2019年7月19日 (金)

人生意気に感ず「滝行を実践した。滝の縁でハンセンの話を聞いた」

◇17日、久しぶりに夏日であった。私は午後あることを思い立って吾妻町の嶽山の麓に向かった。途中渋川のカインズで地下足袋を買う。不動の滝に打たれるためである。一人で滝に臨むことを人に話せば反対されるであろう。十分用心して足を踏み入れようと決意した。

 浅川熙信僧侶の呼びかけで参加するもう一人はアフリカ・カメルーンの若者アラン君である。先日、打合せで会ったが見上げるような体格の日本アカデミーの生徒である。私はこの巨体がフンドシ一つで滝に打たれる姿を想像した。落下する水の中で黒い巨体が手を合わせる様は正に不動明王だと思った。浅川師は両手を合わせ腹のあたりから声をあげ「南無不道明王」と叫ぶことを指導した。28日、午後一時の滝行はこの僧侶を含め3人が参加する。

 私は滝の縁に立った。先日下見した時より落下の水量は増していた。滝壺は黒く不気味であるが浅川師の話では胸位の深さとのことだ。私は衣服を脱ぎ半ズボンと地下足袋をつけた。腰をかがめ両手で水をすくって顔を洗い、胸に水をあてた。見上げると黒い岩壁を裂くように水は落下し、頭にしぶきがかかる。私は恐る恐る探るように足を踏み入れた。落下する滝の側面から頭を突っ込むように進む。手を合わせ大声で叫んだ「南無、不道明王」。滝の中で寒さは感じない。轟々と響く水だけの世界。不思議な緊張感が私を包んでいた。私は短時間の滝行を2回行って水の外に出た。「やったぞ」、私は滝を見上げて叫んだ。爽快なものが頭を支配し胸が躍るのを覚えた。古来の滝行には時代を超えて伝えるべきものがあるに違いない。アフリカの黒人青年アラン君は日本の伝統文化に接し何を学ぶであろうか。

◇滝から出て不動堂の近くで地元の2人の老婦人に出会い、私は不思議な話を聞いた。私が28日に滝行に挑戦すると話すと、彼女たちは興味を示し私は応じて自分のことを語った。ハンセン病の話になった時、一人の女性が昔の体験を語ったのだ。村の娘がハンセン病の人を結婚し2人の子を設けたが子どもは学校で「うつる」といじめられた。母は他県へ子を連れ出し絞殺し、自らも命を絶ったという。当時大騒ぎになったと女性は語った。最近熊本地裁で家族訴訟が勝訴になったことを私は説明した。ハンセン病に関するいじめの根がいかに深いかを私は滝の音を聞きながら噛み締めた。(読者に感謝)

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2019年7月18日 (木)

人生意気に感ず「ハンセン控訴断念の談話。第一歩とすべきだ」

◇ハンセン家族訴訟の勝訴が確定し、かつ安倍首相の談話も発表された。私はハンセン病に強い関心を抱く者として胸がふくらむ。今、人権の流れが大河のように勢いを得ている。2001年に元患者の勝訴判決が熊本地裁で確定した。当時の小泉首相が決断して控訴が断念されたからだ。今度はそれを受けた形で判決が下され、やはり首相の英断が示された。今回は、元患者の家族が原告となったものであり家族の苦しみも筆舌に尽くし難いものであった。私は草津湯之川から始まるハンセン病患者のドラマを上毛新聞に約1年連載し、それは上下巻として出版された。「無知が誤解と偏見を生み、国の政策がそれを助長する」。私はこのことを基底に据えて筆を進めた。小泉首相、福田官房長官をモデルにした人物にハンセン病の患者たちが必死に働きかけ控訴を断念させる場面は下巻における山場の一つとなっている。群馬の草津には隔離政策の象徴である重監房があった。特別病室とは名ばかりの実態は身の毛もよだつ「悪魔の牢獄」である。ハンセン病の権威と言われた男が先頭に立って隔離政策を押し進めた。この人物はハンセン病に関する功績で文化勲章を受けた。

