2023年12月 9日 (土)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 一二三

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。

 

 終戦のとき、四十九歳であった高良とみが、ハバロフスクの強制収容所で被収容者と出会うまでの軌跡を戦後の動乱の社会を背景にして、ごく大雑把に見ることにする。

 

 昭和二十年八月六日広島に、次いで九日長崎に原爆が投下された。そして、八月八被、ソ連は日ソ中立条約を無視して満州に侵入。このような流れの中で、日本はポツダム宣言の受諾を決定し、八月十五日天皇のラジオ放送で戦闘は停止された。

 さて、満州を守る関東軍は終戦に近づく頃は、その主要な部分は、南方の備えに回され、形だけのものになっていた。ほとんど戦う力もない状態のところへ、ソ連軍は、怒濤のような勢いで攻め込み、日本軍は武装解除され、約六十万人の兵士は、シベリアを中心としたソ連各地の収容所に連れ去られていった。祖国日本へ向けて、各地から兵士の引き揚げが始まる頃、日本とは逆方向への強制的な連行が始まり、その先には、新たな、より過酷な「戦い」が待ち受けていたのである。ソ連への強制抑留は、昭和二十年八月から始まった。

 このころ、日本国内では歴史上かつてない大きな変化があった。

 昭和二十一年に日本国憲法が公布され、その下で行われた参議院選で、高良とみ初当選したとき、彼女は五十一歳だった。戦後、初めての婦人参政権が認められたことの成果であり、男女平等の大きな前進として、日本の歴史の上でまさに、画期的なことであった。

 高良とみの動きが注目を集めるのは、国交のないソ連に日本人として初めて、ましてや国会議員として初めて、鉄のカーテンをくぐって入ったからである。米ソ対立の冷戦下その勇気ある大胆な行動は、日本ばかりでなくアメリカをも脅かす世界的なニュースとなった。

 出発は、昭和二十七年三月であるが、高良とみは旅券法違反で逮捕されることを覚悟して出国した。これは、アメリカとの間の関係に神経を使う、時の吉田政権が高良とみのソ連訪問に強く反対して、ソ連へのパスポートの発行を認めなかったからである。

 前年の昭和二十六年、ソ連などを除いて、アメリカを中心とした国々との間で平和条約を結び、その発効が昭和二十七年四月であり。高良とみの出発は、その直前の三月ということで、首相吉田茂はアメリカとの外交関係に影響することを恐れていたのである。

 

つづく

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2023年12月 8日 (金)

人生意気に感ず「日本社会が縮む。それは介護崩壊だ。多子世帯の大学無償化を。 地下道水攻めの無慈悲さ」

◇日本の社会が急速に縮んでいく。少子高齢化は不気味に足元を揺り動かす。喫緊の課題は高齢者介護の状況である。介護を支える人手不足は深刻な人権問題とつながっている。

 厚労省はこの度「離職超過」が生じていることを明らかにした。介護職から離職する人がこの分野に入る人を上回る状態を指す。問題は賃金格差である。他の分野と比べ賃金が格段に安い。高齢者を支えたいという志に頼ることは出来ないのだ。間もなく高齢者人口はピークを迎える。私たちを待ち受けるのはいわゆる42年問題。2042年に団塊ジュニア世代が全て高齢者となり高齢者人口は4千万人のピークに達すると予測される。その時、介護はどうなるのだろうか。介護の現場の声は悲痛である。「40年度には69万人の介護職員の不足が予想され、10年後には団塊の世代が85歳となり6割は要介護者になる」

 ヘルパーの高齢化も深刻である。現在、ホームヘルパーの平均年齢は54.7歳。「介護崩壊」が迫っているのだ。総合的に、そして抜本的に手を打たないと手遅れになる。外国人の活用、介護ロボットの一層の導入拡大などだ。

 首相は「異次元」という用語を少子化対策のキーワードとして打ち上げたが、高齢者介護の分野でも異次元の対策が求められる。

◇政府は異次元の少子化対策の内容を具体的に一歩進めようとしている。それは「多子世帯の大学無償化」である。3人以上の子どもがいる世帯で2025年度から大学授業料を無償にする方針である。対象につき所得制限を設けない。大学には短期大学や高等専門学校も含める。教育費の負担軽減により子どもを設けやすくする狙いである。首相は高等教育の支援拡充に意気込んでいる。人材育成は日本の未来への扉を開くカギ。最近子ども達の学力向上が国際比較で脚光を浴びているが、大学無償化はこの方向を後押しするものとして期待したい。

