記念日。阪神・淡路大震災では、政府や行政の対応の遅れが批判された一方で、学生を中心としたボランティア活動が活発化し、「日本のボランティア元年」と言われた。これをきっ...... [続きを読む]

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