 安倍首相は、談話の中で「極めて厳しい偏見、差別が存在したことは厳然たる事実」、「政府として改めて深く反省し、心からお詫び申し上げます」と謝罪した。当然である。基本的人権の尊重は、普遍の原理であり、憲法を改正して否定しようとしても、それは不可能である。安倍首相は現在憲法改正を高く掲げて国政及び選挙に臨んでいるが、ハンセン病に関して人権への理解を示せないようでは、憲法改正を口にする資格はないと私は言いたい。

◇ハンセン病問題がこれによって終局に近づくが、長年にわたって培われた差別と偏見の根は地中に深く伸びている。これを取り除くことは容易ではない。勝訴を勝ち取ったと油断してはならないのだ。偉大な歴史的成果に違いないが一歩と考えねばならない。判決の中で文科相の責任が指摘されたが、教育界が果たさねばならぬ使命は極めて大きい。学校はこれまで、人権教育として十分なことをやってこなかったことを反省すべきである。この判決を機にハンセンの切り口から人権教育を進めるべきである。生きた教材とすることによってハンセンの犠牲者も救われるのである。(読者に感謝)

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2019年7月17日 (水)

人生意気に感ず「トコとの別れ・その2。ナナも待つ天国」

◇気の強い猫だった。何度か子を産んだが、子育ての時は犬が近づいたりすると猛然と立ち向かっていった。このような時、人間の社会では若い母親が子どもを飢えさせて遊び回る事件や虐待が絶えなかった。「トコの方がずっと偉い母親だ」と言って私はトコの頭を撫でた。マグロの刺身が好きだった。

その日も、弱って「オーン」と悲しげな声を出していたので私はブツを買ってきた。それを美味しそうに食べた後、夕方見えなくなった。食事を囲むトコに魚などを砕いて食べさせているのは私だけだったので、トコは私の左足から見上げ箸の先のエサにシャっと手を伸ばす。私はふざけながらやるので時々トコの爪が私の腿をかすめる。今私の身体に爪の跡がいくつも残っている。私の身体に爪痕を残してトコは去って行った。寒いような雨の日が続く。どこかの草の中でじっとうずくまっている姿を想像するのは辛い。

◇秋田犬のナナとの別れも辛かった。忠犬ハチ公を思わせる程私になついていた。幾日か出張などで家を離れると、帰った時飛びついて大変だった。私はいつも冗談に語っていた。「あの世に行った時まず会いたいのはナナだ」と。あの世とやらはどんなところか分からないが、ふと気づくと傍らにうずくまっているナナがいる。「お前は俺を待っていたのか」と言って頭を撫でる。私はそんな光景を時々想像したのである。今、あの世で会いたい存在にトコが加わった。犬と猫は感情の現し方が違う。トコはどんな顔で私を迎えるのか。

 動物は言葉がないだけに、こちらの思いが余計にふくらむとも言える。可愛かった動物は心の友である。ペットなどと軽い表現は使いたくない。書斎の外でサンタが泣いている。こちらは柴犬で落ち着きがない。少年の頃好きだったラジオドラマ「三太物語」の三太少年の名である。三太はいたずら少年で、どこか私と似ていた。ドラマはいつも「おらあ三太だ、ある日のことだ」で始まった。美しい花荻先生が登場する。三太はこの先生が好きだった。先生はよく気絶した。先生の机からヘビが出てくることもあった。三太のいたずらであった。野生が遠ざかり、ギスギスした社会になった。動物たちとの接触はせめてもの救いである。動物虐待が続く。人間の心から余裕が失われ心が貧しくなっていくことを物語るものだ。トコよ、もう一度戻ってこい。

「今日もまた 冷たい梅雨か トコの空」(読者に感謝)

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2019年7月16日 (火)

人生意気に感ず「はやぶさの快挙。人類はどこに。トコとの別れ」

◇はやぶさ2の快挙に感動した。「太陽系の歴史のかけらを手にいれた」と44歳のプロジェクトマネージャーは輝く表情で語った。私は宇宙時代が遂にここもできたと驚き、日本の技術がこれを成し遂げたことに感動した。