◇ネタニヤフ首相の顔が無慈悲な悪魔の化身に見える。ハマスの要塞地下道に海水を入れることに言及した。日本の戦国時代秀吉は水攻めを得意とした。子どもや女性がひしめく地底深くへの水攻めはその比ではない。アドバルーンを上げ世界の反応、特にアメリカの反応を窺っている節もある。アメリカの言うことにしか耳を傾けないイスラエル。もし許すとなればアメリカは同罪である。イスラエルの考えていることはナチスのホロコーストと変わらない。今、私たちは大戦争の瀬戸際にある。(読者に感謝)

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2023年12月 7日 (木)

人生意気に感ず「週休3日制の意義。ルフィの逮捕と犯罪の国際化。有県施設を発電所に」

◇県は来年度に週休3日制を試行する。前橋市がこの夏に試行した。都道府県で取り組むのは珍しい。県と市がよく連携していることを窺わせる。山本市長は過日、知事が頻繁に市長室を訪れると語っていた。私は長いことこの二人の姿を見てきた。草津出身同志には共通するものがあるようだ。私が県議会に居た頃、県政のある大先輩が「政治は情だ」と言ったことがある。情を強調し過ぎるのは誤りだが、理念の一致を踏まえた上で情の役割は非常に重要である。「政治は理念と情だ」といえるだろう。私は二人の山本を見てそう感じてきた。

 週休3日制は働き方改革の問題である。進歩した器機の導入等により労働環境は革命的に変化した。1日の勤務時間を延ばし総労働時間を変えず出勤日を一日減らす。そして知恵と工夫を凝らし県民サービスを向上させることが理想である。今や時代は少子高齢化が加速し人口減少のただ中にある。週休3日制はこの社会現象の中で一つの活路を生む契機になり得る。前橋市と県は慎重に研究を重ね良い先行例を実現して欲しい。この動きが県内全行政に波及すればその効果は大きいに違いない。

◇ルフィを名乗り広域強盗を指示していた特殊詐欺グループの4人が再逮捕され事件は大詰めを迎えた。フィリピンを拠点にした4人は役割を分担し、若者を闇バイトに誘っていた。4人の悪人面が表紙を飾る。フィリピンでの傍若無人ぶりはかねて報じられた。特殊詐欺は人々が根無し草と化したような現代社会の象徴。金のために若者はいとも簡単に犯罪に手を染める。犯罪の国際化に厳しく対応しなくてはならない。老子の言葉にある。「天網恢々疎にして漏らさず(てんもうもうかいかいそにしてもらさず)」、天の張る網は広くて粗いようだが悪人を漏らすことはない。犯罪人引渡条約がないフィリピンが悪事の拠点となっていた。今回フィリピンの協力があってうまく進んだ。フィリピンで法の網を逃れている例は多いのではないか。日本が犯罪人引渡条約を結ぶのはアメリカと韓国のみ。犯罪の国際化が加速する。日本の治安維持と世界のそれは繋がっている。国際化時代の犯罪対策について改めて考える時だ。

◇県は県有施設と県有地で大規模な太陽光発電導入計画を示した。県立学校の屋根などが発電所に。一般家庭約1万5千世帯分の発電である。技術的には直ぐ可能だし範囲はいくらでも広げられる。地球危機打開のカギは身近にいくらでもある例だ。(読

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2023年12月 6日 (水)

人生意気に感ず「キックバックにうろたえる議員、岸田首相の優柔不断。ぐんまマラソンの波及効果」

◇旧統一教会の問題は今年を振り返って日本の社会を震撼させた最大事件の一つだった。憲法で保障される信教の自由を手段として善良な市民を欺き家庭を破滅させる。その闇は国家の根幹を傷付け日本社会を危うくさせている。選挙で票が欲しい政治家が砂糖に蟻が群がるように集まった。ある意味でオウム真理教以上に深刻。その旧統一教会がいよいよ解散に追い込まれようとしている。一方で人々の関心は急速に薄くなっているようにも見える。教会に関わった国会議員は嵐が通り過ぎた状況の中で胸を撫で下ろしているかもしれない。

