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2005年11月30日 (水)

県議の海外視察

「議長日記に非常に多くのアクセスがあった」(29日)

 世間の関心の高さが伺える。又、貴重なご意見も寄せられたが、その中に次のようなメールがあった。「視察内容が適切だったかどうかは、視察内容が殆ど報道されなかったので定かではありません。しかし、番組の構成や出演者の発言は面白半分、ギャグ番組の様相でとても信頼出来そうな報道とは思えませんでした。あのような報道であるにも関わらず、多くの批判意見が寄せられたとのことですが、改めて報道されることの恐ろしさを感じました。一県民」(どなたかは存じませんが、紹介することをお許し下さい)

 テレビなどのマスメディアは巨大な権力を持つ。市民が抵抗しようとしても「蟷螂の斧」である。報道されたらおしまい。まさに「報道されることの恐ろしさ」である。

 電波は公共のものであって、テレビの報道は、真実を報道することによって、民主主義の発達に資するものでなければならない。(放送法)。大きな権力をもつものは謙虚さを忘れてはならない。

 もう一つのメールを紹介する。「平沢議員に対する反論をお聞かせ下さい。元外務省で現役国会議員が、海外視察に対して否定的な意見を述べていたのが気になります」というもの。

 このメールについては、昨日の日記でも少し触れたが、改めて取り上げる。

「高い費用をかけて外国まで視察に行く必要はない。資料がいくらでも手に入るのだから」と語っていた。あのような番組なので軽い気持ちで話したのだろうが、発言の効果の大きさを考えたらあのような発言はどうかと思う。国会議員として見識が問われるのではないか。

 海外視察は、本物に接する体験の機会である。今回の調査もこのことを目的に、委員会は外国の行政機関等と連絡を取り合って調査項目等を検討した。このような準備をした上での海外調査は、貴重な体験の場である。

 私が委員長を初めとした団員に聞いたところでは、皆、「食育」、「外国人との共生」、「学校の危機管理」等について感動の体験をしているのである。

 議員の使命の一つは、行政に対するチェック機能を果たすことである。視察で養った力をそのために発揮して欲しい。又、12月5日、本会議で腰塚委員長が報告を行なうことになっているが、個々の団員も、それぞれの立場で報告書を作って欲しい。そのことが、今回の「報道」に対する最良の対応だと信ずる。県議の視察に対する県民の信頼が危機にある。それを守ることは、今、最も重要な課題となった。そして、県会議員の海外視察のあり方を様々な角度から検討することも必要であると思う。今回の出来事を、議会の活性化のために乗り越えるべき試練としたい。

(県議会を身近かになることを願って。読者に感謝)

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2005年11月29日 (火)

テレビ朝日の報道で記者会見

「議会運営委員会(議運)」(28日)

 議運では、12月議会は、12月5日に開会となり12月21日の閉会までの17日間と決まった。この議会では、一つの新しい形がスタートする。対面演壇方式といわれるもの。これまでは、質問者、答弁者共に議長席の前に登壇し、議員席の方に向かって発言したが、12月議会からは、質問席、答弁席をそれぞれ体面の形で設けて、質疑応答を行なう。議会の活性化を狙うものであり、群馬県議会史に新たな一頁を開くもの。注目して欲しい。

 この方式での質疑応答が行なわれる本会議の一般質問は12月9日(金)と12月12日(月)である。是非傍聴して頂きたい。

 又、この議会の初日(5日)には大切なことがある。注目されている海外視察について委員長が議会で報告するのである。質の悪い報道によって誤解を受けている恐れもある海外視察について、しっかりと説明して欲しいと思う。

「海外調査審査会が延期となる」(28日)

 審査会の会長は私が務める。来年に予定された地域活性化対策特別委員会の海外調査が審査の対象になる予定であったが、岩井委員長から審査延期の申し出がなされた。協議の結果、私は延期を決定した。海外調査が批判的に報道された直後なので、諸般の状況を考え又、検討すべき問題点もあるからである。

「記者会見を行なう」(28日)

 午後1時から議事堂内の記者会見室で行なわれた。26日のテレビ朝日の報道についてである。私が先ず発言し、続いて記者の質問に私と腰塚委員長が答える形式を取った。

「多くの抗議や批判が寄せられましたが、その中味は、視察全体を観光だ、税金の無駄遣いだと受け止めていました。そう受け止められるような報道の仕方が問題です。私は、海外調査審査会の会長として出発前に審査しました。そのとおりの調査が行なわれたのか、報道の後、早速、委員長に説明を求めました。そして、しっかりと調査していることを確認しました。報道は、調査活動には殆ど触れず、土、日のリラックスした行動を中心にして、全体が観光と受け止められるように作り上げています。非常に残念です。抗議したいと思います」(私の発言の骨子)

 続いて記者からは、実際の調査時間、土日も日当は支払われるのか、等の質問がなされた。テレビ朝日の報道は承服できないが、それとは別に、海外視察のやり方については、検討すべき点があることも感じている。いずれにしろ、12月5日の本会議で、委員長が調査の結果を報告する。

「平沢議員に対する反論をお聞かせ下さい」とのメールがあった。問題点は2点あったと思うが「外国まで行かなくても資料がいくらもある」という意見は、見識あるものとは思えない。現地の調査は肌で感じられる体験である。本物との出会いは心に残るものである。

(議会が身近かになることを願って、読者に感謝)

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2005年11月28日 (月)

テレビ朝日の報道について

 土下座しろ、死んで下さい、などというものは、論外として、県民の、多くの批判が県に寄せられた。ほとんどの批判は「観光だから税金の無駄使いだ」というもの。しかし、テレビの報道は視察の実態を伝えていない。テレビの取材は通知の上のものではなく、外から見たものなので、「どこで、何を調査して、どのような成果を得たか」という肝心なことについては殆ど触れられていない。番組は、土日を利用したナポリの行動を中心に取材し、議員の全日程が観光目的と受け取られるように編集されている。だから、多くの人が全体を観光と受け止めるのも無理はない。

 事実を正しく伝えることを使命とする「報道」としては報道の仕方に問題があると思う。調査の中味を正しく人々に伝えたなら、批判の中味も違ったものになったと思う。県民の批判には、謙虚に耳を傾けなければならないが、実態を知らされていない県民の声を、私たちはどう受け止めればいいのか。

 出発前に、海外視察審査会会長として、審査した私は、早速、調査の実態について、委員長(団長)と随行職員から事情を聞いた。いずれ、正式に委員長から報告されることになっているが、この際、少しでも、私の立場からお知らせすることが急務であると考える。

 この日記で詳しく伝えることは出来ないが、審査会の審査の通り、きちんと調査し十分な成果を得たと信ずることが出来た。調査先と調査の目的を示す、

1)アラブ首長国連邦ドバイ市(11月8日・火 9時半~11時)、外国人と共生した安全・安心な社会づくり。これからの日本の課題。

2)ドバイ首長国食品管理部(8日・火 12時半~2時半)、輸入食糧の徹底した安全対策。日本でも深刻な問題。

3)バイ日本人学校(9日・水 9時半~11時半)学校の危機管理対策は驚くほど進んでいる。かつ、開かれた学校を目指す。日本の学校は危機に、そして地域から離れていく。

4)ドバイ首長国警察本部(9日・水 1時~3時)住民の多くが外国人という中での治安対策。本県も外国人が増加。

5)スローフード協会ローマ支部(11日・金 10時~12時)郷土料理を守る。地産地消。「食育」の先進地。食育はこれからの本県の重要課題。

6)イタリア退職者協会(11日・金 2時~3時半)退職後の世代を新しい世界の始まりと位置づけている。本県でも高齢者は活力の源。

7)スイス航空救助隊、チューリッヒ市、(14日・月 5時~7時)、救急医療支援の世界屈指の先進事例。

8)スイス有機農業研究所と農園(15日・火 九時半~3時半)。

9)スイス市民防衛隊(16日・水 10時~12時)、国民の生命保護に万全を尽くす姿。以上の点で、本県として学ぶことが多くあったと、団長は感想を述べた。

 海外視察で体験し、学んだ事は、議員のバックボーンを形成し、様々な政策判断の際、大きな力となるのである。又、「訴訟の被告が視察に」と指摘されたが、全くの別のことである。「ナポリ」は、土、日の利用であり、委員会の参考となる地を訪ねた。消滅した遺跡を見て地震や火山の恐ろしさから衝撃を受けた筈。(詳しくは、今後の委員長の報告に注目してください)

(議会が身近になることを願って。読者に感謝)

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2005年11月27日 (日)

フランス革命と人間の解放

 「第48回群馬県父の日大会(女性会館)、平成17 年度医師会定時総会(メディカルセンター)、平成17年度青少年育成大会(群馬会館)で、県議会代表として挨拶した」(26日)
 群馬会館には小寺知事が出席していた。

  「ふるさと未来塾でフランス革命を語る」(26日)。毎月第4土曜日午後7時からの塾である。約70名の方々が熱心に耳を傾けてくれた。今回のテーマは、「フランス革命と人間の解放」。2時間があっという間に過ぎた。約40枚の映像が私の話を助けてくれる。ここ何回か「奴隷」を取り上げてきたが、今回はそのしめくくりのつもりでこれまでの要点を振り返りながら話した。