 2010年(平成22)に初代の「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」に探査機を着陸させた時私は驚愕してそれをブログに綴った。今回それに劣らず感動したのは、まぐれではない、日本の技術が定着したという思いと、太陽系の真実及び私たちの生命の起源とに迫ったという快挙故である。「太陽系の歴史のかけら」という表現は私の好奇心をかきたてた。

 アポロの月着陸以来、人類の宇宙時代は急速に進んでいる。しかし、果てしない宇宙の大海原を考えればほんの小さな一歩に過ぎない。今回の成果はオリンピック後にはやぶさ2が無事帰着した時明らかになる。それが待ち遠しい。

◇宇宙への夢が果てしなく広がる一方で、この地上では千年前の昔と変わらない争いが続いている。科学がいくら進歩しても人類は旧態依然である。この分だと、他の宇宙に存在する生命に遭遇したとしても、その先の関係を築けないまま人類は滅亡してしまうに違いない。

◇我が家に悲しいことが起きた。愛猫のトコが姿を消した。猫は死ぬ時、姿を隠す習性があるという。天下騒乱の時、たかが猫と思うが、我が家にとってはされどトコなのである。およそ18年の生であったが様々な思いが結びつき癒しの存在であった。美しく賢い雌猫で、誰もが誉めた。目の前に、書斎の私の原稿に手を置くトコの写真がある。深夜、ほぼ決まった時刻にガリガリと扉をこすった。最近はすっかり骨と皮ばかりになって、かつての美しい面影はうせ、この夏は越せないだろうと危うんでいた。

 前歴は野良であった。ある冬の日に紛れ込んできた子猫を家内が二階のベランダの隅でかくまって保護していた。私が猫嫌いだったからだ。その後、賢いトコは巧みに私にすり寄り、気付いた時は私にとってなくてはならない存在になっていた。美しい女性に弱いと笑われた。家内とは特別関係であった。トコが元気な頃は家内の散歩について行ったが、歳をとると途中で待っているようになった。家内は毎日泣いている。ふっと帰ってくるような気がする。雨の中に消えたトコ。私は、トーモロコシ畑を捜した。娘は「お星さまになった」と言うが、私の心はまだそこまでいかない。トコよ。(トコとの別れ・その1)読者に感謝

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2019年7月15日 (月)

小説「死の川を越えて」第210話

 どっと拍手が起きた。この時、拍手に刺激されたように法学士水野高明が立ち上がった。涙を拭っている。

「リー先生、有り難う。感動しました。私は人間の平等、人権、民主主義を若者に話してきたが、本当の意味が分かっていなかったと、今気づきました。あなたは、この湯の沢で日本人の本当の姿を知ったのですね。そして、湯の沢をハンセンの光、喜びの谷と表現された。差別と偏見で虐げられた中に真実があること、しかも最も悪い状況の中に光があること、それがあなたの神の現われであること、それをあなたは知ったのですね。私はキリスト教徒ではないが、今の話からハンセンの光、そして喜びの谷の真の意味を知った。あなたがキリスト教徒だということは知っていたが、なぜ財産を捧げ、生涯を捧げ、こんな山奥で嫌な顔をせず頑張るのか、初めて分かりました」

 リー女史は、それに応えて言った。

「このようなことを初めて申し上げましたが、そのように受け止めて下さり、私はとても嬉しいし幸せです。この集落の人に喜んで頂くことが、神様が下さる最大の報酬なのです」

 人々の間にまた拍手が起きた。水野は大きく頷きながら言った。

「現実に話を戻します。満州国を作り、中国と全面対決、そしてアメリカと全面対決となれば、日本の未来はありません。アメリカと戦争になれば、イギリスとも戦争になることでしょう。そうなれば、リー先生、あなたのことが心配です。人間の平等とか、民主主義などと言っておれなくなります」