 そんな中で「キックバック」という妙な現象が頭をもたげた。以前からあった問題で身に覚えのある多くの議員は戦々恐々である。

 追い打ちをかけるように、岸田首相が旧統一教会の友好団体トップと面会した写真が大々的に明るみに出た。首相がきちんとした説明をしないために疑惑と混乱が広がっている。首相はこれまで教団との接点があった自民党議員に点検と説明を求めてきた。従って自らの説明責任が問われるのは火を見るより明らか。

 旧教団関係の重要人物との面会は首相が政調会長の時のことで安倍元首相の要請で行われたというから、事実の記録が存在するのは明らかだ。変に隠そうとするから不信を大きくする。次々に押し寄せる大波を自民党は乗り越えることができるのか。自民党にとって構造的な問題であり、余りに多くの人が関わっているから解決を託そう人物はない感がある。この閉塞状況を打開する唯一の道は解散によって国民の信を問うことではないか。今選挙すれば負けるというのが大方の見方であるが、野党は弱い。国難を真摯に訴え乾坤一てきの賭けに出る道が残されているのではなかろうか。

◇県は4日、県議会の一般質問に答えて11月実施のぐんまマラソンの経済波及効果を発表した。3億5,300万円だったという。参加者は年々増え、今回は全国から1万4,726人が晴天の秋空の下走った。この金額の算出根拠はよく分からないが、多くの人々に精神面を含めた健康上の良い効果を及ぼしたに違いない。それは数字に現れない成果だろう。私は83歳で10キロを走りその達成感と共にこのことを確信した。先日中国大使館を訪ね来年のぐんまマラソンに中国からの参加を検討した。コロナ禍で中断したものだ。ぐんまマラソンの国際化が加速する一歩になればと思う。先日北京の大地を走りながらこのことを痛感した。(読者に感謝)

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2023年12月 5日 (火)

人生意気に感ず「世界を動かした奇蹟の民ユダヤ人をふるさと塾で。働く女性を真に支えることこそ」

◇奇跡の民ユダヤ人に対し、今非道の民との非難が寄せられている。謎の民族ユダヤ人とは何か。ハマス・イスラエル戦争の行方に胸を痛めつつ「ふるさと塾」のテーマに世界を動かしたユダヤ人を取り上げることにした。折しもユダヤ人ヘンリー・キッシンジャーが先日100歳で世を去った。ナチスを逃れてニューヨークに渡りハーバード大学で記録破りの業績を残し、政治の道に進んでは中華人民共和国との関係修復の道を開いた。その波乱万丈の人生は項を改めて取り上げねばならない。モーゼやイエスを初めとした空前の思想家と天才たちは人類の歴史に文字通り最大の影響力を発揮してきた。その分野は思想から始まり、科学、芸術、産業、金融、医学等人間活動のほとんど全てに及んだ。

 輝かしい特異の存在はその選民思想と共に長い歴史の過程で悲運を招く要因にもなった。ナチスのヒトラーがなぜあのようにユダヤ人を憎みホロコーストを引き起こしたかは私たちの理解の範囲を大きく超える。このことが結局自らの首を絞める結果となった。

 世界を動かしたユダヤ人を取り上げる場合、その存在があまりに多様であるため誰から始め誰まで及ぶかに迷う。その上で今月のふるさと塾(12月23日土曜日)はアインシュタインを始め、何人かを取り上げるつもり。アインシュタインは、科学の歴史の上のみでなく日本の運命についても深く関わった人物である。今年最後のふるさと塾の冒頭を飾るテーマにふさわしいと考える。塾を進化させねばと考えていた。かつてコロンブスを取り上げたことがあった。新大陸の発見は、発見された側に立てば恐ろしい時代の幕開けだった。あれから530年を経て、今宇宙時代である。アインシュタインが開いた科学の扉は果てしなく広がっている。人類はどこに向うのか。膨張する宇宙に終わりはあるのか。宇宙船地球号の一員たることを自覚しながら新時代の旅を続ける一歩としたい。

