« 県議会各派と豪雪地域を視察(16日) | トップページ | 私の提案から始まった高校生チューター制度 »

2006年1月18日 (水)

56歳の死を悼む・葬儀(17日)

金井金属工業の社長がなくなった。人望も厚く立派な方だったので残念に思う。最近まで元気な姿を見ていたので人間のはかなさを見た思いでショックであった。

職業柄、葬儀を通して様々な死と出会う。文句なしに天寿を全うしたと思える人の死は、さわやかな天の星を見上げるような気分になるが、若い人の死は、死と対面したその人の心情を思うとき、いたたまれない気持ちになる。

人生80年時代において56歳の死は余りに早い。自分の生命力をほぼ使い果たして迎える死と自分の生命力はまだまだあるという心境で迎える死では大きな違いがある。生命力は生きたいという気持ちを起こす力でもあり生きたいという強い気持ちを持ちながらこの世を去ることは何よりも辛い。私は若い時、身近な人の死につき合ってこのことを痛切に感じた。

私は、日本人の死生観を時々考える。先日NHKの大河ドラマを見たら、出陣する信長が、「人間50年、化天の中をくらぶれば夢まぼろしの如くなり」とうたいながら舞う場面があった。常に死と隣り合わせで死が日常茶飯事の時代であった。それと比べ、今日の日本は平和な長寿社会である。死の原因は病気が原則の時代だ。にもかかわらず、「死」を真剣に考えない傾向がある。これは、「生」を真剣に考えないことでもある。今日の私たちの社会には宗教が根付いていないこととも関係して現在の日本人には死生観というものは、そもそもないのかも知れない。

因(ちな)みに、人生は夢幻のごとしとうたった信長の死は49歳であった。私の書架には、山田風太郎の「人間臨終図巻」があるが、これから56歳で死んだ人を拾うと、明智光秀、リンカーン、ニーチェ、小村寿太郎、ヒットラー、双葉山、越路吹雪、萩原朔太郎などがある。

金井工業の社長は、群馬の産業界に大きな業績を残して旅立たれた。「棺を覆って事定まる」というが、いくつかの弔辞から金井さんの人生がうかがえた。そこから、人の生き方と健康の大切さを学ばせてもらおうと思う。

(県民の健康を願って。読者に感謝)

|

« 県議会各派と豪雪地域を視察(16日) | トップページ | 私の提案から始まった高校生チューター制度 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 56歳の死を悼む・葬儀(17日):

« 県議会各派と豪雪地域を視察(16日) | トップページ | 私の提案から始まった高校生チューター制度 »