 コロンブスの新大陸発見は、異質な二つの文明の遭遇と衝突の幕開けであった。発達段階が大きく異なる文明が出会った時、恐ろしい悲劇が起きる可能性を歴史は教えている。征服者の暴虐によって原住民は激減し、プランテーションを支える労働力として途方もない数の黒人が奴隷として運びこまれた。

 アメリカの独立宣言は奴隷の問題に大きなインパクトを与える要素を含んでいた。「人間の平等」である。奴隷を人間だとすれば、奴隷の存在は、この平等の原則に反することになる。独立宣言は奴隷解放の約束手形を切った事になるのだ。(手形の一部は、リンカーンの奴隷解放によって履行された)。

 アメリカの独立宣言から13年後、フランス革命が起こる。この革命は、独立宣言の強い影響をうけて起きた。国民を苦しめる政府の存在は許されないという独立宣言の思想は、国王や王妃を断頭台に送る迄にフランス国民を突き動かしたのである。落下するギロチンの刃は33歳のマリ−・アントワネットの首を一瞬にして落とした。

 この狂気の革命は世界に衝撃を与えたが、特にフランスの植民地の奴隷たちをすさまじい力で突き動かした。コロンブスが発見したインスパニオーラ島の奴隷たちである。彼らは支配者を倒して独立国を建てた。奴隷だった人々が国を建てたのは世界で最初のことである。これが現在も続く、キューバの隣の国「ハイチ」である。

 フランス革命の衝撃が大きかったのは、その恐怖の故ではなく、人類普遍の原理が掲げられていたからである。この人権の思想は今日も世界を激しく動かしている。「北朝鮮」や「イラク」で世界から人権が問われるのは、人権が人類普遍の問題だからである。フランス革命が始まったのは浅間の大爆発の6年後のことで、地球を覆った噴煙は、打ち続くフランスの凶作の一因になった。大爆発は日本では天明の飢饉の原因となった。

 (県議会が身近になることを願って。読者に感謝。)

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2005年11月26日 (土)

太田市長が陳情

「英語教育特区校の補助金増額の要望」(25日)

  特区校の名は、「ぐんま国際アカデミー」。清水太田市長が理事長をつとめる。一般の私立中学では児童一人当たりの補助金は27万円なのに、特区校へは1人4万3千円というのでは差がありすぎる同額にして欲しいというもの。

清水市長は、国際化時代の英語教育のあり方について一石を投ずる理想も持っておられるようだ。市長選に強力なライバルが現われて没頭していたと振り返っていた。秋山前県議の挑戦のことである。そのために、補助金問題への対応が遅れたようだ。市長に「望郷の叫び」を贈呈した。

28日に議運(議会運営委員会)と海外調査の審査会が開かれるがその打ち合わせをした」(25日)

  議運の打ち合わせは、12月議会の会期、質問者、議会改革検討委員会への諮問事項等について。会期は12月5日から21日までとなる見込み。

 海外調査審査会は、地域活性化対策特別委員会の調査についてである。私が会長で、効果的かつ効率的な調査活動を実現するために行なう。審査の指針は、特別委員会の目的に沿うか、本県の重要な課題と深いかかわりを持つか、議員の見識を高めることに役立つか、経費は適切か、調査団の安全対策は十分か、などである。

 今回も、厳しく審査するつもりである。一部のマスコミはある種の先入観を持って議員の海外調査を見ているふしがある。これに対してはよい成果を示して答える外はない。 

「嶺小学校の収穫祭」(25日)

  小規模ながらキラキラ輝く小学校。収穫感謝祭は子どもたちにとって大切な意味がある。農の体験と共に植え付けから収穫に至る迄にいろいろな助けがあることを知る機会である。子どもたちに私の心を伝えたいと駆けつけた。挨拶の機会は与えられなかったが、紹介され、きれいな笑顔を見られたことに感謝。

「社会福祉大会に出る」(25日)

  前橋市民文化会館大ホールで行なわれた。嶺小から急いで移動し控え室に入ると、衆議院議員の石関貴史さんがいた。この度の衆議院選で、県議を辞して挑戦し当選した人。ピカピカの衆院一年生。地方の時代といわれ、国政の場でも地方の事情を知ることは重要だ。地方議員の体験を生かして欲しい。

  私は、県議会を代表して挨拶した。

「物の豊かさだけでなく真の豊かさが求められています。それは、高齢者、障害者その他ハンディのある方々も安心して心豊かに暮せる社会です。その実現は、地域の人々の温かい心にかかっています。地域での協働と共生によって地域の福祉が大きく進むことを祈ります」(挨拶の骨子)

(県議会を身近なものにと願って。読者に感謝)

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2005年11月25日 (金)

急傾斜地崩壊対策事業

「完成式典は嬬恋村の笹平地区で行なわれた」(24日)

 朝8時公用車で家を出る。吾妻渓谷の両岸はまだ紅葉が続いていた。峨峨とした高い断崖が迫り、その下には深い谷が走る。幾重にも重なる稜線の変化に合わせて黄や赤の森の色が帯となって広がる。曲がりくねった細い国道をひっきりなしに車が走っている。太古から続く谷は、現代社会の動脈となっている。

 そして、今、この渓谷に大きな変化が起きようとしている。八ツ場ダムの建設である。生態系も大きく変わるだろう。この谷と共に歩んだ人々の歴史や文化がダムに呑み込まれないようにすることが強く求められる。古くから守ってきたものと、新しい時代の要請をどのように調和させるかは、県政の課題だ。

 深い谷を左に見ながら天明の大爆発を話題にした。浅間の北面に溢れ出た土石流は、人も家財も全てを呑んでこの谷に入り、利根川に出て関東平野を駆け下った。切り立つ絶壁を見て自然の恐ろしさを感じる。以来、およそ220年が過ぎた。最近また山の動きが感じられる。次の大爆発は来るのか。深い谷は、その時を待つように、鮮やかな紅葉の下で黒い岩肌をのぞかせていた。

 水没を控えた川原湯温泉を過ぎ、渓谷の奥へと進んだ車は、JR万座鹿沢口駅に着いた。

 この駅の裏手が現場であった。34年の歳月と39億円の巨費をかけた急角度の壁は、天を支えるように立っていた。高さ80メートル、幅500メートル。目を凝らすと上の方で黒い点が動いた。カモシカであった。

 昭和41年大規模ながけ崩れがおき、5名の人名が奪われた。この惨事が一つのきっかけとなり急傾斜地法が出来、この地区が危険区域に指定され、昭和47年の工事着工となった。

 小寺知事と松本嬬恋村長の主催者挨拶に続いて私は県議会を代表して来賓として挨拶した。「世紀の大事業が完成したことをお慶びします。美しい自然が豊かな地域ですが災害の危険性もあります。私たちは自然を愛する心と自然を恐れる心を持って備える必要があります」(挨拶の骨子)

 議会からは岩井均議員、山本龍議員が出席しておられた。自治会の女性たちが出すけんちん汁がおいしかった。自治会の人たちの姿には、尊い人命の犠牲を生かして地域の防災に取り組む意気込みが感じられた。この地域は、日本武尊(やまとたけるのみこと)の古事を例とするように歴史と文化が豊かであり、観光資源も重要である。これらを守りつつ、住民の安心安全を支えるものが防災対策である。

(県議会を身近なものにと願って。読者に感謝)

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2005年11月24日 (木)

議会の歴史・県令との対決

 県議会の歴史に触れたら面白いという意見が寄せられた。私たちとすれば、そこから、謙虚に学ばねばならない。そこで、学ぶべき県会の歴史的事実をもう一つあげたい。

 県議会が県令に対して、辞職勧告を議決し、議会は、解散となり、結局、県令は罷免となる出来事である。昨日の廃娼の議決の続きである。

 湯浅治郎が中心となって廃娼を議決したのは、明治15年3月のこと。楫取素彦県令は、猶予期間を認めて明治21年5月26日をもって県下の郭(貸座敷業)を廃止すると布令を出した。ところが、その後に県令となった佐藤与三は、期限の直前になって「廃娼」を延期すると決定したため、議会は騒然となり県令への対決色は一気に高まった。

 県議会は、辞職勧告を議決し知事に迫る。議会の代表は病床の知事に、「我々は60万県民のために熱血を注いで辞職勧告をしました」と告げる。佐藤知事は身を起こして座りなおし「天皇陛下の命によってこの地位に就いたのだから自分の意志でやめるわけにはいかない」と答えた。なお、文の途中で「知事」としたのは、明治19年から県令は知事と改称されたからである。

 対立と混乱は収拾がつかず、ついに、内務大臣西郷従道は群馬県議会に解散命令を下した。西郷従道は、かの西郷隆盛の弟である。

 解散後の選挙では、再び廃娼賛成派の議員が多数当選した。詳しい状況を調べて、政府は佐藤知事を罷免した(依願免官)。そして三代目の知事、中村元雄の下で、群馬県の廃娼は遂に確立されるのである。

