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2006年1月 2日 (月)

新年祝賀の儀に(1日)

早朝8時に家を出る。妻は着物の着付けで早朝から忙しい様子であった。東京の空は重い雲が垂れ込めていた。皇居前広場には白いテントが並び参賀の人々を待ち受けている。 何度も来ている所であるが、なぜか、伝え聞く終戦のときのこの広場の様が想像された。多くの国民が石垣の奥に向かい手を着いて頭を垂れる光景があった。腹を切った高名な軍人もいた。

当時の新聞は、国民が天皇にお詫(わ)びしていると報じている。これは、国が戦いに敗れた時の、国民の国王に対する姿としては、外国には見られない例である。そして、ここに日本の天皇制の特色がある。

天皇は日本国民の象徴となり、以来60年が過ぎた。現在、あの時と比べ、ある意味ではより大きな変革の時を迎えている。歴史を刻んだ石垣は都市の喧騒にたちはだかるように力強く立ち、また、静かに水の中に伸びていた。

私たちを乗せた車は二重橋を渡って中に入った。あちこちにある古い巨木が往時を偲ばせる。

広い壁面いっぱいに描かれた東山魁夷の波の絵の前を通り正殿松の間に通される。待つことしばし、11時30分、定刻に、一方の扉が静かに開けられて天皇、皇后、皇族たちが姿を現した。天皇は、幾分小さくなられ、美智子皇后は年を重ねて品位が増したように見受けられた。美しく着飾った皇族女性の中に雅子さまの姿はなかった。

天皇は、「年頭に当たり、日本国の発展と国民の幸せを願います」と述べられた。その後、豊明殿に移ると、食事が並べられ、杯に祝い酒が注がれた。多くの人は食事には箸をつけず布に包んで大切そうに持ち帰るようであった。

自然を巧に取り入れた庭は美しい。大東京の中にいることを忘れた一時であった。天皇が日本国民の象徴であるのと同じように、皇居は日本文化の象徴である、そして、失われつつある日本文化の砦(とりで)でもあることを元旦の宮中で感じた。

(今年の県政の発展を祈って。読者に感謝)

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