◇働く女性が増えている。総務省の調査では全国の働く女性は3,000万人を大きく超え、その就業率は53.2%。女性は家庭を守り育児に当たるという私が子どもの頃の姿を考えると隔世の感がある。人口減少社会に於ける自然の流れであるが課題もある。その一つは、非正規労働者が男性に比べ多いことだ。安定した働きやすい職場環境を整えることは女性の平等を確保し少子化対策にも繋がる。官民が力を合わせること、特に地方社会がその特色を活かして成果を上げることが求められる。(読者に感謝)

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2023年12月 4日 (月)

人生意気に感ず「パーティ券をキックバックは民主主義の危機。政治不信は国難だ。我が家に新しい家族が」

◇支持率急落の自民党にとって泣きっ面に蜂だ。安倍派のパーティ券に関しノルマを超えた分を議員が裏金としてキックバックを受けていた疑惑である。東京地検特捜部は政治資金規正法違反容疑で調べている。新聞は降って湧いたように一面で連日報じ始めたが、長く続いてきた実態であり安倍派だけの問題ではない。マスコミがこれまで報じなかったのは結果として事実を容認してきたと取られても仕方がないのではないか。少なくとも党と議員に罪の意識を薄くさせる効果があったと思われる。真実、寄付された金だからという認識の下、収支報告書への不記載を軽く捉えた一面あったに違いない。

 民主主義を支える上で事は重大である。集められた金で選挙が動き政治が運営されるのだから。政治資金規正法は「国民の不断の監視と批判の下で政治活動を行うこと」を目的に掲げている。

 どろどろとした実態が白日の下に晒され、岸田政権と自民党の支持率は更に下がるだろう。もう後がない。党の幹部のあたりから、「自民党の終わりになりかねない」、「底が抜ける」と言った声が聞こえてくる。

 長い間権力を握り続けた自民党のおごりがあるに違いない。今選挙したら大敗は必至。選挙だけではない。政治への不信が地に落ちれば様々な課題を抱える中で政治の推進力がなくなる。正にこれは国難と言わねばならない。国民は問題の重大さを認識すべきである。

◇我が家に家族が増えるかもしれない。最近、白黒の野良猫が出没するようになった。遠くから観察し様子を窺っているようだ。私もいつしか興味を抱くようになった。〈なかなか賢い奴だ〉。細い道で車が来るとサッと身を避ける。〈どうして野良になったのだろう〉。段々距離が縮まってきていた。ある時頭を撫でた。「おい、寒いのか」「にゃー」頭を上げてこたえた。初めての会話であった。一定の認知を得たと受け取ったのか、屋敷に入り込むようになった。そんなある時、松の下でうずくまる姿を見て妻が言った。「おまえ、寒いでしょう」。次の朝、軒下の一角に段ボールが置かれ中にタオルが敷かれ餌の皿にさん太のドッグフードが分けられていた。先代トコと同様なパターンが進んでいる。トコの場合は最初の一冬中猫嫌いだった私の目を欺くため段ボールは2階のベランダの隅にあった。

妻は私の反応を見て、動物病院へ行き病気の有無を捜査し避妊手術をしてくると言っている。これから家族の一員としてどのように落ち着くのか楽しみだ。

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2023年12月 3日 (日)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 一二二

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。

 

 高良とみは、収容所で見たものが偽装であることを疑わなかった。当時の新聞をみるとこのことがよく分かる。彼女はソ連から中共、スイス、インドなどを回って帰国に向かうが、昭和二十七年七月十三被の朝日の夕刊は、ニューデリーで高良とみが、「ソ連で十八人の戦犯に会ったが、人道的な良い扱いを受けており、ただホームシックにかかっているようだ」と語ったことを。また、七月十六日の朝日の朝刊は、羽田に着いた高良とみが、歓迎の人々に囲まれて、「戦犯の人々は、労働は一日八時間で、週一回の映画会、劇や音楽会もあるそうだ。欲しいのは日本の食べ物、読み物、新聞だと口をそろえて言っていた」と説明したことを伝えている。

 そして、女性の集まりでの帰朝報告の中で、これら病人に会って、なんと気の毒な方々なのだろう、私は三四日は、本当に眠れなかったと述べている。重症の患者は、別の所に押し込められて会えなかった訳であるが、実際にその人たちの姿を見たら、高良とみはどんなに驚いたことであろう。

 高良とみは後に、この収容所から帰国した者が語ったことから、自分が捕虜収容所で見聞きしたことがつくられたものであること、また、日本人の墓地と言われて祈ったものが実は中国人や朝鮮人の捕虜によってにわかに造られた偽の日本人墓地であることを知って驚愕するのである。