 この間、議長は、湯浅治郎(2代)、天野宗忠(3代)、宮口二郎(4代)へと変わっていた。(初代議長は、宮崎有敬)。

 ごくかいつまんで書いたが、「群馬県議会史」などの資料を読むと、様々な議論が生き生きと交わされている。「議会」という制度がスタートして間もなくのことであり、議会や民主主義について慣れていなかったことであろう。

 それにもかかわらず、信ずることをずばりと発言している姿には、明治の人の気骨を感じると同時に、議会人として学ばなければならないと思う。私たちは、議会や民主主義に慣れてしまって、その真の意義を見失っているかも知れない。明治の議会人は、これらの新しい制度をキラキラ輝く宝物のように受け止めていたことだろう。民主主義の形骸化がいわれる今日、この点も見習わねばならない。

 12月議会から対面演壇方式という新しい形がスタートする。議会の役割を見詰めなおすよい機会としたい。

(県議会を身近なものと願って。読者に感謝)

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2005年11月23日 (水)

議会の活力を歴史から学ぶ

 新島襄の感化を受けてキリスト教徒になった湯浅治郎が第二代の県議会議長になったことを書いたら、今の議会が学ぶべきことは何かと質問があった。

 

 学ぶべきことは多いが、最も重要なことは、湯浅治郎が中心となって、議会が社会の大問題を追及し成し遂げたことだと思う。

「群馬の廃娼」については、かつて、ふるさと塾でも数回にわたり取り上げた。議会の活性化が叫ばれる今、改めて振り返ると、そこには、県議会の大切な原点があったことに気付く。

 群馬県は全国の中心に位置し高速交通が発達しているが、明治時代も重要な街道が走り交通の要衝であった。このことと関係して、県内には、宿場町が発達し、そこには多くの「郭」が存在した。

 郭(くるわ)の存在は、深刻な社会問題を生んでいた。それは、人々の心身を蝕(むしば)み、怠惰の風習を生み、教育環境を破壊していた。「郭のあるところには市(いち)が立たない」とさえいわれたという。

 時は明治、改革の風が吹いていた。新しい社会を建設しようという意気込みが多くの人々を動かしていた。群馬は生糸が盛んだから、横浜を通じて伝わる世界の動きが人々を刺激したということもあるだろう。

 こういう社会状況の中で若者が廃娼を目指して動き、それに呼応して県会議員が動いた。当時の資料を読むと、腰に弁当をつけて馬を走らせ、各地で演説会を開く上毛の青年の生き生きとした姿が目に浮かぶ。

 議会には、湯浅治郎の外にもキリスト教徒がいた。これらの人々の心には、キリストの教えである「人間の平等」の思想があったと思われる。県議会は激しい議論をたたかわし、苦難を乗り越えて遂に廃娼を議決して楫取県令に迫る。

 初代県令楫取素彦は、元長州萩の出身で、松下村塾では吉田松陰を支える存在であった。松蔭との関係が深かったことは、その二人の妹を妻に迎えたことからも分かる。

 楫取は群馬県を教育と近代産業で立派な県にしようと決意していた。教育にとっても、生糸という近代産業にとっても、社会の陋習である遊郭の存在は大きな妨げであった。かくして、楫取は議会が成し遂げた「廃娼」の議決の実施に踏み切るのである。

 今日、教育改革が叫ばれ、人づくりは、群馬の最大の課題である。明治の県議会がその原点を作ったことに改めて注目しなければならない。更に重要なことは、議会の活性化のために、これら高い志と強い信念を持った先輩の業績に私たちが学ぶことである。

(県議会が身近なものにと願って。読者に感謝)

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2005年11月22日 (火)

県議団総会、議運

 自民県議団の総会・議運が開かれる(21日)

 「総会」では、財政課長が来年度の予算編成方針等を説明、又、農政課長が、麦作等に関する農水省の政策について説明した。

 来年度予算は、県税収入は増えるが、三位一体改革の関係で地方交付税等が減らされるので、全体としては厳しい予算編成になる。

 農政は大きな変化が迫っている。認定農業者となって国の助成等を受けるには4ヘクタール以上の経営を行なう者でなくてはならない。この要件をクリア出来る農家は少ないので農家は頭を痛めている。時代の流れの中で生き残っていける規模の大きな農家を作ろうとする政策である。

 「議運」では、議場の質問のやり取りの形を変えることを具体的に検討。12月議会からの実施に近づいた。

 又、合併に伴なう県議選の選挙区を合併前の形で行なうか新しい形で行なうかについて、議会改革検討委員会で検討することになった。合併したのだから実態に合わせた選挙を行なうべきだという要望書が私のところへ多数寄せられていた。県議会としては、昨年秋、当時合併の状況が固まっていないとして、次回の選挙は、現行制度(合併前の形)で行なうということに決めていたのである。昨日の議運では、この問題を検討することには異論はなかった。

 「凶悪犯罪について考える」

 最近、群馬県では犯罪が減少してきたといわれる。これは官民が力を合わせた成果だと思う。特に、犯罪防止推進条例が出来て、犯罪防止に向けた地域の取り組みが功を奏しているのではないか。これを一時的な現象としないで継続させなくてはならない。全国的には凶悪犯罪が増えているのだから。

 罪を犯した人が獄中で悔いる話をしばしば聞く。中にはうなされて余罪を告白する人もいるらしい。真人間になろうとして苦しむ人の姿には心を打たれることがある。それにしてもなぜ、罪を犯す前に踏み止まれなかったのか。社会全体に道徳や倫理の力が薄れていることにも一因があるだろう。

 21日の某紙に「消えて久しい獄中歌人の歌」という投書が載った。私も心にかかっていたので吸い寄せられるように記事を読んだ。米国で殺人を犯し終身刑で服役中の郷隼人氏の短歌がよく入選していたのである。私が記憶しているのが二首ある。「口笛でクリスマスキャロルを奏ずれば更に寂しき聖夜のプリズン」、「老い母が独力で書きし封筒の歪んだ英字に感極まりぬ」。プリズン(獄舎)の冷たさとさみしさが伝わる。私が同じ境遇にあれば、英語を書けない私の母も同じことをするであろうと思いながらこの歌を読んだことを思い出す。青少年に犯罪とその責任について真剣に語らねばならない。

(県議会が身近になることを願って。読者に感謝)

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2005年11月21日 (月)

県民マラソン

 「議長、10キロを完走す」(20日)

多少心配された天気は快晴、風は冷たいがマラソン日和。8時5分から開会式。私は閉式の挨拶をした。

「私も10キロに挑戦します。皆さん、この大会に向けて、日頃、健康管理に努力されたと思います。その過程が大切です。この大会が200万県民の健康の増進に結びつくことを願って、閉会の言葉とします」

  他に、本仮屋ユイカさんも挨拶。さわやかな笑顔がマラソンの朝にふさわしい。

 10キロコースは、9時40分スタート。私は最前列近くに立って合図を待った。3千人近い人が遥か後ろまで道いっぱいに続いている。スタートラインの近くは、記録を狙う人たちということになっているが、私は、自分の気持ちを奮い立たせるためにいつもこのあたりに立つ。そこには、いろいろな思いを込めた人々の緊張感がみなぎっているようだ。

 大群衆が一斉に走り出す。どうした訳か足が重い。数日前コースを試走した時より苦しい。少年が追い抜いていく。かなりの高齢者が下を向いてひたひたと走る。私は、予期せぬ自分の体調を必死で整えて走った。「フーフースッス」「フーフースッス」。県庁舎をまわって再び利根の流れに出る。美しいボディラインの娘がポニーテールを揺すりながらすり抜けてゆく。快い風のようだ。大渡橋の直前であと1キロの表示が目に入る。あえぎながらも自分のペースをつかみ、グランドに走りこんだ。タイムは、57分27秒。昨年より2分3秒の好タイム。気付くと秘書室の田中さんが私と同時に滑り込んでいた。さすが。やったあーと、見上げると吸い込まれそうな青い空が広がっていた。

 

 走り終えた人々の顔は生き生きとしている。77歳の県OBの栗原さん、何ヶ月か前に腹の手術をした木村さんなどの走る仲間が汗を拭きながら次々と完走を果たした。交わす笑顔に、お互いの健康を祝うメッセージがこもる。

 走り終えて改めて健康の大切さを思った。この日に走るために摂生し健康管理に努める。その過程で少しでも良い生活習慣が身につけばそれは若さと活気を生む人生の宝である。

 世界の長寿国となったが生活習慣病が増えている。車社会の中で、現代人は足を使うことをしなくなった。だから、日常の生活プランの中で目標を定めて走ることや歩くことを続けるのは意義のあることだ。今回のマラソンで、多くの若者が真剣に走る姿に心を打たれた。最高齢者は80歳を過ぎた方。それは、私たちの努力の目標だ。約1万人が汗を流して走る姿は、力を合わせて明日の郷土をつくる200万県民の縮図である。

(県議会を身近なものにと願って。読者に感謝)

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2005年11月20日 (日)