「はい大変心配でございます。私の父は軍人でした。私が小さい時に亡くなりましたが、アメリカとイギリスは、兄弟以上で、切っても切れない仲だと申していたそうで、母がそう教えてくれました、歴史を振り返れば、その通りだと思います。日本はアメリカ、イギリスと戦わないで欲しいと思います。アメリカとイギリスの歴史の基礎にあるものは、人間の平等と民主主義です。日本の軍を動かす人たちがアメリカとイギリスの歴史を理解し、人間の平等とか民主主義の考えを少しでも知って欲しいと思います」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年7月14日 (日)

小説「死の川を越えて」第209話

 正助が口を挟んだ。

「満州国が日本のあやつり人形だというのはどういうことかよく分かりません。水野先生、俺たちに分かるように説明して下さい」

「わかりました。満州国を知るためには中国の清王朝の歴史を語らねばなりません。日清戦争を戦った清です。清の祖先は満州に住む民族でした。清は滅び、最後の皇帝溥儀(ふぎ)はひっそりと隠れるように暮らしていました。これをかつぎ出して利用したのが関東軍でした。溥儀が祖先の地満州に帰り、昔の栄光を取り戻すために国を建てた。それが満州国だというのです。勿論、日本が作った筋書きです。よくも見事な筋書きを思いついたものです。この満州国を世界は認めないと思います。特に日本とアメリカとの関係は決定的に悪くなるに違いない。中国人の反日運動は増々激化する。下手をすると、アメリカとの全面衝突は避けられないでしょう。リー先生はイギリスの出身でいらっしゃいます。日本のこの動きをどうお考えですか」

「私の国も長い歴史の中で中国と関わってきました。アヘンを売りつけて、中国の人々を苦しめたこともありました。世界の先進国が中国を苦しめてきたことを私は悲しく思ってきました。私の国、イギリスは日本国を尊敬し、日本と良い関係を続けて参りました。私はこの湯の沢に入り、日本人の本当の姿を知りました。真に平和を愛する国民です。礼節と信義を重んじて助け合い、小さな喜びを見つけてそれを大切にする習慣に感動しています。そんな平和で優しい国民なのに、国全体となると恐い国になることが不思議です。万場先生は、この湯の沢をハンセンの光が出る所と申し、私は喜びの谷と表現しましたが同じことです」

 万場老人が深く頷き、正助はそっと手を叩いた。

 リー女史は頷いて続けた。

「私の国イギリスが大切にする価値の根源は人間の尊重ということです。この価値を守るために多くの血が流されました。それを支える力は、人間は神の前で平等であるというイエス様の教えです。私はイエス様に導かれてこの湯の沢に来ました。病をもつ人々が助け合って代表を選び話し合いで集落のことを決めていく姿は、人間の平等を実現するデモクラシー、つまり、民主主義に他なりません。私はイギリスにもないこの村の姿に大変驚き感激致しました」

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年7月13日 (土)

小説「死の川を越えて」第208話

「先生、俺イギリスのことも知りたいんで、リー先生にも参加してもらったらどうですか」

「うむ。それは名案じゃ。御二人にはお前が連絡して進めてくれまいか」

 正助がそれぞれと会って日時と話題を調整しているうちに、意外な展開となった。湯の沢と我々患者の共通の運命に関わることだから、改めて生生塾を開いて取り上げようということになった。そして、難しい問題だから一工夫して万場老人、水野法学士、リー女史の話し合い形式にし、正助が司会をすることになった。会場は聖ルカ教会である。

 当日、何事かと多くの人が集まった。正助が前に出て言った。

「皆さん、驚いたでしょうが、今回はこの教会が会場になりました。私が司会の役目をさせて頂きます。皆さんに代わって質問を挟むこともあると思います。不慣れですが宜しくお願い致します。万場先生から発言を願います」(月火掲載)

万場老人は頷いて口を開いた。

「水野先生、あなたは、人権の歴史などを九州の大学で講義していた専門家です。癩予防法が出来、国立収容所の建設が始まりました。わしは最近、朝鮮から手紙を受け取りましたが、満州で大変なことが進んでいるらしいのです。アメリカとの間で戦争になるのか心配です。ドイツではヒトラーが台頭しています。どうなるのでしょうか」