 強制収容所の日本人は、自分たちの実情を少しでも祖国に伝えたいと願っていたから、日本の国会議員と接触することは、まさに絶好のチャンスであった。しかし、彼らはこのチャンスを十分に生かすことができなかった。なぜなら、一部の者が情報を得ていてもそれは不確かで、高良とみの人物と来訪の意味を正しく理解できなかったからである。

 高良とみが最初の日本の国会議員として、シベリアの強制収容所を訪れたという事実を私たちはどう受け止めたらよいのか。収容所の人々は、日本政府は、やればできることを何もしてくれないと、もどかしく思ったに違いない。

 それはともかくとして、高良とみの勇気と行動力は大したもの。高良とみはどのような人物か興味をそそられる。

つづく

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2023年12月 2日 (土)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 一二一

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。

 

 愛知県出身というある男は、紙片に名前と住所を書いて渡しながら悲痛な表情で言った。

「私は運転手だったのですが、徴用された後に特務機関に入れられました。裁判ではスパイ行為をしたとして二十年の懲役です。こうなっては死んだほうが良いと考えています。妻には再婚せよと言いました」

「でもお母さんが待っておられるでしょう」

高良とみは思わず言った。すると男は、きっとなってとみを見詰め、顔色を変えて言った。

「母は待っています。しかし、私のことは伝えないで下さい。その紙を返して下さい」

 男は手を伸ばすととみの手から、さっと紙片を奪うと布団をかぶってしまった。とみは、小刻みに震える布団をじっと見詰めていた。日本軍が厳しく兵士に教えた、「死んでも虜囚となってはならない」ということが深く男の心にあって、母親に恥ずかしい思いをさせたくないと考えたのであった。

 高良とみが生活に不自由はないか、チョコレートを持ってきたが、と聞くと、彼らは生活には何も困っていない、小遣いもあるからチョコレートはいくらでも買える、ただ日本の雑誌や新聞が手に入らない、日本の批判をやってみたいが本がない、と語った。

 生活に困っていないとか、チョコレートがいきらでも買えるなどということは、まったく事実に反することで、警戒兵と通訳の前で、そう言わざるを得なかったのである。むしろ、新聞や雑誌を手に入れたいという所に狙いがあった。日本人を批判するためにという口実もソ連兵を欺くための知恵であった。高良とみは、家族との葉書の交信や雑誌の送付を約束して帰国したが、やがて約束通り葉書のやりとりが出来るようになり、日本の雑誌が手に入るようになった。

 一般の捕虜(短期抑留者)は、日本との文通をある時期から許されていたが、これらの人々が帰国した昭和二十五年の春から、長期の戦犯たちにはそれが禁止されていた。しかし、高良とみの尽力により再会されたのであった。雑誌を通して知る日本の変りように収容所の人々は驚いた。生活には何も困っていないとやせ我慢の発言をしたが事実はまったく逆で、収容所の過酷な扱いによって生存の危機にまで追い詰められた日本人被収容者は、ついに生命をかけて闘争に立ち上がることになる。かの有名なハバロフスク事件は、高良とみがこの収容所を去ってから、およそ三年半後の昭和三十年十二月のことであった。

つづく

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2023年12月 1日 (金)

人生意気に感ず「選挙の歴史、プレハブを整理した。中国大使館へ。北京を振り返って」

◇11月30日、身を切るような寒気である。この冬一番であろう。裏の2階建てプレハブを業者が整理した。30年近い議員生活に関わる夥しい品物だ。忘れ難い思い出が結び付くものも多い。妻の強い要望もあり思い切って処分することにした。大きなプレハブの東にある2つのボックスにギリギリ大切なものを運び込んだ。

 最近の異常気象は凄まじい。轟々たる強風には常に恐怖を抱いてきた。屋根が飛んだら近所に迷惑がかかる。火が出たらどうする。こんな状況と思いが私を決断させたのだ。幾日かかけて妹と友人が整理を手伝った。これから選挙に出る複数人が必要な物を運んだ。20箱程の紙の山が消えた。必勝と日の丸を描いたハチマキを持って行く人もいた。時代は変化して、今日の選挙ではほとんど使わない。広場を埋めた総決起大会の光景が甦る。改めて大きな選挙を続けたものと振り返る。