県議ブラジルでひんしゅく

 「議長会の南米視察団が批判された」(16日の各紙)
 8月にサンパウロを訪ねたばかりなので、この記事がすぐに目につき気になった。視察団は、秋田、石川等6県の議員で、群馬県は入っていない。2時間の遅刻、3時間の会合を1時間で切り上げた、居眠り、雑談、などを指摘して、「公費を使って何をしに来たのか」、「県民が泣くお粗末な県議」、「礼儀知らずにもほどがある」等、現地の新聞が厳しく批判したと、日本の新聞が報じた。

 私は、サンパウロの式典に臨む前夜、松田県人会長が言った次のようなことを思い出した。「今頃、800キロも遠くから明日のために向かっている人がいます」、「60周年記念の招待状を持ってわざわざ群馬の市長を訪ねたが誠意がない」。

 地球の反対側で、頑張っておられる彼らは、母国日本に特別の思いを抱いている。狂おしい程の望郷の思いに駆られ、日本人であるという誇りを支えにして、苦しい道を切り開いてきた人たちである。この日も、数百キロの遠くからかけつけた人がいたことであろう。母国日本の代表と会うことに対する期待が大きいだけに、県議団の態度に裏切られたという思いを抱いたものと思われる。

 それにしても、ことは、人に接する場合の人間の態度を問われているのだから、私たちも他山の石としなければならない。

 ブラジルから「議長日記」で触れたが、移民資料館を訪ねた時のことは忘れられない。資料は移民の悲惨な歴史を物語っていた。19世紀後半、奴隷解放の後、奴隷の代替労働力として東洋の移民が受け入れられた。白人の有色人種に対する偏見もあって、日本人移民は筆舌に尽くせぬ苦労をした。

 このような歴史を乗り越えて現在の日系社会がある。そして、日系人に対するブラジル社会の評価は、有能、勤勉、礼儀正しいということで非常に高い。そして、日本とブラジルの関係が深まる中で、ブラジルの日系人の存在は、優れた外交官以上の役割を果たしていると思う。このような歴史と現実を踏まえるなら、私たちは、ブラジルの日系社会と、もっと謙虚な気持ちで付き合わねばならない。

 仮に、日系人との会合でなく、他の外国機関との会合であったなら、視察団の態度は違っていたのではなかろうか。そこには、移民社会への理解の不足があるかも知れない。ここにも、国際化時代における議員の見識と教養は如何にあるべきかという問題がある。海外視察で学ぶべき一つの課題である。

                            (県議会を身近かにと願って。読者に感謝。)

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2005年11月19日 (土)

新島襄のこと

「新島襄を考える講演会の記事が上毛に載った」(18日)

幕末、安中藩で1人の男子が生まれた時、その祖父は、「しめた」と思わず叫んだという。女の子ばかり生まれる中待望の男子が誕生したからだ。新島襄の幼名、七五三太(しめた)の由来である。七五三太は、やがて国禁を犯して渡米し、クリスチャンとしての道を歩む。吉田松陰は捕らえられて処刑されたが、新島は幸運に恵まれた。明治になり、キリストの禁教が解かれた後、横浜に着いた新島は夜を日に継いで故郷の安中に帰り、理想に燃える近隣の若者たちにアメリカのことを話しキリスト教を説いた。この時感化を受けて受洗した1人が湯浅治郎である。彼は第二代の群馬県議会議長となる。

 湯浅治郎の業績で特筆すべきことは、議会の先頭に立って廃娼の議決を成し遂げたことである。彼は、身の危険を感じるような激しい抵抗にも屈せず、その意志を貫いたが、そこには、師の教えの影響が強く働いていたと思われる。時の県令楫取素彦はこの議決を実施した。女性売春の郭から女性を解放しようとする全国の廃娼運動の中で、群馬県は金字塔を打ち建てたのである。

 当時の議会の記録を読むと、天賦人権論も顔を出して、格調の高い議論が生き生きと交わされている。県議会の活性化が叫ばれる今日、彼らの高い志について学ぶべきことが多い。

 湯浅治郎は、今も続く、味噌や醤油の有田屋の祖であり、私財を出して、日本で最初の図書館をつくり、安中教会の設立に尽くし、又、同志社大学を支えた。

 私は、近現代史重視を訴えて、コンパクトな歴史の小冊子を作ることを提唱し、それは実現したが、新島襄が載らなかった事は残念である。このことは同僚議員も委員会で取り上げていた。この小冊子は、地域バランスを考えた結果であろうが、魂の入らぬものになったのではないかと心配している。

「警察官の表彰式で挨拶する」(18日)

20年と30年の永年勤続職員が表彰された。呼ばれると、「ハイ」と答えて立ち上がる姿に、毅然として悪に立ち向かう警察官の頼もしさを感じた。「良好な治安は、真に豊かなふるさと群馬をつくるための第一の条件です。人権が尊重される社会で強い警察力が求められています。私たちも皆さんと力を合わせてこの難題に取り組みたいと思います」(挨拶の骨子)

 

 水上の集古館の主人がナメコを持って議長室を訪ねて来られた。

(県議会を身近なものにと願って。読者に感謝)

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2005年11月18日 (金)

憲法の問題で反応

「天皇制に関する朝日の「声」の記事に触れたら、早速、質問や意見を寄せる方々がおられた」(17日)

  その一つについて、ここで私の考えを書きたいと思う。「天皇は人間なのに旗やバッジのように象徴として扱われるのは気の毒すぎる」という記事についてである。ある塾講師のものであるが、「象徴」について軽く考えすぎている印象を受けた。

  天皇は、単なる象徴ではない、「日本国の象徴」であり、「日本国民統合の象徴」なのであって、これは、日本国民の総意に基づくものとされている。象徴制は、「天皇は国政に関わることが出来ない」という原則と合わせて理解されなければならないが、「象徴」は、日本の長い歴史を貫いて認められてきたことで、日本が世界に誇る文化であると思う。祖先から受け継いだこの文化は、これからも国民が守ってゆかねばならないことである。

  つまり、天皇は、単なる「旗」や「バッジ」とは異なる存在であって、国民の心のよりどころとなる大変大切な地位についておられるのである。

 

  もう一つ、憲法に関心を持てというなら、今話題の「地方分権」と憲法との関係をずばり易しく説明して欲しいというアクセスがあった。

  地方分権は、地方に権限を与えて、地方のことは地方が自主的にまちづくりなどに取り組むことを目的とする。これは、憲法が掲げる「地方自治」に不可欠のことである。地方自治は、中央に支配されるのではなく、地方のことは地方の住民が決めるということで、これは、憲法の大原則である民主主義を地方の政治に実現しようとするものである。

  つまり、こういう事になると思う。憲法の最大の目的は人間を大切にすることであり、それを実現する政治は民主主義でなくてはならず、民主主義を実現するためには、地方の自治が必要であり、地方の自治を実現するために、「地方分権」が必要なのだ。

  (日記を媒介としてこういうやり取りが出来ることは、誠に意義のあることで喜んでいます)

  「群馬県文学賞式で挨拶」(17日)

   短歌、俳句、小説等、6部門、6人の方が受賞した。文学は人間の大切な精神活動。物質文明が高度化し心に潤いが乏しくなった今日、皆さんの活躍と受賞は素晴らしいと挨拶。

 「八ツ場ダム上流町村が要望に」(17日)

  嬬恋、草津、六合の代表が災害対策や観光振興などで要望に見えた。これらの地域は歴史や伝統の文化が豊富なところ。そのようなことについても話が弾んだ。六合(くに)の名は、古事記の、天と地・まわりの4つを合わせて国をつくるという話に由来するとか。

(議会が身近になることを願って。読者に感謝)

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2005年11月17日 (木)

天皇家の結婚・女帝

「女帝について、男女平等との関係を問われる」(16日)

  天皇家の清子さんが結婚された。皇后様は、娘を抱きしめて「大丈夫よ」と語りかけたという。未知の世界に飛び込む我が子の姿に、宮中に入った時の昔の自分の姿を重ねていたのかも知れない。その朝の清子さんの静かな笑顔が印象に残る。

 私の周囲の人たちは、良い結婚式だとお二人の船出に好感を持っている。非婚ということが一つのライフスタイルと受け取られるような風潮があるが、この御結婚が結婚と家庭を見直す一つの契機になればと願う。

 このところ皇室への関心が高まっているらしい。ある人が私にたずねた。「女の天皇を認めるかどうか議論されていますが、男女平等なのだから当然ではないですか、認めないことは憲法違反ではないですか」というもの。

 結論からいえば憲法違反ではない。憲法は、天皇については、平等原則の例外を認めているからである。憲法は、皇位は世襲のものと定める。世襲制は、生まれによって人に特権を与えるから平等に反することになる。憲法は、人間の平等を大原則としながらも、天皇については、このように例外を認めているのである。

 従って、女性の天皇を認めなくても憲法違反ではないが、逆に、女性の天皇を認めることは、もちろん憲法違反ではなく、私は、良いことだと思う。

 女性天皇の誕生は、一般国民の女性の地位の向上には良い影響があるだろうし、世の中が、ぱっと明るくなるかも知れない。私の妻などは大賛成である。我が家は妻の権力が強いが、女性の天皇が誕生した場合、便乗して我が家にも女帝が誕生する懸念もある。