 水野高明は、眉間にしわをつくり深刻な表情で言った。

「戦争が近づいています。既に戦争に入っていると言っても過言ではないと思います。中国、満州の侵略がこのまま進めば、アメリカと衝突するのは確実です。実は、私の教え子が関東軍の中で働いているのですが、この男が、最近、日本に帰って驚くべき事実を話してくれました。この男は、アジアの諸民族の発展のためだと信じて、得意そうに話すのです。彼によれば、満州国の建国が進んでいて、もう発表する段階に来ているというのです。それは、形は中国人による中国のための理想の国家の実現です。教え子はそれを信じているようです。しかし、私は日本のあやつり人形だと思っています。いわゆる傀儡(かいらい)国家です。」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年7月12日 (金)

人生意気に感ず「楫取素彦の映画、日中総会倪参事官の講演」

◇11日は充実した一日だった。楫取素彦の映画鑑賞会、中国大使館参事官との会食、日中友好協会総会と続いた。参事官の講演は好評であった。映画は法人会女性部の人たち百人以上が観た。映画・「楫取素彦物語」はヒューストン国際映画祭でグランプリを得た。私は冒頭の挨拶で楫取が廃娼で金字塔を建てたと言われるゆえん、人権と女性などについて話した。

◇私は会長としての挨拶で、米中対立の中で日本の果たすべき役割の大きさを話した。日本と中国は有史以来の深い関係にあり、またアメリカは運命共同体ともいうべき存在である。日本は東洋西洋両文明に根を下ろしている。現在世界の平和にとって必要なことは両文明の補完と調整を図ることであり、それを成し得るのは日本のみという信念を私はもっている。このことを意識しながら私は日本の役割を話した。そして、群日中は平成25年3月、日中両国が最悪の状況下で船出したこと、国同志は険悪でも民間の交流がそれを乗り越える上でいかに重要かということを経験に基づいて語った。民間の交流の重要さについては倪健(ニージェン)参事官の考えと共通するものがあった。

 私の挨拶に続いて行われた参事官の講演は符合するかのように人々の胸に届いたに違いない。

◇倪健(ニュージェン)参事官は国会、政党担当ということもあって話が現実的で説得力があった。参事官は「日中は新しい時代に入った。民間は意識の改革が必要」と訴え次の点を強調した。「中国の観光客は東京に集中している。民間が理解し合うためには観光客を全国に広げるべきだ。そして、買い物のツアーで終わらせるのでなく、これを利用して交流を図るべきだ」と。この点は先日、孔中国大使が着任のレセプションで、出来るだけ日本各地を回り、日本を良く知りたいと語っていたことと通じるに違いない。

 また、参事官は中国共産党を理解してほしいと語った。伝統的共産党と違うことも述べた。私には、世界に飛躍する現在の中国の真実を訴えようとしていると思われた。私はあの天安門事件の惨状と最近の香港の民主化デモを想像しながら聴いた。「中国の制度は中国国民が選んだ道です」、「習主席が来年天皇を訪問するのは日本を尊敬することを意味します」という言葉も私の胸に響いた。実りある会だった。(読者に感謝)

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2019年7月11日 (木)

人生意気に感ず「ヨーロッパの移民の現状と日本。楫取素彦。日中友好の総会」

◇私は日々多くの外国人留学生と接する中で、日本が今後外国人との共生の時代に入ることを痛感する。人口減少社会がそれを不可避にしているのだ。外国人との共生は日本の社会を本質的に変化させることになるに違いない。漫然とその流れを許すことは日本の危機に繋がると思う。私は欧州が直面している移民問題を知ってそれは日本の将来の姿かと思ってぞっとする。

◇ヨーロッパでは移民政策に反対する極右勢力が躍進している。欧州北欧の世論調査では圧倒的多数が移民政策を否定している。これが極右躍進の背景であることは明らかだ。安価な移民への依存は始めたら止められない麻薬となっている。治安の悪化は酷いものである。しかし、もっと深刻なのは移民受け入れ先の文化や伝統や価値観が崩れていくことだ。