 一角には数千冊の書があった。私の屋敷は至る所本の山であるがなかなか捨てがたい。選択の結果をボックスに移した。数人の業者が去った後の空間に立つと複雑な気持ちにおそわれる。選挙に関わった多くの人がこの世を去った。ガランとした空間は多くのことを物語っていた。『83年を生きた』そんな思いが込み上げる。

今日から師走。プレハブ小屋の整理は私の人生の一つの節目である。鉄骨の解体は12月の半ばになる。更地の状況はまた複雑な思いが突きつけることだろう。

◇午前2時になる。窓外の闇は静かである。2時45分にいつも通り走り、7時36分の前橋駅発で上京する。中国大使館に午前10時ということになっている。いろいろな日中友好協会の行事の打ち合わせである。コロナ禍で中断となっていたものが動きだす。先日の北京訪問もその一つだ。毎日走る度に北京の朝を思い出す。天安門の夜明けは厳しかった。それは零下の気温だけではない。ピリピリした政治状況である。「激動の北京」8編を小冊子にまとめた。この中の一つのハイライトは天安門である。反スパイ法の現実を肌で感じた。天安門に掲げられた毛沢東の姿は近現代の中国の歴史と重さを物語っていた。キッシンジャーは毛沢東に初めて会って、現代の巨人と評していた。そのキッシンジャーが100歳で死去したと昨日報じられた。著名なユダヤ人の闘争をどう見ていたのか知りたかった。世界を駆けて大局観をもって事態の収集を図るキッシンジャーが今こそ求められている。束の間の休戦のガザを思う。(読者に感謝)

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2023年11月30日 (木)

人生意気に感ず「日大アメフト部廃部の根は深い。ガザ休戦の延長を実現せよ。交渉役のカタールの力」

◇日大アメフト部が遂に廃部になる。部員3人が麻薬特例法違反容疑で逮捕されている。どろどろした闇はどこまで続くのか。捜査は続いており逮捕者は更に出る可能性がある。麻薬の蔓延の実態は社会に広く広がり深刻である。日大問題の特色は大学という教育機関において、しかも大学の寮で広く麻薬が扱われていた点である。教育界に与える影響は測り知れない。日大アメリカンフットボール部の歴史は長く輝かしい戦歴をもつ。大学日本一を決める「甲子園ボウル」では21度の優勝を果たしている。大麻と関係のない多くの先輩や現在の関係者の心を大きく傷付けているに違いない。アメフト部だけではない。就活で日大の名を出すのが憚られると発言する日大生の姿があった。

 この事態を生じた大学側の監理責任が厳しく問われている。「空白の12日間」である。7月に寮で大麻らしき物が発見されてから副学長が警視庁に直ちに報告しなかったのだ。教育の場で麻薬に対応する大学の姿勢の甘さと無責任さが問われるべきだ。日大はこれまでも不祥事を起こしてきた。大学の体制に根本的な問題があるのではないか。日本の教育界全体に関わることだから文科省にも責任があると言わざるを得ない。

「空白の12日間」で批判されている副学長が林日大理事長をパワハラで提訴した。外野からは日大の不名誉の傷口を更に広げる泥仕合に見えてくる。

◇ガザの戦闘休止が2日間延長された。人道支援物資搬入のトラックが続く光景は全世界をホッとさせる。薬がなく水がなく電力も尽きた人々にとって命の綱である。この命の綱を一時的なもので終わらせてはならない。グテーレス国連事務総長は「ガザの人々への人道支援を更に増やせるように強く望んでいる」と語った。バイデン大統領は「すべての人質が解放されるまで人質解放の取組みをやめるつもりはない」と決意を示した。81歳のバイデン氏の表情が若く輝いてみえる。私はサミュエル・ウルマンの詩を思い出す。その要旨は「人は信念と共に若く、人は自信と共に若く、希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる」である。

◇人質交渉に関し大いに成果をあげているカタールに注目する。ペルシャ湾に面した人口約45万の独立国。今回更なる休止の延長等を協議のため、米CIA長官、イスラエルの諜報機関モサドの長官がカタール入りした。この小さな国にそのような力が秘められているのが不思議だ。(読者に感謝)

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