  歴史上は、推古天皇、皇極天皇、持統天皇、孝謙天皇など8人の女性天皇がいる。尚、世間には、女性天皇に反対論もある。三笠宮様は、先日、疑問を表明されておられた。

  質問に答える形で天皇のことに触れたが、最近、憲法改正がにわかに大きな問題になってきた。憲法は、私たち国民にとって最も大切な問題なので、関心を高めなくてはいけないと思う。それにはきっかけが要るが、「天皇」は、その良い例ではないか。

  朝日の「声」の欄に、最近、天皇に関する意見が時々載る。今月7日には2つの投稿が取り上げられていた。1つは、天皇制を日本の文化として後世に引き継ぐべきだというもので、もう1つは、天皇は、人間なのに、象徴とは気の毒すぎる、というもの。関心を持っているとこのような話題が見つかる。それを自分たちの話題にして憲法問題の意識を深めていくことが大切だ。

 (県議会が身近になることを願って。読者に感謝)

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2005年11月16日 (水)

中国女性代表団歓迎会

「歓迎レセプションで中国語で挨拶する」(15日)

団長は、中華全国婦女連合会の陳秀榕さん。午後6時から東急インで行なわれた。長く中国とかかわってきた中で、会合では何度か中国語で挨拶したことがある。異国を訪ねた時、母国の言葉で迎えられることは嬉しいものだ。

 文章は自分で作り、発音は中国人のアドバイスを受けて臨んだ。

「皆さん今日は。私は、中村と申します。私は、群馬県議会議長で、又、群馬県中国帰国者協会の顧問です。私は、小さい時から中国が大変好きです。そこで、私は、中国の歴史や文化を勉強してきました。今日、皆さんとお会いできて大変嬉しいです。中国は偉大な国です。日中両国の関係は、大変重要です。私は、皆さんと親しく交わり、更に、中国の理解を深めてゆきたい、又、皆さんと力を合わせて、日中両国の友好発展のために全力を尽くしたいと思います。今後とも、どうか宜しくお願いします。皆さんの健康を祈ります」(挨拶の骨子)

記憶したこれだけの文を忘れずに話すことが出来た。途中、チェン・タオ・ダージャー・ウオヘンガオシン(皆さんに会えて嬉しい)と言った時拍手が起きた。

 この日、発音は、残留孤児のSさん、留学生の周さん、NIPPON語学院の陳さんから、それぞれアドバイスを受けた。会場で司会と通訳を担当した裁判所法廷通訳の深町さんが、きれいな発音で、全部よく分かりましたと言ってくれたのが嬉しかった。

 

  中国は強(したた)かな国で、付き合うのが難しいところがあるが、長い歴史の中で深くかかわってきたアジアの隣人である。誠意と謙虚さをもって付き合うことが大切で、その際、歴史の理解は欠かせない。

 最近、サッカーの試合などで見る偏狭なナショナリズムや、中国人犯罪の増加などに目を奪われ、中国の正しい全体像を見失ってはならない。

 

  今後、群馬県としても、経済を通した関わりは益々深まるし、中国人を観光客として受け入れることは目前の課題となりつつある。中国とのかかわりが増す中で大切なことは、私たちが自分のスタンスをしっかり見つめることである。自分の足元がぐらぐらしては外国としっかり付き合えない。国際理解教育の重要さが叫ばれているが、外国語だけでなく、自分の国の文化や歴史を愛することもその重要な要素である。私は、そのためにも、近現代史をもっとよく教えることを訴えてきた。

 (議会を身近にと願って。読者に感謝)

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2005年11月15日 (火)

質問に答える

「国と地方の関係はどう変わったか、それは県議会にどう影響するか」

最近の嬉しいことは、「日記」を読んだ人から時々、質問やご意見が寄せられるようになったことである。冒頭の事について、ある人から、中学生にも分かるように易しく説明して欲しいという要望があった。「日記」からこのような反応が生まれることは、初めから思っていなかった。

 先ず、上下の関係から対等の関係に変わりました。長いこと国の指示に従って地方の行政が行なわれてきましたが、地方のことは地方が自主的に判断して行うということになりました。これは、地方の立場が大変重要になったことを意味します。地方が元気になるには、このことが是非とも必要だったと思います。国からの全国一律の支持では、地方の特色が生かせないし、住民が郷土愛に基づいて力を合わせることも難しいからです。

 

 そこで、地方が地方のことを自主的に判断して政策を進めるためには、国が握っていた地方に関する権限を地方に渡すことが必要です。これが「権限の委譲(ゆずること)」です。

 

 今、一番問題になっていることは、権限が来ても、お金を国に握られていたのでは、せっかくの権限を生かせない、ということです。そこで、地方が自由に使えるお金を認めよということで自主財源の確保ということが叫ばれています。「三位一体」もこのことが中心となっています。

 

 このように、地方の役割が大きくなることは、それを担う地方の議会の役割が増大することを意味します。今、「議会の活性化」を進めることが大きな課題になっていますが、その目的は、大きくなった役割を十分に果たせる活力ある議会をつくることです。

 

 県議会では、「議会改革検討委員会」が設けられ議会の改革に取り組んでいます。昨日(14日)、改革委の答申を話し合う議会運営委員会が開かれました。その結果、12月議会から、対面演壇方式という一つの変化が実現すると思います(私の説明の骨子)

 

 なお、国と地方の関係の変化を、別の角度から言えば、支配の関係をやめて、国と地方は、それぞれに適した役割を担うということである。国は、防衛、外交、金融等本来国がやるべきことを担当し、地方のことは、地方を一番よく知る地方に任せるということである。この流れを大胆に進めることが改革である。戦後60年が経過し体質が肥大化し、動脈硬化を起こしつつある日本の再生は、この改革にかかっている。

(県議会を身近なものにと願って)

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2005年11月14日 (月)

10キロのコースを走る

「ソフトと野球の大会に出る」(13日)

朝7時半、元総社地区のソフトボール大会に出て、それから、9時、市民球場におけるボーイズリーグの大会開会式に出た。GTVのF氏が議長日記を毎日見ていますと言っておられた。

 ボーイズリーグは、中学生から成る公式野球チームの団体。今回は、来春の全国大会に向けての県予選大会である。県下の11チームが参加した。足並みをそろえ手を振って堂々と行進する姿には、日頃厳しい練習に耐えてきた逞しさが滲む。現代っ子は、ひ弱だとよくいわれるが、スポーツに打ち込んでいる子らは違う。教育の上でもスポーツがいかに大切かを改めて思った。球場の上は、雲一つない青い空が広がっていた。

「三つの文化祭に出る」(13日)

ある町の文化祭は、毎年、芸能祭という名で、寺院の広間で行なわれる。寺が地域社会の文化の拠点、心のよりどころを成すという良き伝統が守られている。一曲歌う羽目になった。今年の夏、ブラジルで歌いましたといってりんごの歌をやった。皆が手拍子を打ってくれた。

「県民マラソンのコースを走る」(13日)

夜、時々、近くのグランドで走っていたが、その距離は短い。本番が一週間後に迫り、10キロの実際のコースを走ってみたいと思っていた。青い空と快い風に誘われて心をきめる。

 敷島公園のレストラン・リッツで簡単に着替えて走り出す。公園の松林に沿って走り住宅街を抜けて利根川べりの道路に出る。本番では、この当たりで、道いっぱいの人々に次々と追い越されながら必死で自分のペースを作っている筈。コースの地形を頭に入れておくことはマラソンの戦略にとって重要だ。もう少し走ると光る流れが見え、その先にグリーンドームが現われる、と頭にイメージを描きながら走る。県庁舎を回って、折り返しのコースとなる。苦しい息をつなぎながら時々顔を上げると、遥かな山々が声援を送るように連ねるのが見え、利根の川を渡る風が額の汗をなでる。スッスハッハ、スッスハッハ。遂に完走を果たした。健康は県民の宝、そして、健康は日頃の運動にかかる。県民マラソンが県民の健康に寄与することを願う。

(県議会を身近にと願って。読者に感謝)

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2005年11月13日 (日)

私学の記念式典

「朝、妻を眼科へ連れていく」(12日)  手術後の診察である。視力が衰え悩んでいた妻は、数日前遂に手術した。結果は成功だった。長いこと苦しんでいた割には手術は簡単で、翌日には包帯を取ることが出来た。「世界がこんなに綺麗とは思わなかった」。妻は、その時初めてこの世を見た人のように叫んだ。この事実から推し量って、光を失った人は、世界を失ったといって悲しむに違いない。角膜の手術で再び光を得た人は妻以上の快哉を叫ぶに違いない。遺言で角膜を提供した母のことを思った。クローン人間が出来るほどに技術が進んでいるのに、どうして、失明者に光を与えることが出来ないのだろうか。国がその分野の研究に金を出さないからか、などと妻と話した。 「料理専門学校の文化祭に出る」(12日) 実演・試食のコーナーは人であふれていた。ここで学び、技術を身に付け、あるいは資格を取って、調理師や菓子職人としての人生を歩む人が多い。「食」は、人間の生命や健康に直結するし、大切な市民の文化と関わること。大切な職業だ。今、「食育」や「食の安全」が大きな問題になっていることを学生たちは知っているだろうか。技術と知識以外にも、学生に教える重要なことがあると思った。公務員を退職したNさんが、私を見つけ、満面笑みをたたえて言った。「私の作品を見てくださいね」。和食の部で市長賞をとった彼女はキラキラ輝く1年生だった。歳を重ねても若者と一緒に学ぶ新時代の人の姿を見た思いがした。 「共愛学園の記念式典に出る」(12日) 賛助会の創立30周年記念である。私は賛助会の役員であるが、議長として挨拶した。「共愛は明治以来、キリスト教に基づく教育で多くの人材を世に出してきました。今日、教育改革が叫ばれ、心の教育の必要性が増していますが、公教育で宗教教育を行なうことはできません。だから共愛学園の存在意義は大きいのです。少子化と国際化が進む中で、学ぶことの意味が問い直されている今、私学の真価が問われています。 1世紀を越えて宗教教育の歴史と伝統を守り続けてきた共愛学園の真価を世に問う時がきました。その共愛を物心両面で支える賛助会の意義は誠に大きいと思います。賛助会と共愛学園の更なる発展を祈ります。」(私の挨拶の骨子)             ー議会を身近なものにと願って。読者に感謝。ー

