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2006年1月 8日 (日)

商工会議所新年会で訴える(7日)

恒例の新年会は例年通り人々であふれた。私は県議会を代表して挨拶。「戦後60年、物の豊かさを達成し、力を使い果たしたかと感じられるとき、高齢少子化、そして、人口減少の波の直撃を受けている。私たちの社会は、このまま活力を失っていくのか。解決のキーワードは地方分権、そして中小企業の発展である。中小企業は経済を支えるだけでなく地域社会の生命力だ。県議会もこのような時代認識を持ってその役割を果たす覚悟。力を合わせ勇気を出して頑張ろう」(挨拶の骨子)

各会代表が次々と登壇したので、県議会の名誉がかかっているかと思うと幾分気合いが入ったかもしれない。 

「恥を知る」と「恥知らず」に直ちに反応があった。 

もう少し詳しく知りたいというもの。アネハがらみが世間の注目を集めている時なので、関心を寄せられたのであろうが、現代の日本人が皆、考えねばならない問題でもある。

日本人が大切にしてきた「恥を知る」とは、個人の立場を超えた価値を守るべき心である。昔は、学校でも家庭でも、また地域社会でも、「そんなことをして恥ずかしくないのか」ということがよく言われたが、最近はすっかり聞かれなくなった。

私は、一昨年ハバロフスクを訪ね日本人抑留者が作った建築物が今でもしっかりしていて高く評価されていることを知って驚いた。そして、19世紀の奴隷解放の諸原因を思い出した。解放の大義は人権であるが、北米などでは、奴隷労働は生産性があがらないということもあったらしい。家畜のように働かされる奴隷に生産性や労働の質を期待することは出来ないからだ。

シベリアの収容所でも人々は、人権を否定され奴隷のような境遇におかれた。それにもかかわらず日本人は立派な物を残した。彼らを支えたものは、受け継がれて来た恥を知る心であった。今の、日本人には、偽装建築がらみに限らず、この心が失われていると思う。武士道の精神が日本再建のキーワードになることを願う。

(活力あるぐんまを願って、読者に感謝)

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