◇私は移民問題を抜きにしても、日本社会が崩れていく危機を感じている。それは享楽に酔い、欲望の流れに身を任せる現状があるからだ。児童虐待が絶えない。また、昨日あたりのニュースでは数千人の女子大生を吉原の性風俗店に斡旋した悪質業者の話が報じられた。かつての大和撫子はもう居ない。また、キャリア公務員が盗撮で逮捕された。日本社会の自壊は既に始まっている。このような状況に欧州の移民問題を重ねると恐ろしい未来図が浮き上がる。もう打つ手はないのか。私はまだ諦めるのは早いと思う。国政でも、地方政治でも最大の課題なのに、そして今、選挙の真っただ中なのに、これを論ずる声は聞こえてこない。

◇今日は楫取素彦の映画鑑賞会と日中友好協会の総会がある。私は楫取・日中両方の会長として臨む。映画「楫取素彦物語―生涯の至誠―」は楫取素彦顕彰会会長の私が企画原作でヒューストンの国際映画祭・歴史部門でプラチナ賞を得た。歴史と人権によって日本人の心の原点を訴えたい。

◇群馬県日中友好協会総会では米中対立の中に於ける日本の文明史的役割を簡潔に語るつもりだ。二つの超大国は覇権を競って対峙する。日本は中国とは有史以来の深い関係を持ちアメリカとは日米安保条約で結ばれている。米中の対立の底に二つの文明の対立があることを否定できない。その調整が世界の平和のために不可欠である。日本は特殊な立場にあってその調整の役割を担う。自壊を止める砦は日本国憲法である。(読者に感謝)

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2019年7月10日 (水)

人生意気に感ず「ハンセン家族訴訟の控訴断念は。ゲノム編集食品の行方」

◇9日の朝日新聞をみてがっかりした。一面は大きく「ハンセン病家族訴訟控訴へ」の文字が躍っている。元患者が国を相手にした訴訟は元患者の勝訴が一審で確定した。小泉元総理が控訴断念を決意した為である。今回勝訴の家族訴訟も同様に控訴は断念されるだろうと思っていた。つい先日の草津楽泉園に於ける人権の碑の会議でも私たちはそう想像してほとんど疑わなかったのだ。党首討論会で安倍首相は家族の人権が侵害され大変つらい思いをしたことを述べ、特に「我々としては本当に責任を感じなければならない」と語ったばかりだった。

◇この朝日新聞の報道はその後意外な展開を示すことになった。同じ9日の夕刊で朝日は「誤った記事を掲載したことをお詫びします」と報じた。安倍首相が9日控訴断念を表明したことに基づく。詳しい経緯はやがて明らかになるだろう。ともかく控訴がなされず家族の勝訴が確定することは本当によかった。多くの家族は実名を隠して訴訟に参加しており、やっと青い空が現われて陽の光が差したと思ったらにわかに黒雲に覆われ、地の底に引き込まれるような心境だったに違いない。

 参議院選挙の最中のことなので選挙の影響を考慮したという見方も出ているが、控訴断念は人権尊重の観点からするあるべき本道であるから、選挙を考えたとしても首相の決断は是認されるべきである。

◇ゲノム編集食品が食卓にのぼる状況が近づいている。すぐ頭に浮かぶのが遺伝子組み換え食品だが、別の生物の遺伝子を取り組むのでない点で異なる。科学者は安全性に問題がないとして表示義務も不要だとする。果たしてそうか。一般消費者の心理からすれば不安を感じる。

 報じられているゲノム編集技術を使ったミニトマト。1日2個食べれば血圧の上昇が抑えられるという。これからはこのような食品が次々に増えるのであろうか。

 食べ物は直接身体に入り生命や健康の要素になるから信頼性が非常に重要だ。ゲノム編集食品であることの表示義務も不要という点に疑問を感じる。食品に対する謙虚さに欠けるのではないか。東大の研究によれば43%がゲノム編集農作物を食べたくないと思っているという。こういう状況ではゲノム編集でないことを表示する事業者が出て、その結果として不安と混乱が広がる恐れがある。(読者に感謝)

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