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2005年11月12日 (土)

環境ボランティアの仲間と語る(11日)

 地球の温暖化が話題になった。日頃、ゴミの不法投棄など環境問題に取り組んでいる人たちなので特に関心が高い。シベリアの凍土が緩んでいる、南極の氷が溶け出した、各地の氷河が後退し縮小している、又、身近な例では、異常な洪水、台風の頻発、紅葉は遅くなりサクラの開花は早まっている、等々新聞やテレビは連日のように温暖化の影響を報じている。各地の被害を見て、地球が狂い出した、何とかしなければと、多くの人々が危機意識を募らせるようになった。この意識を行動に表す時である。

 「国や県は、どういう対策をとっているのですか。議長はよく京都議定書のことに触れていますが関連を説明してください。」と若い人が発言した。

 京都議定書は、深刻な温暖化を何とかしなければということで、原因とされる二酸化炭素(CO2)などを減らそうと世界各国が京都に集まって約束したもので、今年、発効しました。これによって、日本は、具体的にCO2を削減する義務を負いました。

 温室効果ガスは他にもありますが主要なものは二酸化炭素(CO2)なので、これについて説明しますが、CO2を削減する対策として、これを出さない工夫と吸収してしまう方法があります。

 「吸収」は森林の働きです。中学で習いましたが、植物はCO2を吸収してその体をつくる光合成をやっていますからね。日本全体、又群馬県では森林面積がどれだけだから、何億トンのCO2を吸収できると計算できます。そこで、国も県も荒廃した森林に力を入れようとしています。林業は採算難、後継者難など深刻な問題を抱えています。

 「出さない」工夫が最も重要ですが、国も県もクリーンなエネルギーの開発、バイオマス戦略、企業や事務所や家庭への呼びかけなどを真剣に考えています。

 国の研究機関は、新エネルギーの工夫で、CO2の排出量を2050年までに70%減らせると発表しました。クリーンな新エネルギーには、風力、地熱、太陽、バイオマスなどの利用があります。環境省は近く「ソーラー大作戦」を展開する考えです。日本中の屋根を発電所に変えたら素晴らしい効果ですね。しかし、一番重要なことは一人一人が自覚して小さな努力を続けることです。文明を過信した傲慢な人間に神が怒っていると謙虚になることが必要でしょう。現代では、ノアの箱舟は期待できません。(私の話のポイントです。)

 (日記を読んでくださる方に感謝)

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2005年11月11日 (金)

新潟県庁を訪ねる(10日)

 未明、午前4時半に家を出た。関越トンネルを抜け湯沢を過ぎる頃、東の山の端の輪郭がうっすらと見えるようになる。やがて、空が少し明るくなり、稜線を重ねた越後の山が姿を現した。山懐には白い霧がゆっくりと動いている。高速道には赤い電灯が並び一車線の規制が行なわれていた。やっと明け切った道路には、早くも工事の人々が集まっていた。大地震の復興作業はまだ続いている。

 途中一休みして午前9時半頃県庁に着く。白亜の三つの建物は中央が背の高い行政庁舎で、左右に警察棟と議会棟がある。

 議会事務局長等が待ち受けていて対応してくれた。議会の活性化対策等につき説明を受け意見を交わし資料を頂いた。議会の活性化対策はあまり進めていない印象を受けたが、本会議場で行なわれる「連合委員会」の制度には注目した。四つの常任委員会が一堂に会し、所管事項にとらわれず知事に対して質疑を行なうのである。全国でここだけらしい。実際の姿を見たいと思った。

 新潟県政の最大の課題は大地震の復興とその後の対策であり、私たちがそこから学ぶことは大きい。

 中越大地震は中山間地域の町や村を一気に壊滅させた。人々が営々と守ってきた文化や伝統も危機に陥れた。新潟県は、大震災復興ビジョンに基づいて中越大震災復興計画を策定した。そこには、新潟地震を日本全体の教訓にしたいという強い思いがあり、復興した姿を、日本国民がこれから充実した生活を築くための指針になるようなものにしたいという願いと決意が込められている。そのことが全国から支援を頂いたことに対して報いることだと語っていた。

 東京直下型が近いといわれているが、群馬県は大丈夫と高をくくっている人が多い。自然の力は、予測をこえ、人智では測り難い。阪神淡路と中越の惨事を大きな教訓として真剣に受け止めることが、今私たちに求められている。

(日記を読まれる方に感謝)

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2005年11月10日 (木)

免許証の更新

2時間の講習を受ける」(9日)

 5年間で二つの違反があり、2時間の講習を受け、大いに感ずることがあった。講師は、安全協会の女性の方で受講者の心に届く話し方をされていた。私も、昔は学習塾で、現在は毎月のふるさと塾で、大勢を相手に話すことの難しさを知っているので、講師の工夫の程が分かる。

 話を聞きながら、車社会の日常生活に慣れて、車の運転に伴う危険性に麻痺している自分に気付いた。現代人は、車に対して畏怖の念を持ち、謙虚になるべきだと思う。

 車は、現代人にとって最高の文明の利器であり、無くてはならないものである。しかし、少しでも油断をしたり、ルールに反するなら、自分や他人の生命を奪ってしまう。16年度の交通事故による死者は、全国で7300人、群馬県では147人である。恐らく、人々は、毎年繰り返されるこの位の数字に対しても麻痺していると思う。謙虚に人の生命を考えるなら、この数字は、恐ろしい事実を突きつけているのだ。車で人を傷つけることは、犯罪行為なのだということを認識し、交通のルールを守ろうと、改めて思った。

 講習を受ける人々の多くは若者であったが、皆、真剣に聞き入っていた。若者にとって車がいかに大切かということを示す光景であろう。

 最後に、講師は、アイドリングストップを実行して下さい、小さなことが大切なのですと呼びかけていた。地球環境の破壊が叫ばれる中で、特に温暖化が問題とされている。温暖化の原因の主要なものは車の排気ガスである。車を運転する者は、このことも真剣に受け止めねばならない。講師の美しい笑顔の下に環境問題を訴える真剣さをちらりと見た。

 道交法が厳罰化の方向でいろいろ改正されている。道交法をよく知ることは、自分を守るために必要であり、又それは、現代人の必須の常識であると改めて思った。

 「商工会連合会の大会に出る」(9日)

 会長は、近藤英一郎氏。新任の高木副知事が知事の代理として挨拶。私は、県議会を代表して挨拶した。「日本の経済を支えるものは中小企業です。景気は、回復しつつあり、踊り場を脱出したといわれますが、中小企業を囲む環境は非常に厳しいと思います。中小企業の活性化なくして日本の経済の活性化はありません。商工会の発展なくして群馬の経済と地域社会の発展はありません。結束を強めて頑張って下さい」(私の挨拶の骨子)

(日記を読んで下さる方々に感謝)

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2005年11月 9日 (水)

群馬県功労者表彰式

「功労者表彰式は、昭和庁舎正庁の間で行なわれた」(8日)

 県政の重要な分野において立派な功績のあった者に授与される本県における最高の賞である。最高齢者の仲澤勝美氏(85歳)は、御巣鷹の尾根の整備に尽くし、又、高齢の遺族参拝者の慰霊登山を助けた等の功績が評価された。

 最年少は、宇津木妙子さん(52歳)。女子ソフトボールの監督として輝かしい実績をあげた。なかでも素晴らしいのは、シドニーオリンピックの銀メダルとアテネオリンピックの銅メダル獲得である。

 宇津木さんは、式典の後の祝賀パーティーで登壇しスピーチした。女性の監督は初めは認められず彼女が最初だったこと、力のないチームを育てるのに苦労したこと等に触れ、今日は主人と来ている、これまで頑張ることが出来たのは主人のお陰と話していた。私が近づいて、女性の地位の向上に貢献しましたねと語りかけたら、ハイ、と笑っていった。側で御主人が見守っておられた。その快活な笑顔の奥に大変なドラマを感じた。

「尾瀬がラムサール条約に登録された」(8日)

  今年の9月議会で星野県議が尾瀬のことを取り上げて質問した中で、執行部は、ラムサール条約に登録される可能性について触れていたが、昨日のニュースで、ついに登録されたことが報じられた。ラムサール条約は、水鳥の生息地として国際的に重要な湿原を保護することを目的とする。日本では、北は、北海道の釧路湿原から南は沖縄県の漫湖まで重要な湿原が登録されてきた。今度のアフリカ・ウガンダの会議で、日本の条約湿地は33ヶ所になった。

 今回の登録で尾瀬の重要性が増す。尾瀬を自然環境と野性生物保護のシンボルにしなければならない。

「海外調査団の帰国と共に早くもオンブズマンの請求」(8日)

 教育環境づくり特別委員会の調査団が7日に帰国したが、それを待ち構えたように、レポート、調査先の資料等の開示請求があった。これらの資料も公文書ということで開示を求めていると思われる。レポートは、まだない。その他の文書は、原則に従った対応がなされることになるだろう。

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2005年11月 8日 (火)

県議出身の市長たち。海外視察団

「請願書を受理し、面会の人々に会う」(7日)

 いくつかの重要な請願を受理した。どれも、地域の重要な課題である。その中に、中島勝敬館林市長の道路整備事業に関するものがあった。

 今、公共事業に対しては、国も県も、なかなか金を出せない。しかし、主要な道路は、地域社会の動脈である。整備しなければ、地域社会の血脈が流れなくなる。市長にとって頭が痛い課題なのだ。

 多くの市長が請願に来られる。市政と県政は密接に関わっているからだ。最近は、国、県、市の関係では、市政の重要性が増している。地方分権で市に権限が移る流れが加速しているからだ。市長は、自分の意志を強く出して政策を実施することが出来る。その意味でやりがいのある仕事である。県会議員から市長に転出する人が多いことは、このことと関係があるからだろう。

 昨日、議長室を訪ねた友人が県議出身の市長にはどういう人がいるのかと訪ねた。

 先ず、館林市長の中島勝敬氏と沼田市長の星野巳喜雄氏は私と同期の県議だった。この他に清水太田市長、矢内伊勢崎市長、中島博範安中市長、そして、最近の高木前橋市長などがいる。

 彼らが今、悩んでいることは、三位一体改革の最先端に立たされて、権限は移っても財源が伴わないことだ。苦しい状況の中で、市長たちの手腕が問われている。

「海外視察団が帰り、他の一団が出発した」(7日)

 昨日午前、全ての日程を消化して、教育環境づくり特別委員会の海外視察団が成田に着いた。そして、この日、早朝、「安全・安心なくらし特別委員会」の海外視察団が出発した。このグループは、主に、アラブ首長国連邦やスイスを訪ねる。アラブ首長国連邦では輸入食品に対して非常に厳しい管理体制を敷いているし、スイスは有機農業の実施率が高い。食の安全が叫ばれている中、外国の実態をよく見てきて欲しい。アラブの視察は珍しい。無事の帰国を祈る。(日記を読まれている方々に感謝)

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2005年11月 7日 (月)

秋田犬展覧会

「秋田犬展覧会に出る」(6日)

秋田犬は、あきたいぬと呼ぶ。国の天然記念物となっている。姿の美しさ、風格に於いて多種の追随を許さない。日本犬の代表的存在である。

 私のナナは、4歳の雌で、ピンと立った耳、目から鼻と口にかけた優しい線、足の長さ、お座りしてちょっと首を傾(かし)げた姿など、同じ秋田犬の渋谷のハチ公よりずっと格好がいい。我が家では、秋田美人と呼んでいる。

 第64回の展覧会は赤堀のホテルニュー赤城の広場で行なわれた。各地の愛犬家が自慢の犬を連れて集まっていた。私は、保存会の顧問として挨拶、ペットを飼うことが難しい環境の中で大型犬である秋田犬を囲む状況は厳しい。秋田犬を愛する者が中心になって伝統の文化、美しい秋田犬を守ってゆきたいと話した。

 最近はペットブームだが、少し変しな現象もある。川原にニシキヘビが現われたとか、押入れを開けたらヘビがとぐろを巻いていたとか報じられている。ペットとの接し方、管理の仕方などが問題になっている。

 日本はヘビの輸入大国だそうだ。そして、若い女性でヘビを飼う人が多いと聞く。ヘビは聖書の昔から人間と深い関わりがあるが、感覚的、生理的に恐怖や嫌悪を感じるのが通常かと思っていたが新人類に異変が起きているのか。

 もちろん、ヘビだけの問題ではない。群馬県にも有害なペットを規制する条例があるが、これに漏れる動物について問題が起きていると思う。

「我が家の美女トコのこと」。我が家には、もう1人(?)美女がいる。愛猫のトコである。もてるせいか、子離れが済むと間もなく妊娠する。最近5匹生まれた。皆、母猫に似て器量よし。そろって乳を飲む様子、子猫どうしがじゃれあう姿はほほ笑ましい。元気のいいやつはジャンピングドロップをしている。1人暮らしのお年寄りが、「これからは話し相手がいるから淋しくない」といってもらってくれた。あと3匹いる。どなたかに差し上げたい。

乞う御連絡(027-269-3954)

(日記を読んで下さる方に感謝)

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2005年11月 6日 (日)

素人芝居を見る

 永明地区の文化祭で素人芝居を見た(5日)。どこの文化祭でも書画や焼き物など様々な作品が並び、また、茶会やカラオケ大会などがあるが、素人芝居は珍しい。この地域は、手作りの芝居を長く続けている。それは、中心となる指導者がいるからだと思う。その人は、元県職で演劇では長い経験があるらしい。演ずる人も見る人も町内の人なので場内は一体感で沸いていた。最後におは拍手と共におひねりが飛ぶ。

 演目は「うそ八百物語」。私の友人の齋藤重太郎さんが主人公のうそつき七を演じた。最近までは役がなく、音響係で、「ポッポー」と汽笛を鳴らしていたのに大変な出世である。この一座の芝居を見るのは二度目であるが、二つの作品はなかなかの出来であった。監督の厳しい指導とそれに従って真面目に練習を重ねたあとがうかがえた。

 文化祭にゆくとその地域の文化度を感じる。それは地域力といってもいいだろう。文化祭の賑わいは、地域力が健全であることを示す。治安、教育、福祉など地域の抱える問題を解決してまちづくりをするために不可欠な力である。

 「小野上村の温泉センターへ行く」(5日)。
 夕方時間が出来たので、妻を乗せてひと走り。渋川を抜け吾妻川の先の鯉沢の信号を左折して国道353に入る。「思い出すわね」妻がポツリと言った。息子の周平が白根開善学校にいた6年間、いく度となく走った道であり、我が家の大切な歴史が結びついている。

 小野上村温泉センターは、この国道の沿線にあった。入浴料は400円、露天風呂があり、サウナがあり、結構楽しめる。一角にはカラオケを歌う会場もあった。大勢で風呂でくつろぐのは、江戸時代以来の日本の文化である。

 各地で温泉が掘られ、「風呂」はブームとなっているが資源の枯渇も懸念されているのである。本物か偽か、温泉の表示が大問題になったのはまだ最近のこと。温泉の文化を守るためにこれらの問題にも関心を深めていきたい。     (日記を読まれる方に感謝。)

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2005年11月 5日 (土)

尾辻前大臣から母へ感謝状

 「菊花祭、勲章伝達式、妻と一杯」(4日)
 地域の菊花祭は、老人会の恒例の行事。丹精して育てた見事な菊の花が並んでいた。菊作りは母の趣味だった。今頃は、天国で、親しくなった人々に菊作りの自慢話をしているかも知れない。

 秋の勲章伝達式は、県庁・昭和庁舎の正庁の間で行われた。一人一人に知事から勲章が手渡された。私は、県議会を代表して祝辞。「地方分権の時代において、皆様の受賞は新しい時代をつくる県民に、計り知れない勇気と希望を与えてくれます。」と述べた。

 夜、居酒屋で妻と一杯やっていたら、近くの席に若い県職員が数人賑やかにやっていた。ブラジルへ同行したSさんもいて笑顔を交わす。県職員は夜のまちに出なくなったといわれるが、誰はばかることなく楽しく飲んで語らうことが県政のための活力を生むことになるし、元気のない中心街を救うことにもなる。こういう所で、「やあ」と言って交わす笑顔と視線は格別なものである。

 「尾辻前大臣からの感謝状」 この居酒屋で妻が私に注ぎながら、おかあさんの「もったいない」は偉かったわねと言う。この二日、前大臣から角膜提供に対する感謝状が届いたのである。9月18日の葬儀で、アイバンクから感謝状が贈呈された時、大臣からは後程届けられますと説明があったもの。

 感謝状を届けた人は、「お母さんのお陰で二人の人が救われました」と改めて言った。両目を失明している人の一方の目に移植するのである。

 何事も、「もったいない」というのが、貧しい時代を生きた母の哲学であった。角膜の提供も、もったいないから始まったに違いない。

 今日、もったいないは、社会を救うキーワードである。大量消費大量放棄では、資源も環境ももたない。循環型社会を進めるために、リサイクル、リユースが叫ばれているが、これは、一人一人が「もったいない」の意味をかみしめて実行することに懸かっている。

 最近、日本語の「もったいない」が世界で注目されているといわれる。地球を救うために、価値観の転換が求められているのだ。それを促す事実はほんの身近なところにあることを感じるのである。身を削って残した母の教えの意味を改めて思った。  (日記を読んで下さる方に感謝。)


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2005年11月 4日 (金)

照葉峡を歩く

 「照葉峡を歩く」(3日)

 いくつかの行事に顔を出してから、午後東京の友人を案内して照葉峡へ向かった。途中古民芸を集めた集古館に寄る。主(あるじ)の古野仍次(なおつぐ)さんは旧知の間柄で近くを通るときよく立ち寄る。四角の囲炉裏では炭が赤く燃え、真っ黒に煤(すす)けた天井から伸びた自在鉤の鉄瓶からはコトコトと湯の音が聞こえていた。昔の農村の懐かしい光景である。こういう場面で交わす会話には古酒を酌み交すような趣がある。

 奈良俣ダムを越え湯の小屋沢の渓谷に入る。このあたりを照葉峡というらしいが、紅葉の盛りであった。細い清流は複雑な地形の中を岩を刻み淵をつくり白い滝となって流れ下っている。潜龍の滝、白龍の滝、岩魚の滝、山彦の滝、翡翠(ひすい)の滝などと碑に刻まれた名称がそれぞれの滝の姿を雄弁に語っている。

 なだらかな傾斜の道を歩き、上流に進むに従って紅葉は一段と鮮やかになる。翡翠の滝の下は透きとおるような青い豊かな水が淵をつくり、その上に、黒い岩肌から真っ赤な紅葉(もみじ)が枝を伸ばしていた。足下(あしもと)には、から松の黄色い細い葉が敷き詰めたように広がり疲れた足を労(いたわ)ってくれる。地形の高低、気温の差、風の流れなども山の色付けに一役買っていると思われる。カーブを曲がると、今までとは違った全山燃ゆるが如き光景が突然現われたりする。

 名曲や名画に接する以上に心に栄養を摂取した感じである。脳細胞が受けた快い刺激が疲れを忘れさせ身内に活力を生むことを感じるとき、人間は精神の動物であると、つくづく思う。

 人間の生存に不可欠な自然環境が危機にある。自然の価値を知ることが自然を愛する心を生む。美しい自然の中で、そう実感した。後で気付いた事であるが、照葉峡には多くの人がいたが、ゴミはほとんど落ちていなかった。自然を守るためのマナーが向上しているものと信じたい。美しい自然の中に、ダンプでゴミを捨てる事実が、つい最近も、私が関係する美しい緑の中であった。

照葉峡の感動が醒めぬ心で言えば、このような不法投棄は、神の芸術作品に刃(やいば)を突き立てる行為である。廃棄物管理係りに知らせた。真剣に取り組んで欲しい。

(日記を読んで下さる方々に感謝)

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2005年11月 3日 (木)

選手結団式、激励会

 ①「ねんりんピック選手団結団式 ②尾瀬国体選手激励会」(2日)
 ①は、高齢者を中心とする国民の健康の増進、社会参加、生きがいの高揚などを目的。今年は福岡県で開かれる。本県からは188人の選手団が参加。皆、元気がいい。参加者の最高齢は、88歳で、マラソンに出る人だという。私も10キロを走るが、大いに勇気づけられる。今日の社会は高齢者が一つの原動力になっている。高齢者の生き生きした姿から若い人が良い刺激を受けることが期待される。楽しみながら頑張ってきて欲しいと激励した。(県民ホール)
            
    ②来年2月片品で開かれる尾瀬国体まで100日あまりとなった。「輝く君を見たい」をスローガンにしたスキーの競技会である。選手は、これまでも、厳しいトレーニングに励んできたが、これからが大切。200万県民と共に応援するから頑張って欲しいと激励した。
             

  スポーツの国際競技で、「日本頑張れ」の意識が自然に盛り上がるように、国内の各県対抗の競技では「群馬頑張れ」の意識が高揚する。このことが郷土愛を高めることになり、群馬の力を引き出すことになれば素晴らしい。平和な時代の健全なたたかいを楽しみたい。
            

 「改革が進められているが、国の借金はどうなるのか」
    県民の方から質問があった。17年度末の国と地方合わせた借金は774兆円である。これを全人口で割ると1人当たり613万4千円となる。
         
    世界一の借金大国なのである。民間企業なら倒産は免れない。今後の見通しはといえば深刻である。それは「高齢少子化」が進むからだ。これは、福祉の費用が増大し、それを支える力が小さくなることを意味する。
             
    ではどうするのか。消費税の増税は避けられないと言われている。しかし、歳出の改革を徹底しないで税金を増やすことを国民は納得しない。出来る限りの改革をした上で、これだけ足りないということを国民に説明しなければならない。三位一体改革をはじめとした様々な改革は、世界一の借金体質を改めるための工夫である。この日記でも、そのような全体の流れを踏まえたうえで、個々の改革を折に触れて取り上げたい。
            
       (日記を読まれる方々に感謝)

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2005年11月 2日 (水)

県立病院の赤字

               
 「ある医師が、県立病院の赤字体質を語る」(1日)
    昨日、友人の医師が訪ねて来て、県立病院が毎年大きな赤字を出しているのは納得出来ない、県民が何十億円とい愛県債を買って金を出していることをどう考えているのか、県立病院の責任者には経営の感覚と責任感がかけているのではないか、と憤慨していた。
            
   県立四病院で一年におよそ14億円もの赤字を出しているらしい。多くの患者がありながら巨額の赤字を出す原因は何か、きちんと突き止めなくてはならない。自治体病院でも赤字を出さないところが多くあるのだ。
            
   愛県債を買う県民の多くは、県立病院の経営の実態を知らない。県当局には、県民に事実を知らせる説明責任があると思う。
            
   県立病院の責任者が、本会議場で、「経営のことは最も不得意で」ともらしていたが、優れた医師は、経営については不得意なのが当然という感覚があるに違いない。良質の医療サービスの提供と経営の安定は不可分のことではないか。
            
    赤字体質と病院で働く人々全体の志気との間には密接な関わりがあると思えてならない。病院全体の志気の低下は、人々の改革の意識を弱め、無駄を生み、ひいては、人の生命を扱うという緊張感を鈍(にぶ)らせることに通じるのではないか。病院を改革し、赤字を無くそうという病院の責任者の決意と志の高さが今、求められている。
            
    ここで思い出すのは、全国自治体病院の中で赤字ワースト1で、自治省から廃院の勧告を受けた香川県坂出市立病院を立ち直らせた塩谷院長のことである。ひどい状態のところへ乗り込んだ塩谷医師は、やる気のない人々を叱咤(しった)して改革を断行した。私は、塩谷氏を群馬に招いて多くの人とその話を聞いたことがある。塩谷氏は、医師から看護士、そして、事務の人に至るまでが自信を取り戻し、そのことが良質の医療の提供につながっていると語った。このことから、群馬の県立病院が学ぶことは多いと思う。「日本一の県立病院」を実現させるために、今求められるものは、関係者の「志」と「志気」ではなかろうか。
           
     日記を読まれる方々に感謝
           

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2005年11月 1日 (火)

公文書の開示を決定

   「県庁舎階段を32階まで歩いて登る」(10月31日)
  県民マラソンが近づくと毎回やることであるが、今日は、今年の最初のアタックなので苦しかった。32階まで9分かかった。20日までに体重をあと2キロ落としてベストの状態で臨みたい。昨年のタイムは、10キロメートルを59分30秒で完走した。歳だから無理をしないでと妻が言っている。
            
     「ぐんま新時代検討委員会に出る」(31日)
   新時代を作るための重要な戦略を決める会議で各分野の民間人が参加している。私も一委員として毎回発言してきた。
    戦略として決められた中からいくつかを紹介する。①少子化対策。②基礎基本を習得させる教育の推進。③障害者の自立支援。④健康長寿を延ばす施策。⑤食の安全安心と食育。⑥犯罪のないまちづくり。⑦地球環境の保全。⑧国際観光の推進、等々。
    これらは、折に触れて取り上げることになると思う。県民の皆さんには、是非、関心を持ってもらいたい。             

 「公文書開示決定につき、議長コメントを出す」(31日)

今回の海外調査については、各派代表者会議が審査を行なった。会議の中心は議長の私である。代表者会議は、自由な発言を尊重する趣旨から非公開となっている。だから、海外調査の審査の記録も非開示となっていた。
   これに対して、オンブズマンから異議の申し立てがあった。異議の申し立てがあると、公文書開示審査会が開かれ、申し立ての当否を審査する仕組みである。
    審査会は、海外調査の審査記録を開示すべきものとする答申を出した。代表者会議は、この答申を尊重して開示することに決したのである。
 情報の公開は民主主義の基盤である。そこで国には情報公開法があり、県には情報公開条例がある。県の公文書の公開を誰もが求めることが出来るのが原則である。今回の問題もその基礎には、情報公開条例がある。
  この条例は、県民にとって非常に重要なので関心を持っていただきたいと思う。
            (日記を読んでくださることに感謝)

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